第15話 データを得た魚
時間は少々さかのぼり、光人がサトルによって適性検査を受け始めた頃。テトラと名づけられた魚は金髪の女性に渡された資料を自分の中に保存し終え、その内容を読み込んでいた。テトラにとって今重要なのは自分がどのような状態でどこにいるのかということであった。記憶が正しければこの世界へとたどり着いた途端に自身は人型になり、上手く呼吸もできずにその場に倒れたはずである。白い衣服を渡された覚えもあり、それと同時に思い出すのは先程も見かけた光人の姿であった。関連しそうな情報を見つけると、テトラは重点的に読み込みを始める。
(元からこの世界に生まれ育った者を『アクター』、異世界より連れてこられた登場人物を『キャスト』と呼ぶ。キャストは元いた世界では人間以外の姿をしていても、この世界では人間の姿になる。人間の姿での歩行や呼吸に慣れるのに時間がかかる場合がある。言語はこちらの世界へと連れてこられた時点でこちらの世界の言葉に統一される。これに関して負担はない模様。キャスト独自の能力の一つである。)
テトラは読み込みを続ける。まだ、テトラのいるディスプレイの前で眠る女性を起こす時間ではない。
(キャストは元いた世界で持っていた能力や特性を保有している場合が多い。元の姿が獣であれば人間には無い、鋭い聴覚や嗅覚を保有していることが多い。我々はこれをスキルと呼ぶ。)
これか――とテトラは重点的に読み込みを始めた。テトラはこの世界に来て人間の姿を得たにも関わらず、『電子回遊の魚』という特性がスキルとして変換され、それが影響して今の状況になったのだろうと推測する。そう、先ほどの女性の発言――今の自分がディスプレイ上に魚のロボットとして表示されているということと、無意識のうちに繋がれていたコードに干渉したということ。恐らくはその通りで、テトラはスキルとして電子機器に干渉できる。それどころかディスプレイのあるものなら自分を表示できるということになる。
(これはこの世界で育った人間、アクターにはない能力であり、呪いとしての側面もある。表裏一体のものもあれば、スキルと呪いがまったくの別物である場合も多い。)
呪い――具体例を求めて情報を探るも、ここでは詳細が省かれているらしい。有力な情報を見つけることができず、テトラは次の項目へと意識を移した。今いる施設のこと、組織に関すること、組織の目的、一部の職員に関する情報。それらを端から端まで読み込み、必要に応じて自分の中から引き出せるように整理していく。ひとまず、目の前で仮眠をとる金髪の女性はサジェ・オブシディアンという名であることが分かったことは収穫である。室内の光を反射する金髪がオブシディアン――黒曜石というファミリーネームに違和感を抱かせた。
「――サジェ。時間です。」
『んんん……。』
「サジェ。」
起きる気配は無い。テトラはディスプレイとデータの海を泳ぐ。元々無い機能である『電子回遊の魚』が泳いでも熱の上昇を感じさせない様子から、性能の良いマシンなのだろうと推測しつつ、目的のものを探し出した。それは、普段サジェが使っているのであろうアラーム機能である。
「サジェ。時間です。」
けたたましくアラームが響く。瞬間、サジェはバッと勢いよく顔を上げてディスプレイを見た。
『しまった寝すぎた!!』
「一分ほどオーバーです。」
『……そうか、そうだった。君がいたんだったね。』
ほっと安心したように肩を落としてからサジェは今朝方光人がしたのと同じように腕を上へと伸ばす。クマは消えることなくサジェの白肌に鎮座し、未だ疲労が抜けないことを証言していた。開いた瞳が艶やかな黒色であるのを確認して、テトラは一人なるほどと納得する。黒曜石の名はきっと引き継がれてきた目の色を表すのだろう、と。
「サジェ、疲労状態が深刻です。休息の継続を提案します。」
『ん?さっきより流暢にしゃべるね?』
「……確認。多数の言語化済み情報を取り入れた結果と推測します。」
『なーるほどね。あ、私の声ばちゃんと聞こえっとね?』
「言語不明瞭により意味を推測。サジェ、あなたの声は少々ノイズが混ざっていますが問題ありません。」
『言語不明瞭……?あ、もしかして訛りとかはまだよくわがんねってことか。わかった。頑張って標準語で話しましょう。それから、もうちょっと入力の性能のいいものが……あー、あれを接続するか。』
サジェがヘッドセットを引っ張り出して接続する。外部機器が接続されたという情報はテトラにも伝わってきた。
「これでどうかな。」
「先ほどよりも非常に明瞭です。感謝します。」
「いえいえ。で、渡したデータは読み込めたってことだよね?」
「はい。問題なく読み込み完了しました。この施設及び組織はディークス私立図書館。物語の寿命を主食とする生物を討伐し、強制的な寿命を迎えさせられた物語に取り残された生存者の保護を目的としている。なお、ワタシの今の状態はキャストとしてのスキルが影響している模様。なにかおかしい部分があれば指摘してください。」
「いや、全く問題ないね。私はこれから君の戦闘適性とエフェクトのタイプを調べて、配属書庫の参考にしたいところなんだけど……。さすがに今ここでデータとしての君を解析することは難しそうだ。」
「はい。自身のそういったデータを解析することも難しいようです。」
「じゃあ早速四番書庫まで行って検査を――」
「いえ。先にあなたはするべきことがあるはずです。」
「ん?」
立ち上がりかけて止まったサジェは中途半端な中腰でディスプレイのテトラを見た。
「極度の疲労状態です。先に休息を推奨します。私の体があるのは救護担当の書庫と推測。今のあなたが訪れれば、ワタシと同じように休息を勧めるでしょう。」
「正論だなぁ。わかったよ。……でも、何か事件があれば起きるし、光人君が戻ってきても起きるからね?」
「光人――ワタシをここへ連れてきた少年の一人ですね?」
「そうそう。会いたい?」
テトラが、初めて言葉に詰まった。サジェは注意深くディスプレイの魚を観察する。逡巡するように、言葉を選ぶようにテトラは泳ぐ。
「会いたい、に該当します。」
「そっかぁ。君、感情はインプットされてるの?」
「基本的な感情の種類は情報として存在します。しかし、ワタシ自身の感情は未だ不明な箇所が多数存在します。」
「なるほど。なかなかロマンのある話だ。ここで君は人間の体を手に入れたわけだし、これに影響されて人間らしい感情を持つことになるかもしれないね。」
「可能性としては大いに考えられます。」
「成長が楽しみだなぁ。まぁ、とりあえずここにいていいよ。そうだな……私たちが実際に行った任務の内容とかを少しまとめたファイルがあるから、これでも読んでる?」
サジェがデスクトップに新たなファイルを置く。
「ぜひ。」
「どうぞ。んで、光人君が来たらいろいろお話ししてみるといい。」
「わかりました。ではサジェ、よい夢を。」
「うん。お休み。」
サジェは小さくあくびをすると、今度は机に突っ伏すことはなく、昨晩光人が使った手術台のような寝台に寝そべる。そのまま寝入ったらしく、程なくして静かな寝息がかすかにテトラにも聞こえた。
「……せめて毛布をかけるべきです。サジェ。」
肉体が無いのはこういうときに不便、と一つ学習するテトラであった。今彼女にできることは新しいデータを整理することと、光人が戻ってくるのを待つことだけである。テトラはゆるりとまたディスプレイを泳ぎながら、データファイルを開くのだった。
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