第14話 適性検査

「じゃあ、武術とか武器、魔術の心得なんてなのは全くないんだね?」

「ないです。普通よりちょっとインドアな学生だったので。」

「うんうん。わりといるよ、そういう人。戦闘適性も全くないって人はそのまま大体内勤になるんだけど、君は戦えそうだから前線に出るような部署になるかもね。さぁ、やろうか。」


 広い――体育館の半分くらいの広さがあるトレーニングルームらしき場所に着いてサトルが寄越したのは木製の、所謂棍棒と呼ばれるものだった。自分の腕と同じくらいの長さをした木の棒で、柄と先端部分に布が巻かれている。どちらかと言うと、武器というよりは火をつける前のたいまつを連想させるような物だった。練習用なのだろう、と光人は受け取ったそれを軽く振る。


「意外と重いんですね。」

「訓練用だけど、叩かれればある程度痛いし、当たり所悪ければ最悪死んじゃうかな。」

「……。」

「あぁ、ごめんごめん!大丈夫!ボクは君を攻撃しないし、ボクは君の攻撃を避けるし!」

「サトルさんはいつも戦う部署にいるんですか?」

「んーん、内勤。」

「大丈夫なんですよね?」

「うん!遠慮なく殴りかかってね!」


 ニコッと音が出そうなくらい快活に笑うサトル。しかしまだ光人には不安が残る。白いポロシャツに半端な丈のボトムス、白い手袋。ここまではいい。スポーティとも言えるかもしれない。しかし――


「あの、なんでビーサンなんですか?」


 歩く度にペタペタと気の抜けた音を立てるビーチサンダル。これが光人にとって初めて見たときから感じている彼の違和感であった。ビーチサンダルは、基本的にその名の通り砂浜で着用するものである。草履型のそれを、サトルは素足のつま先に引っかけてブラブラを揺らして見せた。


「ボク、靴下って苦手なんだよね。」

「……理由、それだけですか?」

「うん。軽いしさぁ、快適だよね。ビーサン。これ、一応特別性だから普通のビーサンより機能的なんだよ。」

「はい。いや。えっと……。」

「あ、もしかしてボクが怪我しないか心配?」

「正直、心配です。」

「あー……その、心配かけてごめんね?大丈夫だからホラ、どーん!と。」

「大丈夫なんですよね?」


 二度目になるの確認にもサトルは不快そうな顔一つせずに頷いて見せた。


「大丈夫!よく新入りさんの相手するし、所属してる参番書庫は完全内勤部署だけど、その中ではいざって時の戦闘要員だし!」

「そういうのもあるんですね。」

「敵に潜り込まれた、なんてことは今まで無いし、これからもそうそうあることじゃないと思うけどね。何らかの形で誰かのエフェクトが暴走した、とかそういう事態も想定して、一応内勤部署にも戦闘要員を配置するようになってるんだ。そのために普段から訓練してるんだよ?」

「わかりました。じゃあ、その。よろしくお願いします。」

「うんうん。よろしく!」


 軽く頭を下げる光人は、正直に言えばまだ不安であった。ケガは、するのもされるのも苦手なのだ。しかし相手は普段から訓練を受けているのだから、と自分に言い聞かせて光人は棍棒を両手で持って体の前に構える。柄を握りしめる手のひらにじっとりとした汗が滲んだ。サトルは相変わらず人好きのする笑顔を浮かべたまま、適度に距離を置いて立っている。光人の持つものと同じ棍棒を持った腕は下げられていて、どこからどう見ても無防備そのものである。


「――っ!」


 距離を詰めて棍棒を振り下ろす。ひらり、とサトルは難なくその攻撃をかわして見せた。


「いいね。イイ感じだよ。もっと遠慮なく殴りかかっていいよ。武器がすっぽ抜けない程度に肩の力抜いてね。」

「は、い……っ」

「緊張しなくていいよ。大丈夫、大丈夫。」


 光人は何度か無防備なサトルに向かって棍棒を振り下ろすが、それだけで息が切れるのを感じていた。慣れない動きをしているということはもちろん、先ほど知り合ったばかりの人間を攻撃するという行為が緊張状態を招き、体が無駄な体力を消費しているのだ。一方サトルは全く顔色を変えずに光人の攻撃をかわしきっている。最小限の動きで紙一重の避け方をする彼を追いかけるように光人はまた棍棒を振るう。二人分の足音と棍棒が空気を叩く音しかしない空間。しかし、その時――今の今まで全く反撃を行わなかったサトルが、唐突にその手に握った光人が持つのと同じ棍棒を振り上げた。


「!!」

「いてっ。」


 鈍い音が響いて、すぐに霧散していく。光人がハッとしたとき、すでにサトルは顔をゆがめて自身の脇腹を抑えていた。


「いてて……うんうん、思った通り。実は反射神経イイんじゃん、光人君。」

「えっ……?」

「ボクが武器を振り上げた途端、まさか更に踏み込んでくるとは思わなかったよ。しかもその上完全に隙だった脇腹攻撃してきたし……君本当に戦闘経験無いの?」

「あの、本当に何も考えてなくて、咄嗟に、無我夢中って感じだったんで……?」

「そうなの?普通あの場面じゃ立ち止まったり咄嗟に逃げるか守りに入るかするもんだと思うんだけど……。ま、それも人それぞれか。」


 サトルは脇腹を撫でる手をどける。そしてふむ、とその手を顎へと持って行く。


「……すみません。」

「なんで謝るのさー。むしろびっくりさせちゃってごめんね。脇腹もそんなに痛いわけじゃないから安心してね。」


 何も気にする様子もなく、それどころか少し楽しそうなサトルに思わず光人は脱力した。その場にしゃがみ込みそうになることだけは耐えて、棍棒を持つ腕を下ろす。全身が汗でじっとりと濡れていた。サトルに差し出されたタオルで額を拭ってから顔を上げると、サトル自身は汗一つかかずに今度は傘立てのような箱に立てかけられた、他の武器を引っ張り出しているところであった。


「サトルさん。」

「んー?」

「今日って他にどんな武器使うんですか?」

「そうだなぁ、剣と槍と、銃かブーメランくらいはやりたいよね。」

「……体力、もたないかもです。」

「そう?君の身体データを見た限りだと、それくらいは大丈夫なはずなんだけどなぁ。あー、メンタルの問題かな。それなら剣だけにしておこうか、とりあえず。」


 光人は差し出された、木の剣を受け取る。昨日持ち歩いていたものと形は同じであるようで、先ほど持っていた棍棒よりもむしろ手になじむ。しかし素振りする気になれず、それをやはり汗ばむ両手で持つだけで動きを止めてしまった。サトルが不思議そうに見ているのがわかる。しかし、光人は考えずにはいられない。――また、先ほどのようにサトルを攻撃してしまったら、と。


「あー……その、本当にごめんね?」

「え?」

「いやまさかそこまで思い詰めちゃうと思わなくてさぁ。適性を見るためとはいえ、驚かせたのは失敗だったね……。」

「すみません。サトルさんが悪いわけじゃ――。」

「んーん。君が武器を握ることに慣れていないのをもっと考慮するべきだった。君は攻撃的なタイプじゃなさそうだし、人を殴ったり切りつけたりなんて怖いよね。」

「……すみません。」


 剣の柄を握りしめる。


「いいのいいの。傷つけることに慣れてるよりよっぽどいいことだよ。じゃあ、そうだな……とりあえず一旦休憩。んで、その後はちょっと他の方法でやってみようか。ちょっと待っててね、飲み物もらってくるよ。」


 引き止める間もなくサトルは部屋を出て行った。それを見届けた途端に力が抜けて、光人はその場に座り込んだ。どっと疲労が押し寄せる。時間としては短く、学校の体育の授業にも満たない程度だ。


「こんなんで、大丈夫なのかな、俺……」


 アサヒを助けるために、自分の平穏な生活を取り戻すために、武器を取って戦わなければいけない。それは十二分に分かっているはずなのに、傍らに置いた木の剣に触れる気にならない。自分を救出に来た時のジェンの姿を思い出す。その拳だけで、あの歯を剥き出しにして襲い掛かってくる生き物に立ち向かう彼は、はじめに戦うことを決めたときにどんな気持ちだったのだろう。元々いた世界でも、戦っていたのだろうか。

 扉の開く音がする。顔を上げると、飲み物が入っているであろうボトルを二本抱えたサトルがいた。


「おまたせ。はいこれ。ストローついてるからそれで飲んでね。」

「ありがとうございます。」


 蓋を開けてストローに口をつける。スポーツドリンクに似た味の、冷たい液体が喉を潤す。隣に腰かけたサトルもまた、同じようにそれを飲んで息をついた。


「光人君はさ、元の世界だと学生さんだって言ってたっけ?」

「はい。普通の学生でした。」

「そうかそうか、おうちも普通な感じ?」

「一般家庭です。ちょっと貧乏でしたけど。」

「家族とか、友達とかもいた?」

「家族は両親と……。」

「?」

「いえ、両親と自分だけです。昔は魚を飼ってました。友達は多くなかったけど、すごい奴がいるんですよ。」

「へぇ、どんな子?」

「とにかく、できないことはないような奴でした。頭もいいし、運動もできて、責任感もあって、優しいから誰からも信頼されてて――。」


 言葉に詰まった光人をサトルは少し心配そうに見ていた。


「……なんで俺とずっと友達でいてくれてるのか、わかんないくらいすごい奴です。」

「……そっかぁ。」


 サトルがストローでドリンクを飲む音がかすかに聞こえる。


「光人君、自分の物語――いや、自分の世界に帰りたい?」

「はい。そのために頑張らないとって思って。アサヒを――今話した友達を助けなきゃ、と思って。」

「友達、どうかしたの?」

「……事故で、死にかけてて。その時に時間が止まって。あのままにしておけないです。事故に遭ったのだって、小さい子を助けようとして……あんなところで、死んでいい奴じゃないんです。絶対。」

「なるほどなぁ。」


 こつ、とつなぎ目のない白い床にドリンクのボトルが置かれる。


「光人君。ボク、君と君の友達のことなんて今知ったけどさ。なんでそのお友達――アサヒ君だっけ?その子が君と友達でいたか、理由がわかる気がするよ。」

「え?」

「多分、君はすごく友達想いなんじゃないかな。君に自覚があるかどうかは別として、その子はきっと、君に救われてた部分があるんだと思うよ。」

「そう……ですかね……。」

「うん。彼はきっと人を見る目もあったんだよ。こうやって今、君は慣れないどころか本当はしたくないことまでして彼を助けようとしてるんだし。」


 光人はどう返事をしたらいいのか分からなくて、サトルの横顔を見た。伸ばした足の先でビーチサンダルをペタペタと音を立てながら弄ぶ彼はどこか懐かしそうな顔をしていた。


「安心しなよ、光人君。きっと君が思ってるのと同じくらい彼も君が大切な友達だったと思うよ。……と、いうわけで、次も張り切っていってみようね。」

「……はい。頑張ります。」

「よしよし。落ち着いたみたいだね。さっき見たいな肉弾戦に近いことはとりあえずやめるから、カカシみたいなの準備してくるね。」


 彼が準備を終えるまでは休憩ということなのだろう。サトルは再び立ち上がって倉庫のものと思わしき扉をくぐって行った。恐らくは自分を落ち着かせるための会話だったのだろうと感じて、光人は背筋を伸ばした。


(こんなんだけど、きっと大丈夫。いや、なんとかしてみせる。)

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