第16話 魚との再会

 サジェが再び眠りについてから数時間経ったであろう頃、動かないカカシは何度光人の攻撃を受けても倒れることなくそこに立っていた。まるでダメージを負っている様子のないソレに向かって、光人は薄手のグローブをはめた拳を突き出す。この数時間で、光人は木剣を一度片付けて他の武器を試していた。直接攻撃に使う武器はともかく、飛び道具の適性は乏しいと早々に判断したサトルにより、当初の予定を繰り上げて他の武器を次々に試し、最後に拳での戦闘を試すことになったのだ。

 

「どう?見た感じ、悪くはなさそうだけど。」

「はい。武器を使うよりも距離感が分かりやすい気がします。」

「自分の腕を武器にしてるわけだしねぇ。武器が無くても戦えるのは強みだし、他の武器の方が適性高くても一通り動けるようにしておくといいよ。」

「そうします。」

 

 こめかみから流れる汗を服で拭う。丈も袖も長い白の上着はとっくに脱いで部屋の隅に丸めてあった。途中、サトルが昼食を持ってきてくれたおかげで空腹感もなく検査を続けられたが、時間感覚の分からないこのトレーニングルームで長時間体を動かすことは確実に光人に疲労をもたらしていた。

 

「さて!ある程度データも採れたし、これくらいしようか。」

「ありがとうございました。」

「こちらこそありがとう。お疲れ様。シャワー室に案内するから、そこでシャワー浴びたら夕食にして、その後はサジェさんのところに戻ろう。」

「分かりました。あの、それぞれの武器を扱う時間、結構短かった気がしますけど……。」

「うん。通常よりすっごく短いよ。だけど大丈夫。君、不思議な体質みたいでね?今のところ強いて言えば一番適性があるのは片手剣みたいなんだけど、どの武器にも一定の適性があるみたい。突出した適性は無いけど、そこまで苦手なものも無いって感じかな。あ、飛び道具は別ね?」

「……器用貧乏って感じですか?」

「そうとも言うね。」

 

 ある程度のことは人並みか人並みに少し届かない程度にできる。だが人並み以上になることは無い――自分は何をやっても、どこへ行ってもそういう性質なのだと、ひそかなコンプレックス突きつけられたようで光人は視線を足元へと落とした。今までと違う世界に来たことで何か変化があるはずだと、心のどこかで思っていたのかもしれない。自分を内心で笑う。そんなことはあるはずが無かったのだ。

 

「あー、ポジティブに考えよ?今までにもそういう人はいたし、中には元々モブキャラクターで設定が固まって無かったおかげで、いろんな方向に可能性が広がったっていう事例もいっぱいあるしね!光人君もそういう感じかもしれない!」

「……そういうもんですか?」

「そういうもんです。さ、行こうか。」

 

 光人の落ち込んだ様子に気づいたのか、サトルは空のボトルを拾い上げながら明るい声で光人を導いた。また気を遣わせてしまったと思いサトルを見ると、彼は何も気にしていない様子で穏やかに笑っていた。今はその気遣いに甘えよう、と上着を拾い上げて光人は大人しく彼の背を追う。ペタペタと相変わらず気の抜けるようなビーチサンダルの音が廊下に響いている。

 

「そういえば、サトルさんはどんな武器を使うんですか?」

「あ、言ってなかったっけ。ボクは斧だよ。」

「ちょっと意外です。」

「ははは、よく言われる。見た目がホラ、か弱い感じだからね。」

 

 サトルは冗談交じりに笑いながら言ったが、事実サトルは細い。筋肉質なようにも見えず、とても斧を振り回すような雰囲気ではない。そもそも、ビーチサンダルで闊歩するような男である。彼を一目見て斧を振り回す戦士であるとは誰も思わないだろう。

 

「はい、ここがシャワー室でーす!そのへんのせっけん類とか、タオルとか自由に使っていいからね。んで、着替えはここ。脱いだものはこっちね。」

「なにからなにまですみません。」

「気にしないで。最初は皆そうなんだから。自分の部屋が持てるようになったら洗濯物とかは自分でなんとかすることになるしね。まぁ、それはその時になったらちゃんと説明するよ。あ、シャワーの使い方わかる?」

 

 さっと覗くと、家でも使っていたようなシャワーが設置されている。拍子抜けしつつ頷くと、サトルは安心したように笑った。

 

「よかった。じゃあボクはボトル片付けとかしてくるから、ゆっくり流しててね。」

「はい。」

 

 カーテンを閉めて、指定されたとおりに衣服をカゴに入れる。シャワーのコックをひねると温かい湯が降り注ぎ、それを頭からかぶると自然にため息が漏れた。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 シャワーを浴びた後、サトルに案内されるがまま食事を済ませた光人は、やはり彼に連れられてサジェの部屋を訪れていた。

 

「サジェさーん。サトル君と光人君ですよー。」

 

 サジェの返事を待ってからドアをくぐると、今朝よりも随分クマの薄くなった顔でサジェは待っていた。そして、その背後にあるディスプレイに、光人は見覚えのあるものを見つけた。

 

「……テトラ?」

 

 機械の魚がディスプレイで泳いでいる。魚は光人に気づくと動きを止めた。そして――

 

「光人。昨日ぶりですね。」

「う、うん。……ちょっと人間っぽいしゃべり方になったね?」

「はい。サジェのおかげです。」

 

 思いの外流暢にしゃべる魚――テトラを光人は呆然と見つめた。その隣ではサトルが、彼もまたぽかんと口を開けている。

 

「はいはい。順を追って説明するけん、座ってや。」

「あ、はい。」

「まずはサトル君の報告から聞こうか。光人君、どない?」

「一番適性がありそうなのが片手剣。でもすごいんですよ?光人君、飛び道具以外は全体的に適性ありって感じです。」

「ほー、さよか。んだば、ひとまず片手剣で武器を発注しとくべ。形とか機能性はまた追々なんとかしよか。」

「発注……?」

 

 サトルが見た限りで片手剣への適性が高いならばそれを使うことに異存はないが、発注するとはどういうことか。ディスプレイを泳ぐテトラもこちらの話を聞いているらしく動きを止めている。

 

「一人一人、体格とかに合わせて武器を作るんだよ。サジェさんの管理するここ、五番書庫はそういうのも担当してるんだ。」

「そういうこっちゃ。ジェンのグローブも、ルッツの剣も、全部うちの書庫が作っとる。」

「へぇ……。」

「これ、検査結果の詳しいデータです。」

「ご苦労さん。……で、テトラちゃんな。」

 

 サトルから受け取った書類をちらりと見てから、サジェはそれをデスクに置きつつテトラの映るディスプレイを指した。

 

「他の物語から連れてこられたキャストは、それぞれ何かしらの『スキル』っちゅー特殊能力を持ってたりする。それがどんなやつなのかわかるタイミングは人それぞれだけど、テトラちゃんはこれ。電子機器への介入・干渉。」

「スキル……。それのおかげで、魚の姿でディスプレイにいるんですね?」

「そ。あぁ、サトル君。説明しておくとテトラちゃんは元々この画面に表示されてるとおりの、機械仕掛けの魚でね。人間としての肉体は今四番書庫で寝てる。」

「へぇ。そりゃまたレアなキャストですね。」

 

 サジェとサトルが話しているのを聞きながら、スキルというものについてもう少し詳しく聞きたいと思うよりも、光人はひどく安心していた。呼吸を乱して倒れたテトラが、人間としての肉体が眠ったままとはいえこうして会話できる状態で見られたことに。


「テトラ、無事って言っていいのか分からないけど、よかったね。人間の体より動きやすそうだし。」

「ありがとうございます。そうですね、私としてはこちらの姿・状態の方が慣れている分好ましいです。しかし、問題もあります。」

「えっ、どうしたの?」

「私も気になる。なんか調子悪いんか?」

 

 興味深そうに、サジェとサトルもディスプレイのテトラを見る。

 

「建物の構造を読み込んでいないので、このままではここから出ただけで迷子になります。よって肉体に戻ることができません。」

「あー、せやんな。それはなんとかしてあげたい。」

「あと……。」

「他にもなにかあるの?」

「はい。肉体に戻れず、戻れたとしても上手く動かせなければ、光人に上着を返すことができません。これは重要な問題です。」

「へ……?」

 

 テトラは本気で問題として捉えているらしく、心なしかそわそわした様子でディスプレイの下の方を先ほどよりも忙しなく泳いでいる。テトラがこの図書館に到着したときに光人が貸した上着、貸した光人本人すらも既に忘れかけていたそれを、彼女はそれを気にしていたらしい。確かに、ディスプレイに表示されている姿では画面の外に物理的干渉はできない。光人は気が抜けて、思わず笑みをこぼした。

 

「大丈夫だよ、テトラ。俺の上着、たぶんミシュリーとかが回収してるだろうし。気にしないで。」

「そうですか。それは安心しました。」

 

 隣でサジェとサトルが二人して微笑ましそうに見ていることにも気づかず、光人はテトラの泳ぐ位置がディスプレイの中ほどまで上がってきたことに再び安心した。

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