第5話 エフェクトという名の超能力

 ホールを横切って、出てきた扉のほぼ向かい側にある見た目の同じ扉をミシュリーはノックした。中からは気を失う前に聞いた女性の――サジェの気の抜けたような声が聞こえる。


「おお、来たか少年。ミシュリーもお疲れ。」

「病み上がりですから、あんまり無理させちゃダメですよ。」

「はいな。なんかあったら呼ぶけん、助けてくんろ。」

「分かりました。じゃあ、失礼しますね。」


 ミシュリーは光人にも軽く手を振る。釣られて手を振ろうとして、それもなんだか違う気がして光人は中途半端に右手を上げた体勢で軽く頭を下げた。そんな彼がおかしかったのは、ミシュリーは小さく笑って今度こそ去っていった。自動扉が閉まるのを見ていた光人の視線を遮るように前に出たサジェは扉の鍵を閉めた。自動ロックなどはないのだろうか、とこの近未来的な空間とのギャップに光人は内心首を傾げる。


「……自動ロックもあるにゃーあるんじゃけど。」


 まるで心を読んだかのような発言に光人は思わずハッとした。振り向いた彼女の顔には苦笑。


「自動ロックだけだと他の書庫長には解除できるんよ。……君のことはひとまず他の職員には知られたくないけんね。」

「気を失う前にも言ってましたけど、そんなに俺は特殊なんですか?」

「特殊中の特殊。いずれはバレるにしても、種明かしのタイミングは計りたいんじゃ。あ、君コーヒーは飲めるかい?ブラックでもよければいれてあげよう。」

「あまり濃くなければ。」

「そ。んなら、ちょいと薄めにしとこか。」


 コーヒーメーカーのスイッチを入れてから、サジェは無造作に置かれていたパイプ椅子を指して座るように光人を促した。彼女自身は柔らかそうな背もたれやひじ掛けの付いた椅子に腰かける。そして足で床を蹴ってキャスターを転がして光人に接近する。光人は思わず軽くのけ反りそうになったが接触する前に彼女はピタリと止まった。挽かれたコーヒー豆の香りが漂う。


「どこまで話したんだっけか。」

「ここにいる人はエフェクト?っていう、超能力が使えるってことと、皆、どこかの物語の登場人物だってことと……俺が、主人公だってことは、聞きました。」

「おお、そうそう。そうやったのぅ。随分寝とったみたいじゃけど。よぅ覚えとるようでなによりじゃ。」

「実感はまだ無いです……。」

「ああ、そらまぁ。しょーがない。皆そんなもんじゃにゃあか。」

 

 相変わらず聞き取りにくい、どこの方言かもわからない訛りで話すサジェはあっけらかんとしているようで、しかしせわしなく膝の上で指を組んでは組み替える。


「とはいえ、君は前例がない。だもんで正直、君が今後どういう風に生きていくのかすんごく気になんのよ。いや、心配って意味でね?」

「はぁ。」

「ま、それはなるようにしかならんでしょうし?今後生きていくのに必要な知識をいくつか説明させてもらうぜ。」

「お、お願いします……?」

「うむうむ。んじゃ、エフェクトについてだ。」


 サジェは自分の右手を持ち上げて見せた。その人差し指の先に光が収束していく。淡い暖色の光にサジェの眼鏡がキラリと光る。


「これは光のエフェクト。私は光属性ってわけだ。属性として、エフェクトは六種類。地水火風と光と闇がある。」


 いよいよゲームじみてきた――光人は輝きを見つめてわずかに目を細める。指先から光を産み出す研究者と、絶対零度の目をした氷使いの男。確かに、どこかの物語にキャラクターとして存在しそうだ。


「ほかの皆――ここの職員として所属している人間は皆、多かれ少なかれこういう力を持っているんよ。基本的にここに連れてこられた時点で何かの力を宿してる。」

「俺はそういうの、なにもない気がするんですが……。」

「そうなんだよ。基本的に誰しもがなにかしらのエフェクトを持って連れてこられるのに、君にはなにもない。それがまず異例の事態でね。ああ、ジェン君のエフェクトを持ってたのは考えないことにしてくれぃ。」


 ピピッという電子音と共にサジェは人差し指の先の光を消して眼前から遠退いた。また床を蹴ってイスのキャスターで移動したらしい。器用にコーヒーメーカーの前でブレーキをかけると、慣れた手つきでマグカップにコーヒーを注ぐ。湯気の昇るカップを持った彼女は先程よりもゆっくりと、慎重に光人に再接近してコーヒーを差し出した。そっと受け取ると満足そうにうなずく。


「それ、そういえば……貸し借りができるとかって言ってましたっけ。」

「いや君、本当にあの状況でよく覚えとるな。本当にキャパオーバーしてたのかえ?」

「なんとなく、ぼんやり覚えてるってだけです。」

「それでも上等だら。」


 コーヒーを一口飲むと、サジェは自身の左手を光人に差し出した。


 「この手を握ってくれたまえよ。」

 「握手みたいな感じですか?」

 「そ。優しく握ってくれりゃ十分ずら。」


 言われるがままサジェの手を取る。サジェはよし、と言うとすぐに手を離した。光人には特に変わったところは無いが、サジェは満足そうに頷いている。


「あの、今ので何が?」

「今、私のエフェクトは君の体内に移動した。私の能力を、君に貸したんだ。」

「すみません、全然なにも変わっていないような気がするんですが。」

「おやおや。なんかこう……パワーアップしたぞー、みたいな感覚ない?」

「ありません。」

「おー……。」


 金色の前髪を軽く掻きあげるサジェの顔は声とは裏腹に非常に興味深げだった。居心地悪そうにしている光人に気づいたのか、彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ごめんごめん。どうしてもこう、研究者のサガっちゅーのかな。出てもうてな。まぁなんだ、とにかく今ので私のエフェクトは君の中に移動した。私たちは普段、必要に応じてエフェクトを貸し借りして作戦を遂行する。だが、これにも法則がある。ここまで大丈夫?」

「あー……はい。」

「じゃあ、次に行こうか。……と思ったけど私の用意不足やなぁ。ジェン君呼ぼか。」

「えっ。」

「苦手意識あるかもしれんけど我慢してほしか。現状君が『主人公』だって知ってるの、あの子だけやねん。それに――四番書庫、医務室に君を運んだのも彼じゃ。信用はしていいぜよ。」


 サジェはデスクへと足を向ける。ヘッドセットを取ってジェンを呼んでいるのが聞こえたが、思わず光人はぽかんと呆けていた。あれだけこちらを睨んでいた彼が?とジェンの様子を思い出していた。


「じきにジェン君がここに来る。そしたら、続きを話そうか。あ、あといつまでもその服でいさせるわけにもいかん。だもんで、一応君のために用意しておいた服があっから、あれに着替えとき。」


 サジェの指差した先にあったのは畳まれたまま無造作に棚の上に置かれた白い衣服であった。それに近付いて広げると――前開きの白い長袖のロングパーカーと、その下にあった黒いTシャツのようなものとスラックス。靴下と少しゴツさのある編み上げのブーツ。一式の衣服がそこには揃っていた。


「我々は白を主にしていれば好きな形の服を着ていいんだけどね。君の好みは良く分からなかったから、サイズが合いそうなのを適当に用意しといたぜよ。あ、更衣室はその棚の隣の箱ね。」

「すみません、何から何まで。」

「いーのいーの。これもお仕事じゃ。」


 ニカッ、という擬音が付きそうな彼女の笑顔に、光人は小さく頭を下げた。





 ――一方、館内に響くサジェの声に呼び出されたジェンは食堂にいた。眼前の席で共に食事をとっていたルートヴィヒと顔を見合わせる。


「サジェさんからの呼び出しとは珍しいな。」

「お、おう。そうだな。」

「……この間の生存者が目を覚ましたのかもしれんな。特殊体質なんだろう?」

「あー、だからなんか当事者の話とか必要なのかもな。……飯もったいねぇ。」

「冷凍保存しておくか?」

「エフェクトの無駄遣いやめろよ……。いっそこのまま持って行くか。」


 食べかけのパンとシチューの乗ったトレイを指して冗談めかしてジェンが言うと、ルートヴィヒは頷いた。


「機械類の上にこぼさなければ大丈夫じゃないか?」

「いやいやいや、さすがにやめとくわ。」

「そうか。」

「おう。食堂で保管しといてもらう。」

「わかった。」

「ごめんな、一人にしちまう。」


  立ち上がったジェンは、少しだけバツが悪そうにしていた。ルートヴィヒはなぜそうも彼が自分に気を遣うのかがわからない。謝られる理由がない。普段から食事を共にすることは確かに多いが、毎日一緒というわけではない。お互いに一人で食事など珍しくもないのだ。


「構わない。早く行った方がいい。」

「だな。んじゃ、また後で。」


 ジェンはその場を後にする。トレイを手に食堂の担当者に声をかけた。後で食べる旨を伝えてトレイを預けると、そのまま食堂を出ようとしてちらりと振り返った。一人で無言のまま食事を続けるルートヴィヒが見えた。


「ごめんな。」


 小声でつぶやかれた謝罪は、この場に彼を一人にすることに対してのものだけではなかったのだが――ジェンの心の内を知るものは、まだいない。

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