第9話 "K"の証言

 俺の行方は破滅的思考により定まっていた。からになりかけの酒瓶を片手に、雨に溺れながら途方もなく街を彷徨する。失われていく体温と、幻肢からくる無い筈の痛みは、俺の思考を蝕み。


俺は絶えず喘ぐ--『どうして。』


かつて人類の頂点に立った国だとは思えない程に街は廃れ、建っているのが不思議なくらいの廃墟と、ジャンクに融ける浪人は死んでいる様で--まるで、鏡を見ているかの様だった。


 デバイスを捨て、名を捨ててから一週間か経とうとしていた。元からシビアな世界は、かつての内戦により更に窮屈になり、人々はその日暮しを延々と繰り返す。その中で人間性を諦めた俺に、施しなどあるはずもなく。絶えない雨の中、壺の底が見え隠れしていよいよ脚は動かなくなった。


声も、もう三日は出していない。泥臭いゴミの匂いにも慣れた俺は、少し前に見た死人とやはり同じだ--唯、死を待つ人間。意識が消えかけた時、前に放っていた俺の脚の方に誰かが立ち。話しかけてきた。


--「生き延びたくないのか?」


うつむいたまま聞く声は--からだを義体化しているのだろう--男性の機械音声だった。足元から予想する立ち姿は凛々しく。俺は嫌だった。


「‥‥後少しなんだ。捨て置け。」


気怠く返した。久しく開かなかった口から発せられるそれは、いやにしわがれていて、近付く死の証拠となった。


彼は返す。


「B.Jという者が探していたぞ? 『サイバー』」


名前すら忘れかけていた俺は、黙っていた。彼は続けて話す。


「‥‥俺は"ケイ・エヴェリッヂ"。聞いた事があるだろう?」


ケイ・エヴェリッヂ。原因すら忘れ去られた先の大戦。その原因である、GCA (Great Curyros.Ascent) "元"警備会社と、それに対抗したQ/B (Quiet/Brain) "元"地区管理局。その敗戦したQ/Bの新たなリーダー。"ケイ"の名と可能な限りの全身義体を最年少で授かった革命家レジスタンス。だが、GCAに管理されているキンクシティではテロリストとして扱われている。


「"革命家"が死人に何の様だ?」


義体は笑う。


「フフ‥‥いや、君は何でも屋の中では信頼性が高い人だ。何があったのかは知らないが、死ぬのならQ/Bに入らないか?」


俺は少し考えてから答えた。

「嫌だ。何の利益が‥‥」


そう言いながら彼の顔の方を見上げると、彼の義体化した顔の電子掲示板は白い歯を見せつけてきた。そしてまた、黒い面に戻ると話を続けた。


--「『トラッパー』」--


その羅列に目が覚める。今迄の失くし物、その不平不満の矛先全てが奴に向けられた。


「奴か?! 教えろ!」


彼は赤いバツの目を浮かべ、白い歯をまたニヤリと光らせてから言った。


「一緒に来るんだ。」


 彼が合図をすると、建物の影に潜んでいた彼の仲間達とその車が俺を迎えに来た。仲間は俺をバンに乗せ、点滴を打ち、そのまま発車した。窓にはスモークがかかっていたが、何処に向かっているのかは、ある程度判った。そして俺前に座ったケイは、不意に飲み物を差し出してきた。


完全食ソイレントだ。腹が空いているだろう? 足りなければもっと良いのが拠点に在る。」


俺は黙ってそれを受け取り、食道に違和感を感じながら飲み干した。


「やはり痛覚が‥‥。」


彼がそう言いこぼす。俺は反射的に訊く。


「何か入れたのか?」


彼の電子掲示板は黄色の円い目を浮かべ、驚きと否定を同時に表現した。


「まさか! ただ、一週間も何も通していなければ痛みを伴ってもおかしくないからさ。」


以前の俺なら尚も疑っていたのだろうが、然し瀕死にも近い状態に、助けてもらい。それで疑うのはあまりにも失礼だと、ようやく悟った。


「それで‥‥"ケイ"が俺に何の用で?」


ケイは静かに応えた。


「俺達がQ/Bの残党としてGCAに追われているのは知っているだろうが、話はその元となった"ディタッチメント内戦"にまでさかのぼる。」


俺は話の流れ。そして、彼の語り草からその先を安易に読み取れた。


--「つまり、その発端に"ヤツ"が?」


「その可能性が一番高い。」


俺はまだ、トラッパーを甘く見ていたのかもしれない。『噂』は噂でしかない。奴の本質は深淵より深く、その人間性はよどみきっている。

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【休載中】 罠師 空御津 邃 @Kougousei3591

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