6話目 失くした執着心

 しかし、別れは突然だった。

カルテルの襲撃がある数ヶ月前。彼女をというスーツ姿の男が来た。これは別に珍しい事ではない。


ゴミの山にいる子らは、そもそも出生記録すらなく、人権すら無いのが普通だった。つまり、のだ。


労働力を確保する為や、人体実験、研究、改造、趣味等、買う理由ロクな物ではない。己のの為に買う奴が殆どだった。


買い方としては、先ず値段を決め、それを周りの奴らに手数料代わりに払う。には1$にも入らないという事だ。そして金を払われた奴らが、仲間を売る。


俺はそれが嫌いだった。ゴミの山が嫌いだった。俺からしたら、家族以外の奴らは"敵"だった。


 いつもの様に、2人で抜け出そうとした時、他の奴らのシマを通ったのが良くなかった。彼女を買いたいという奴が、金を払っているのが見えた。--視線。彼女を見ている。俺は直ぐ様、その行動の意を察した。


--この日は雨だった。



 「走れ!」


と叫び、グリーンの手を引いて走り出す。俺は何時いつに無く感情的だった。いや、此の時が最後だったかもしれない。理由は明快だった。


彼女だからだ。失ってはならない。失くした筈の感情が確かに--俺の右腕に有った。


刹那、右腕に焼け切る様な激痛が何度も何度も走る。--


彼女と俺の右腕が離れる。吹き飛ばされた右腕を横目に、俺は気を失いそうなぐらいの激痛に耐えつつ、バランスを崩しながら彼女の元へ駆け抜ける。--彼女が泣いている。


『あぁ、ダメだ。泣くな。今行く。』


--最後だった。


気を失いかけ、気付くとシマの奴らに取り押さえられていた。頭にはさっき俺の腕を撃ち抜いた銃が幾つも在り、俺の各所を痛い程に押さえつけていた。


これまでにないくらい、最悪だった。


しかし突然、スーツ姿の男が「離せ!」と言った。そして、周りの奴らは顔を合わせ、そっと手を離した。俺は腕を失った所為で、ウェイトバランスが崩れ立てなかった。気を失いかけつつも、バランスを取り、やっと立てた頃に、男は見計らった様に言った。


「私はJade (ジェイド) 地区から来た。Dr.Slide (スライド) 。Slide・Clinton (スライド・クリントン) だ。医師をやっている。」


そう名乗った男は彼女の病気を治すと、娘として扱うと言ったと同時に、病気についての研究をしているとも言った。


無論、俺は信じなかった。

今まで、そんな聖人のような奴に一度も会った事が無かったからだ。実験台にするのだと、そう思っていた。しかし男は、


「私を信用出来ないのなら、このデバイスをやる。これで私の家まで来なさい。彼女に会わせる。」


と言って男はデバイスを俺の前へ投げた。


満身創痍だった俺は、それでもやはり信じず。身体を傾け、バランスを保ちつつ男に殴りかかった。だが、直ぐにシマの奴らに頭を何かで殴られ、気を失った。


気が付いた時には彼女もあの男も、既に去った後だった。俺は目の前に吹っ飛んだ腕と、男が投げたデバイス。そして腕の傷を見ると誰かの服が包帯代わり巻かれ、応急処置がされていた。


あの男の服だった。


俺は落ちている右腕を拾い、咥え、デバイスを左手で持ち、B.Jの居る301モーテルに行った。


モーテルに行くと、俺は気を失った。しかし、B.Jが直ぐに俺に気付き。知り合いからスペアの義手を借りてきてくれた。大きさも神経とのシンクロもイマイチだったが十分だった。


そして、経緯を話したのだ。俺は今直ぐにでもグリーンの元へ行きたい気分だっだが、「神経とのシンクロ率をより向上させるのと、入念な準備が必要だ。」と、モーテルの闇医者からB.Jを介して説得され。後日、デバイスを使い、男の家に行く事となった。


男の家は人気のない崖上の、今時珍しい一軒家だった。警戒しながら俺達は侵入し、男と彼女の姿を確認し、男を殺そうとしたが、彼女は‥‥


彼女は何もされていない様に見えた。


その後も監視し続けていたが、昔の俺達では食えない様な料理や、綺麗な服や、しっかりと治療薬も処方されていた様だった。


顔色も以前より大分良く、元気に庭を駆け回っていた。そして、

俺はその時、このままなら彼女は幸せなのではないか? と考えた。だが、まだ男への不信感は消えず。


それからほぼ毎日、俺は彼女を見に来た。彼女はたまに哀しげな表情を見せていたが、それは"何か"をされたからではないのが、直ぐに分かった。俺もだったからだ。


男への不信感が消えた時、俺は正面から男の家に入った。男は少々驚いた顔をして、しかし家に招き入れてくれた。そして質問をした。


「何故彼女だったのか」と問うと、男は直ぐに答えた。「妻の小さい頃に似ていた。子に恵まれず、妻が病気で他界した自分にとって、この子は妻の子に思えたのだ。」と。その時感じたのだ。彼は俺とは違う。


--彼には信念が在った。


俺は最後に、この家のセキュリティ面での脆弱性について教え、その後彼女に‥‥古いやり方だが、手紙を渡すように頼んだ。そしてそれを、男は快く受け入れてくれた。


その後、帰ったをして、彼女が手紙を読んでいる姿を最後に見た。彼女は手紙を読みながらあの笑顔を見せ、手紙に入れていたエメラルドをしっかりと受け取ってくれた。


彼女には感謝している。だが、同時に残念でもある。俺の右腕とそれより大切な"彼女"を失い‥‥覚えている中で、初めて泣くほど悲しかったんだ。


今まで忘れていたのに、忘れられていたのに。--


彼女への依存か、今までの贖罪か、将又はたまた、ただの気紛れか。生への執着心が戻ってきたのか‥‥


--あぁ、ないな。


俺はゴミの中で、壊れかけの義手で、デバイスを持ち、音声入力システムを使い、失くした痛みに耐えながら、B.Jに連絡を残した。


「‥‥故郷だ。俺はまだ生きている。」

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