4話目 手口

 『死体‥‥噂‥‥死体‥‥』


今迄の考察と、たった二つしか残っていない確たる物を、脳裏で反復させながら思索に浸る。死体、噂、死体‥‥また噂。死体を調べれば、死因から手口が判る。しかし手間がかかる上に、本丸へ辿り着く為に必要となる証拠や痕跡が見つかるとは限らない。残りは噂、噂も死体と同じく確証に欠ける。何故なら奴は都市伝説的な‥‥あぁ、そうか。


--「噂か。」


俺がそう呟くと、B.Jはチップスを口に放る前の動作で動きを止め。此方を横に見ながら、そのまま問いかけた。


「どうした? 何か見つかったか?」


俺は少し得意になりながら、B.Jに俺の思索の中を見せた。


「噂だよB.J。雇われた奴らは暗殺された。使い物にならない死体。残ったのは噂だけ。」


B.Jは少し呆れ顔を晒して、チップスまたを口に放ってから酒で流し込むと、半ば怒った様に俺に釘を刺した。


「そうだ! 行き詰まったんだ! そんな事わかってる。」


俺はその言動を既にある程度予想していた為、食い気味‥‥まではいかないが、彼が話し終えた刹那にそれを否定しつつも、その考えを告げた。


「いいや違う。唯一の手掛かりを見つけたんだよ。『噂』さ。噂はただの噂だが、都市伝説以外の噂も存在するという事は、ヤツの関係者、もしくは生き残りが居る筈だ。そして、それは恐らくヤツの資金源にも繋がっているだろう。表に出てこないヤツが、この不景気な時代にどうやって資金を集める? ここ最近、大きな強盗もなかった。関係者が居るとも考えられなくもない。」


彼はさっきの顔がまるで嘘かの様に目を見開き、その酒臭い口を大きく動かしながら、俺の考察に賛成し、称賛してくれた。


「流石サイバー! 勘が戻ってきたか?」


「戻るも何も、ずっと現役だ。」


するとB.Jは、その隆々りゅうりゅうとした筋骨を持ち上げ、徐に座席に置いていたデバイスやガンホルスターを拾い上げると、それら装備品を装着しながら、少々浮かれた様にして俺を急かした。


「そうと決まれば、早速調査だな! ‥‥だが、どうやって探す? アテはあるのか?」


その質問も、その見当もある程度付いていた俺は再び得意気にB.Jを導いた。


「"資金"と云えば、彼奴あいつだろう?」


「あぁ、アイツか!」


 アイツというのは、ここKinkCityの大手銀行会社のW&D。『Wealth (ウェルス) & Distribution (ディストリビューション) 』社

イチの銀行家、Walter・Christo (ウォルター・クリスト) の事だ。


『富の再分配』、『キリスト』と、聞こえは良いが、実際は裏で闇取引をしたり、VIPやマフィア、汚職政治家等から資金洗浄マネーロンダリングを請け負ったりもする。ギャング、マフィア、カルテルとも繋がりがある。フィクサーじみた、虚栄を擬人化した様な奴だ。現に、クリストも偽名だ。本名は、Glerka・Gerardon (グレルカ・ジェラードン) だ。カエル頭には、お似合いの名前だな。


彼処あそこには以前、仕事で証券を盗みに行った事があり、その際にウォルターに見つかったのだ。あの時のウォルターは全盛期真っ只中だったが、俺はそれを知らずに脅し、ありったけの金と情報を巻き上げた事があった。若気の至りだとは思っているが、それ以上に奴は神経質で、その上エリート意識が高く、脅しが驚く程によく効いたのもある。


その時ウォルターは、俺の事を、だと思っているに違いない。実際、何でも屋にはそういう奴も少なくなかった。むしろ、多いとも捉えられる程だ。


そんなウォルターも今ではすっかり落ち着き、半ば隠居生活の様にチマチマとした仕事をしている。しかし、奴に泣かされた者は多く、奴の本質は変わっていないだろう。正義の代弁者とは云わないが、またあの一時を思い出させても良いかもしれない。


俺は何時もと同様の手口で、ホログラム機能が付いたフェイスガードを着用し、W&D社の本社ビル近くの高層ビルから、屋上の監視カメラを5台、偵察ドローン4台を狙撃。同時に数人の見張りと、ドローン破壊に気付いた応援を黙らせ、W&D社の屋根へジップラインをかけ、屋上から侵入した。


確か前回は、正面玄関から身分を偽って侵入した。といっても、道半ばで勘付かれ銃撃戦となり、近くの部屋に逃げ込む事になったのだが。その時、部屋に居たのがウォルターだったのだ。


 俺は一度侵入した場所は、覚えている範疇はんちゅうでメモするタチだ。そしてこの癖がまた役立ち、今回はバレずに侵入出来た。見張りの服を奪える時間も得れたのが尚更良かった。


俺は見張りのフリをして、警備員達の休憩室に駆け込み、警備員を呼び込んだ。


「屋上で仲間が狙撃された! 応援に来てくれ!」


とな。緊迫感のある声を出し、警備員達を振り切る様に階段を駆け上がり、途中の階に潜んだ。すると警備員達は走って屋上に行き、あらかじめ屋上の扉に仕掛けていたブービートラップで『バーン』と吹き飛んだ。


 後は怪しまれない様に隙を見計いつつ、ウォルターの私室に侵入し、待ち伏せるだけだった。


「なっ、誰だ君は! 何故私の私室にいる?!」


ウォルターがスーツのズボンのポケットに手を伸ばし、何かを押して警備員を呼ぼうとした瞬間、すかさず首元に義手に内蔵されたブレードを突き付ける。


「警備員は死んだ。よく聞け、じゃなきゃあ次はお前だ。断りなく喋ったら殺す。不審な動きを見せたら殺す。嘘をついたら殺す。俺の気分を害しても殺す。お前が生き残る道は、俺に従う事だけだ、判るよな? Mr. Glerka。」


俺は低調に話しつつも『脅し』に繋がる単語を重く強調し、殺意が在る様に見せる。しかし俺にとってはこんな男、生きていようが死んでいようが変わらない。いや、だからこそ"いつでも殺せる"のだ。


「昔は『』だとか言われていたお前が、これまた随分と落ちぶれたものだな?」


「‥‥まさかお前は! あの時の?!」


俺は義手のブレードを目に切り付けながら、義体化していない方の手で首を強く、締めた。ヤツの冷や汗や、締めた事と恐怖による嘔吐えずきが俺の手に伝わる。


「許可無く喋ったら殺す。次は‥‥ない。」


奴の眼には、フェイスガードのホログラムの赤と、義手のカーボンブレードの黒が窓から射す西日と相まって、コントラストとなり奴の恐怖が煽られていくのが見てとれる。


「ッ!  ‥‥。」


こうなればコッチのモノだ。しかし、油断はしない。


「そうだ。それでいい。」


俺は演技にさほど自信は無いが、ウォルターを騙すのにはこれで十分だった。


ヤツは奴だ。闇取引やマフィア等との商売も部下に任せ、自分は富裕層を相手にクリーンな仕事をしている。実際には、殆ど資金洗浄の話だ。金の亡者共のお世話が上手い事だ。


現に、ヤツの手は誰よりもドス黒く。だが間抜けで、やり手だった頃に比べてかなり油断している。やり手だった頃は、ここ近辺の民間警備会社を牛耳ぎゅうじり、実質的に支配していた。が、最近の不景気と慢心したウォルター、それに反抗的な一部の人間により、W&D社及びウォルターの権力は失われつつある。


そんな慢心したヤツは大抵直ぐ死ぬのだが、まだというだけはあり、警備は厳重といえば厳重だ。ギリギリだが。だからだろう、コイツが今日まで生き残れたのは。


じゃなきゃ奇跡でもない限り有り得ない。というのも昔のウォルターは先述の通りの悪党で、敵も多かった。だが、今はもう力が弱く、昔の貸しを返そうと命を狙う者が後を絶たなかった。


悪運が強いのか、警備会社が優秀なのかは定かではないが、それでも生き残れたのだ。だからこそ、直接的なはよく効く。


--「トラッパーの事だ。」


その言葉を聞いた瞬間、ウォルターの顔色が途端に変わり、首筋から汗が一滴垂れる。


そして卒然、タガが外れた様に能弁に成った。その時は気付きもしなかったが、あの不審な挙動。理由は今なって判る。アレはそう。云うならば--何かを覚悟した様に。


「あぁ、今日は最悪の日だ! 朝から腹も痛いし、頭痛もする! 部下は無能だし、私の御機嫌取りに必死だった能無し供は勝手に街から逃げた!!」


「おい、お前。一体何を‥‥」


奴は俺の話を余所目に、食い気味に独り言を続ける。


「私は知らない私は知らない私は‥‥」


動悸か、焦りか、恐怖かは分からないが、ヤツの目が泳いでいる。直感的に悟る。


--嘘だ。


この仕事をしていると嘘を見抜くのが得意になってくる。が、そうでなくとも、コイツがあからさまに嘘を付いている事は分かった。しかし、それ以上にこの違和感が気になった。


「さぁ、話せ。」


しかし俺は奴があまりの恐怖心から動悸にの様に、パニックに陥ったのだと悟った。実際、その読みは当たっていた。


--しかし、その恐怖心は俺に対する物ではない。


 俺は冷えた刃を押し付け、状況を再認識させた。すると奴は少しばかり気を取り戻し、しかし命乞いを始めた。あぁ、そうだ。


--『ヤツ』へのだ。


「やめてくれ!! 助けて! 助けてくれ!」


本来、この時に気付くべきだったのだ。俺の乏しい演技力から、生み出された殺意によるこの反応は至極当然。とは言い難い。しかし、それこそ俺の乏しい思考力では其れに気付く事は叶わなかった。


「言ったら‥‥言ったら殺される!! ヤツに! ヤツにアレを! あぁぁ!」


『ヤツ』への恐怖によって半狂乱になり暴れている時に、俺はある事を考えていた。


接点が? しかし、コイツが取引しているとは思えな‥‥いや、有り得る。


『前か‥‥。』


その瞬間、『ピシュン』と首元に何かが通った音。--だ。


俺は直ぐ様、窓のシャッターを下ろし、視線を遮り、射線を切る様にして隠れ、ウォルターを屈ませ、念の為に別の銀行会社に行っていたB.Jに連絡を取った。


「何だサイバー。コッチはもう3件目だ。オヤジ狩りも程々にしとけ‥‥。」


俺は食い気味に話す。出来る限り、早く、知り得た事や感じ取った考察を全て。


「ビンゴだ! しかし、恐らくヤツに狙われている。ヤツは本物だ。ならば、次は無駄弾を撃たない。しかし、今は隠れているから‥‥。」


舌が回らない。手汗も酷い。思考もほぼ停止している。--明らかにヤバかった。


しかし、B.Jの冷静さには驚かされた。支離滅裂と言われても反論出来ない程の喋りから考察し、奴の次の手を察したのだ。


「よせ、サイバー! そこから離れろ!」


俺は舐めていたのかもしれない。考えが甘かった。甘過ぎる程だ。奴は"トラッパー"。俺は。獲物を逃さず、行動を予測し、100パーセント依頼を達成する。それ即ち--『対象の死亡率100パーセント』


俺は咄嗟に義手の機能をフックに変え、窓にをかけ、飛び出した。しかし、間に合わなかった。飛び降りる瞬間、ウォルターの、恐らくにあった爆弾が爆発した。

そして、自分の身体に色々な破片が刺さった感覚、つまり裂ける激痛が全身に走り。


間も無く俺は気を失った。

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