第一章
霧雨の夕暮れ
3話目 301モーテルの会談
そんなB.Jと会う為に俺は生まれ故郷であるSklave(スクラヴェ)内の301モーテルに来た。301モーテルはちょっとした酒場と併設されている、アウトローの溜まり場だ。
アウトローと言うと、聞こえは悪いが。皆、掟を守るイイヤツだ。いや、イイヤツとも違うな‥‥世間一般的には犯罪者だ。
しかし、俺にとっては『イイヤツ』だった。店にいくらツケがあるか分からない元何でも屋の呑んだくれや、強面で如何にも頑固そうだがそうでもないアホな喧嘩屋。年の割には元気で寝顔を誰も見た事がないという噂がある店主。
--そして、ここ近辺の何でも屋を仕切る様になったB.J。
「おー!来たか!‥‥えーっと。」
「ライアンだ。ライアン・サイバレイン」
「おー、サイバーか! また随分と雰囲気が変わったな!」
俺は久しく会えていなかった旧友との再開に感極まりつつも、遮る様に言い放った。
「お前だってまた派手に! ‥‥サイバーって呼ぶなよ。一体何回目だ。」
B.Jは図体に似合わない程ヘラついて、何時もの様な大して面白くもない。下らないジョークをかました。
「まぁまぁ! そんな怒ってると、シワが神経統合チップにまで記録されちまうぞ?」
「誰のせいだと思ってるんだ。それに、そのつまらないジョークもやめろ。」
B.Jは左手に持っていた酒瓶を片手に、その重々しい身体を椅子から引き起こすと、続けておちゃらけてみせた。
「な〜んで!最高にパンクしてるだろ?」
また変な言葉を覚えたな。
「‥‥B.J。意味分かって言っているのか?」
「えっ? クールと同じような意味だろ?」
俺はあまりの間抜けさに、大きな溜め息をついた‥‥。だが、このパンク具合が最高に楽しかった。俺はB.Jが親友でとても心強かったんだ。
「んで、話があるんだろ? じゃなきゃ、お前のような仕事人間はココに来ないよな?」
そう言って話を切り出したのはB.J.だった。
「その手の話には相変わらず鋭いな。‥‥普段からそうならイケてるんだがな。」
そう称賛しながらも何時もの小言を言うと、彼の地獄耳はそれを聞いていた。
「ん? なんか今、余計な一言が聞こえたぞ? 子供時代、仕事を手伝っていたのは誰かな?」
またこれか。全く、頭が上がらないよ。
「わかった、すまなかった。仕事の話に戻そう。」
俺は事細かに経緯を説明すると同時に、それぞれの事象についての自分の意見と、それによって引き起こされる可能性についてを、これまた事細かに言及した。
B.J.はそれらについて的確なアドバイスを
いつも通り伝えてくれた。
「先ず、ハイドロ・ダイナミクス社は
かなり怪しい。一つ目はタイミングだ。サイバー、お前が義手を壊して、新調した直後に仕事の話が来たんだよな?
つまり、義手を新調した事を知って仕事を依頼した可能性もある。義体化された身体は今も高値で取り引きされる。お前の義手は最新モデルなのに、カスタマイズまでされている。相当な値打ちものだろう?」
B.J.に相談して良かった。流石だ。少し話しただけで冷静に流れを解析し、的確に自分の盲点だったところを解説してくれた。最も、俺が目の前の金の山を見て正気を保てなくなっただけなのもあるが。それにしても、やはりB.J.は頼りになる。
--「‥‥しかし、それは無いと思う」
B.Jが酒を一口飲んでから、また質問する。
「何故だ?サイバー?」
「彼らはハイドロ・ダイナミクス社の
専用会社員証明書を可変パッドで見せてくれた。あれは俺が過去に、ハイドロ・ダイナミクス社に情報を盗みに入った際に見た物だった。」
次にB.Jはチップスに手を伸ばし、数枚口に放ってから話を続けた。
「それは聞いたが、確かか? 偽装された証明書かもしれない。そのデータは、ダウンロードしたのか?」
小腹が空いていた俺もチップスに手を伸ばし、また数枚放ってから考察を告げた。
「ああ、もちろんしたさ。ウィルスはおろか
怪しいプログラムのコードも見つからなかった。おそらく本物だろう。仮に本物を盗んで、俺に見せたとしても金があるのは確かだし、そこまで面倒な事をするヤツいるか?」
するとB.Jは途端に真面目な顔をして、
「俺ならする。」
と云った。何でも屋の中でも用意周到な奴や、警戒心の高い奴は多いがここまでじゃない。B.Jの様なタイプは珍しかった。
「‥‥B.J、お前は本当に変わってるよ。」
B.Jは相変わらず、平然とした顔でチップスを貪り、酒を浴びる様に飲む。そして、小休憩‥‥と云う程長い時間は無いが、その一時を経て、B.Jは仕事の話を続けた。
「まぁ、いい。確かにそこまでの準備をするヤツは、滅多に居ないだろうな。ならば二つ目だ。その"ハイドロ・ダイナミクス社"の社員が、例のトラッパーだと云う可能性は? トラッパーが、仮に何でも屋を殺す事に快楽を覚える変態ヤロウで社員に変装し、お前を何らかの理由により殺す為に近付いたなら?」
「その可能性は否定出来ないが‥‥何らかのの理由って? それに、社員は2人だったんだぞ? トラッパーも仮には何でも屋だ。2人だなんて、あり得ないだろ。」
「可能性はゼロじゃない。仮に、トラッパーの伝説が本当ならば、技術力はかなりあるはずだ。完全自律型のロボットに人間と同じ様な仕草をさせて、特殊ホログラムで人間のホログラムを被せたか、古風なやり方だが特殊メイクをし、人の顔の動きをプログラムさせた機械で人の顔を作ったか‥‥。」
俺は長くなるであろう考察を防ぐ様にして、食い気味に反論した。いや、実際には認めたくなかったのもある。
「しかし、仮にそれが本当だとして、トラッパーは200歳を超える事になるんだぞ? どうやって人間がそこまで長生きするんだ。未だ脳の義体化は不可能なんだ。生きていても、死んだも同然の状態だろう?」
「だが、これもまたトラッパーの伝説が本当ならば、全身の義体化も可能なはず。」
ここで、2人は同じ答えに辿り着いた。いや、と云うより無駄に気付いたのだ。
「‥‥不毛だな。オカルト的な話だ。」
都市伝説について熱心に話しているオカルトマニアになっていた俺に、少しばかりの羞恥心が生まれた。恐らくそれはB.Jも同じだった。酒の所為か、羞恥心の所為か。彼は少し頬を赤らめながら、最後の話題をふった。
「同意見だ‥‥つまりこれも無し。最後にだが。--そもそもどうやって探すつもりだ?」
「は?」
考えてもみなかった。目の前の大仕事に、不透明な存在、それの対象で手一杯だったからだ。
「いや。仮に、社員が本当の事を言っているとして、トラッパー、若しくはトラッパーと信じられる程の力量を持つ猛者が相手だ。そう簡単に見つかるか? 仮に見つかっても、お前に殺せるのか?」
「‥‥。」
B.Jの云う事は最もだった。俺は早々に行き詰まったのだ。当然だった。痕跡ナシ、情報ナシ、生存者ナシ。
--在るのは数多の死体と、都市伝説じみた噂だけだった。
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