かしこいひと

 確かにその人は賢かった。

 人生を賢く生き抜く為にあれこれ考え抜いて生きてきた。


 その人は味方を作ることに余念が無い。

 味方とはその人曰く自分に対し自ら油断してくれる位自分に好感を持ってくれている人のことを指す。

 味方を手っ取り早く作るには第一印象が必要である。

 まず自分は馬鹿でなければならない。相手に優越感を持ってもらう為だ。

 笑顔も欠かせない。

 笑顔が嫌いな人間は少なくとも創作の中か、もしくはそういった創作にとてつもなく感化された集団の中でしか見た事が無かった。

 あれこれ会話をしてみて、相手が笑顔を見せたら、かしこいひとの勝ち。

 しばらくはかしこいひとは何事もなく過ごすことが出来る。


 その人は人生を賢く送る為に、演技もした。世間曰くのキャラ作りである。

 その人はいくつもの秘密を中に仕舞っていた。それをいくつ外に出して、いくつ中に仕舞っておいたままにするかは相手によって決めていた。

 ここぞというときに大事な物の一部を見せると相手はもっと信頼を寄せてくれる。

 それをかしこいひとは狙っていた。

 普段は相手の思うがままになるように振る舞うが、いつかはどうしてもそうでなくてはいけないんだと主張しなければいけない時はある。

 その時にこそ、大事な物をひけらかす。そして相手が怯んだときにいつもの場所に相手を押し戻すのだった。


 かしこいひとは誰かと親しい――いや、親し「過ぎる」仲になるのが嫌だった。


 責任を被るのは別に何とも思わない。

 昔から立場上そうだったし、責任とは長い付き合いだ。

 慣れっこだった。

 しかし、友情にそれが絡むと厄介である。

 いくつもの経験といくつもの本から得た知識でその人は友情をそう学び取ってしまっていた。

 故に、その人はちゃんとした恋愛に溺れたことがまだ無い。その外側からそれに溺れている人を冷静に観察して他に繋げているのだ。


 かしこいひとはかしこい為に、さびしい人だった。


 能ある鷹は爪を隠す。

 世間から賢いと言われている人達が四角い画面の中でその知識を語る度にかしこいひとはそう吐き捨てていた。

 しかしそういった立場に立ち、自分の全てを明かす彼らはかしこいひととは違い、豊かな人生を送っているだろう。

 人生が用意したイベントに攻略本を持たずにぶつかっていく彼らは確かに幸せだった。

 ――少なくとも私はそう思う。


 攻略本を持ちながら、冷たい心でイベントに参加するかしこいひとは温かい心と笑顔を演じながら攻略本を持たない人を嘲笑っているのだろうか。

 それとも苦しみながら、明日を無事に過ごす為攻略本を手放せていないのか。


 私には分からない。


 かしこいひとを愛し続ける位しか私には出来ない。

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