第7話偶然は必然

それから二人は時間をみつけては逢瀬をかさねた。ごはんを食べにいったり、映画を見に行ったり、カフェでアニメやコミック、アニソンの話をしたり。その時間は極上のものであり、なにものにもかえがたいものであった。

楽しい時間は快楽であり、薬物のような中毒性があった。

一時間でも、一分でも、一秒でも長く瑞樹といたい。そんな気持ちが彰の心を支配した。

瑞樹と会う時間が増えるということは比例して百合と会う時間がへるということだ。

それはわかりきったことであるが、彼はできるだけ考えないようにしていた。

彼の頭の中は瑞樹のことでいっぱいだったからだ。他のことを考えないようにしていた。精神のキャパシティが越えてしまうので、余計なことは考えられない。

しかし、そんなことはそう長く続くものではない。


それは偶然であるが必然であった。遅いか早いかの差であろう。


瑞樹と彰は二人でフィギアやアニメグッズを販売するショップをでたところで、同じく買い物帰りであろう百合とであってしまった。


まさに鉢合わせとはこのことだ。


百合は数秒ほど、なめ回すように瑞樹の体を爪先から頭のてっぺんまで見る。

ふくよかな胸の前で腕を組み合わせ、

「最近LINEもメールもないなって思ってたらこういうことだったのね」

といった。

ぐいっと瑞樹は彰の腕にしがみつく。

いつかはこういう日が来るだろうとおもっていたが、それ今日だとは思っていなかった。

じろりと百合は瑞樹の端正にして秀麗な顔を見て、にやりと猫顔にメフィストフェレスめいた笑みを浮かべた。

じっと百合は瑞樹の人一倍大きな瞳を見る。

「偽物の髪、まがい物の睫毛、嘘の性別。私ね、こういうのすぐわかるんだ。だてに生まれてからずっと女やってるわけじゃないんだから」

そう言うと百合は突如、瑞樹の長い髪をつかむと一気に引っ張った。ずるりと長髪ははがれ、床にゴミのように捨てられた。

「きゃっ」

という短い悲鳴をあげ、瑞樹は毛髪が一本も生えないつるりとした頭部をおさえた。

たまらずしゃがみこむ。

「わ、わ、わ、私の髪」

慌てふためき、床に落ちたウィッグを拾いあげ、頭に乗せなおすと、どこかに駆け出して行った。

瑞樹の後を追おうとする彰の前に、バスケットボールのガードのように百合は立ちはだかる。

「だめ、行っちゃだめ。ねえ、わかってる。あの人ね、男の人だよ。そんなの変だよ。

気持ち悪いし……普通じゃないよ……」

じっと百合は彰の瞳を涙目でみる。小さな手のひらで彼の手を挟むようにつかむ。

「今回だけは許してあげる。忘れてあげる。だから……行っちゃやだ……」

ポロポロと百合は誰でもわかるほどの大粒の涙をながした。


変だよ。

気持ち悪い。

許してあげる。

忘れてあげる。

言葉たちはトゲとなり心につきささり、ずきずきと鈍い傷みが生じていく。

なぜ痛まなくてはいけないのか。

それが情というものだろうか。


彰は百合の白いふっくらとした手を振りほどき、走り出した。

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