第2話隣に座るのは
早朝の電車。
乗車客はまばらだ。
ところどころ席があいている。
アキラは毎朝この時間の電車に乗っている。
通勤のためだ。本来の出勤時間からするともう少し遅い電車でもかわまないのだが、ゆっくりと座って音楽を聴いていたいので、彼はいつも早めに家を出ていた。
ひとりウォークマンから流れてくる音楽に耳をかたむけている。
彼が聞いているのは、セブンエンジェルズという女性声優ユニットのアルバムである。
うっすらと目を閉じ、彼女らのかわいらしい歌声を耳にいれていると、とある女性が電車に乗り込んできた。
彼女は迷うことなく、彼の隣に座った。
他にも席はあるのに、ぼんやりとそう思い、彼は何気なく隣の彼女を見た。
文字通り目が覚める思いをした。
なんというか、例えるならキラキラと輝いていた。まぶしいとすら感じた。それほどの美貌であった。顔のパーツ一つ一つがまるで宝石のようだ。
長い黒髪に前髪をカチューシャですべてとめていた。そのため白い額がすべて見えていた。
アーモンド型の瞳に形の良い眉。
顔色は驚くほど白い。
もしかすると北欧系の人種の血が混じっているのかも知れないと思わせた。
丸い襟の白いブラウスに赤いロングスカート。細い膝の上にはトートバッグが乗せられていた。
そして、嗅覚を刺激するのはオレンジかレモンのようなすっきりとした爽やかな香り。
昨日かいだあの香りに似ている。
トートバッグからある文庫本を取り出し、ゆっくりとページをめくっていく。
文庫本のタイトルは「無名な彼女は魔王の娘⁉️」だった。
表紙には鍋の蓋をもった少年とかわいらしい少女たち。最近流行りのライトノベルでアニメ化もされている。主題歌を歌うのはセブンエンジェルズ。メンバーの何人かはアニメの声優もつとめている。
そして、それはアキラが好きなライトノベルの一つであった。
三駅ほど電車は通過すると、パタンと本をとじ、背の高い彼女は降車していった。アキラはただ呆然とそのほっそりとした後ろ姿を見送った。
あの爽やかな香りだけを置いて。
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