第2話 『統治』 皇女ラキュア 前編

 海に囲まれた軍事国家――皇国。

 質実剛健を謳うその国には、一つだけ例外があった。


 それは皇族の住まう居城の一画、そのとある部屋。


 外観は質素ながらも、中は豪奢な家具と美しい刺繡の絨毯、著名な画家に描かせた肖像画などで飾られていた。


 その贅を尽くした部屋の中には、美しい少女と高齢の女性のふたりがいる。


 年のころは十代の後半か――その少女は姿見の前でくるりと回った。

 背中まで伸びた黄金の髪が揺れ、回転によりスカートが翻る。


 更に、二度、三度とステップを踏んでみせる。姿見に映った自分の顔をまじまじと見て、鼻筋の通った美しい顔で笑った。


「いいねぇこれ。これだよ。私が求めてたものは」

 

 はしゃいだ声に応えたのは、仕立てを任された高齢の女性だった。彼女は少女へ恭しく頭を下げる。

「お気に召していただき、なによりでございます」

「うむ、苦しゅうない」


 かっかと笑う少女は、この国の皇女ラキュア。


 病に伏せた兄に変わり、内政にかかわる若き才女として隣国にも名が通っている。

 その皇女が今おこなっているのは、自らが提案し設立に至った学舎、その開校式典にて披露する、制服の衣装合わせだ。


 纏うは白い薄手のブラウス。首元には赤の強い色のリボンがついている。その上に群青のジャケットが羽織られ、胸元には金糸で国家の意匠が縫われていた。


 たなびかせたスカートは、赤を基調とした格子柄だ。風を受けなくなった今、その丈が膝より上の短いものだとわかる。

 

 少女はスカートの裾をつまみ、少し思案した。

 

「うーん、そうだなあ。スカート、もう少し短くして。あと、どうせならヘソでも出してみるか」

 少女はそう言ってジャケットの前をあけると、ブラウスのボタンをはずしていく。白く、陶器のようになめらかな肌が姿見に映った。


「で、殿下、それは……」


 恐れを含んだ声で、女性が少女を止めようとする。少女はその言葉に表情を消し、彼女の方へ向いた。


「なに?」

 目が合った仕立て係は、すぐさま跪き胸に手を当てる。いまやその視線は、足元の絨毯から動かすことができない。


「恐れながら殿下、式典まであまり日にちもなく、今からの変更となると少々無理が……。殿下もお召しになるものであります。皇族として、その、あまり肌を露出されるというのも――」


 喉をならして言葉を絞り出す。


「すでに予算も超えております。不在である王陛下の許可を得ぬままというのも、いささか……」

 

 現在、この国の王は国際議会の為、不在である。星見の賢者がうけた預言に大陸連盟が混乱しているらしく、それを請けての出立であった。

 

 仕立て係の額に汗が浮かぶ。そもそも、当初は制服を導入する予定など無かったのだ。それを皇女が突然に提案。変更を何度も言い渡され、式典までの期間もあと数日に迫っている。


 必死の忠言を受けた少女はしかし、つまらなそうに嘆息した。

「意見するの? 面倒くさいなぁ」

「い、いえ、その」

 椅子に腰かけ、頭を掻く。

「だいたい王様――あ、違うわ、父上だ。父上もケチだよね。質素倹約なんてさぁ、こんなでっかい国の王様なんだから気にしすぎでしょ。そう思わない?」

「は、いえ……」

 皇女の大きなため息に応えられず、仕立て係は毛足の長い絨毯を見つめるばかりだった。


 皇女は変わった。仕立て係の彼女はそう思う。

(ご不在とはいえ、王陛下に対し何たる悪態……。城内の者、果ては城下の民までにも気をかけるような、聡明でお優しい殿下はどこにいってしまわれたの……)


「あと納期ってのは、間に合わないんじゃあないの。間に合わせるものなの。って聞いてる?」

「は、ははっ」

 咄嗟に顔をあげる給仕係。その様子に、皇女は睨みをきかせた。


「……ちょっとこっちきなさい、キミ」

 衣服を着崩したまま、指で仕立て係を呼んだ。

「え、いやあの」

「いいから、よく見て」

 少女に促されるままその瞳を見つめる。


 給仕係の恐れを抱いた顔から、だんだんと感情が消えていく――。



「……」


 瞳を爛々と輝かせた皇女は、その様を見て口の端を歪ませた。



「ん、じゃあスカート、明日までに直して。ヘソ出しは、まあいいや。おなか痛くなるかもしれないし」


「御意にございます」


 先ほどとは違い、ためらいなく答える仕立て係。

 その豹変を疑問に思うどころか、さも当然のように受け入れ、皇女は続ける。


「で! 提案なんだけど。もうちょっと胸元を強調する感じの、こういう感じのさ。わかるでしょ。こう袋みたいな感じの」


 そういいながら胸元のあたりを両手で宙に丸を描く。

 どういう意図なのか。しかしその抽象的な指摘に対し首をかしげることもなく、表情を無くした仕立て係は片膝をついたままで首を垂れた。


「仰せのままに」


 皇女は椅子に掛けたまま大きく足を開いて天井を仰ぐ。そして面白くもなさそうに、給仕係に手で退出を促した。


「まったく。どうしたらいいのかなんて、可愛い俺のこと考えればすぐわかるでしょ。使えない人間ばっかで困るわ」


 大きく欠伸をする。そして寝床に倒れるように転がると、尻をかいた。

 


 ――――――


(これは何なの……)


 そこにいたのは自分だった。


 自分――皇女ラキュアの姿をした、しかし何もかもが違う少女が、ベッドに転がりながら尻を掻いている。


 自分の姿をした、何かが喋っている。

 自分の姿をした、何かが動いている。


 そして今、自分の――皇女の姿をした何かを見つめる自分は、何者なのか。

 

(私は、何を見せられているの……?)


 自分の姿を見つめたまま、皇女は顔を覆う。

 その覆った指は、薄く、透き通っていた。


(私の身体を奪ったアレは一体何なの?)


 皇族にあるまじき立ち居振舞い。たとえ誰に見られずともあのような仕草はしてはならない。

 少なくとも自分はそうやって生きてきた。なのに――。

(私の身体が、あの男に奪われてしまった――)


 彼女――皇女ラキュアは、ある日、突然自身の身体を外から見つめることとなった。

 自身だった皇女の姿に添うようにうっすらと見えたのは――下品な顔を浮かばせた太った男の姿だった。

 

 今、皇女ラキュアは魂だけが外にある。そしてその肉体を、何故か見知らぬ男が支配していた。

 その男は、ラキュアの姿と立場で勝手をする。


 成金のように調度品を高価なものに入れ替え、側仕えを若い娘のみにし、民の血税を湯水のごとく使い始めた。


 そして、やっとの思いで開校までたどりついた学校、その制服を、下着の見えそうな――いや確実に見えてしまう丈のスカートに変更し、上着も胸を強調するようなものへと変えている。


(わけが、わからない……)


 頭を抱える。しかしそれは誰にも見られることはなかった。


「眠くなってきたな……」

 皇女の姿を奪った男が、のそ、と動き出す。大きく欠伸をし、手を叩いた。


「おーい、皇女様眠くなっちゃったから準備して!」

 しばらくして、部屋の中にぞろぞろと少女たちが並ばされた。彼女たちは扇情的な下着を身に着け、無表情に自らの主を見つめている。


「どーれーにしーよーうーかーなーっと」


 口ずさみ、ひとりひとりを指さして、夜伽の相手を物色し始める。

「んーやっぱりこの瞬間たまらんなぁ。誰も彼もが、かわいいかわいい俺の言いなりにできる。……最高だわ」


 複数の少女を選んで寝室へと歩き始めた。美しい顔を歪ませ、高らかに笑いながら。



(これが、これが私だなんて、そんなことあるはずがない……)


 下卑た笑いを浮かべながら感情を殺された少女、守るべき民の腰や尻を撫でる皇女。

 それらすべてを、自分自身の姿が行っていることの嫌悪に、ラキュアは心が裂けそうになる。



 助けを呼ぶため、彼の男を止めるために、何度も何度も声をあげた。

 しかしその声は、姿の見えぬ自分の声は、誰にも届かない


 以前の皇女とあまりにも違う振る舞いに対し、咎めようとしたものは何人かいた。

だがあの男と対峙した瞬間、妙な力によって支配されてしまう。



 今や、皇女の行動を不思議に思う者は誰もいなかった。


 誰にも知られない、孤独。

 そして何者かが自身を支配する恐怖、絶望。




(誰か、私を止めて……)

 悔しさに、孤独に、彼女は少しずつ押しつぶされていた。


 涙は流れない。嗚咽も誰にも届かない。

 毎夜虚空に響く、皇女の嘆き。


(誰か――!)


 それに耳を傾けるものは、この国に誰もいなかった。




 ――たった一人。ある男を除いて。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 べたつく風が、潮の香りと渡り鳥を運ぶ。

 その風に揺られた鳥は、猫のような声で鳴いて海面を覗いていた。


 大陸の南端、海に面した場所に位置する皇国。この大国は、いくつもの港を保有する軍事国家である。


 そしてその首都は、諸外国への玄関口――貿易都市としても広く認識されていた。


 数えきれない数の商船や客船、軍船が停泊している港。そこに隣接した市街に、彼はいた。


 その男の精悍な顔には、無数の傷がある。


 鎧のような肉体と、袖をまくりあらわになった鉄のような腕。そのどちらにも、顔と同様無尽に傷跡が走っていた。


 照り付ける太陽のせいなのか、生来そういう顔なのか。しかめ面のまま、往来を物色している。


 傷の男の足は、いくつもの店が並ぶ市場へと向かっていた。


 今朝水揚げされた海産物や運ばれたばかりの野菜や果物。市場は、威勢のいい声が無数に飛び交う賑やかさだ。


 傷の男は、野菜や果物が並んだある露店の前で足を止めた。

 

 複数の房からなる長細い黄色い果実を無造作に手に取る。

 大陸よりも南方、海を隔てた群島で手に入る果実――バナナだ。簡単に皮を剥くことができ、手軽に摂取できる面や栄養価の高さが売りだが、出回ることが少ないせいか単価も高い。


 傷の男は顎に手をあてしばらく思案すると、成熟した黄色いものを選んでいくつか束で購入した。


「豪勢だね、旦那。こっちもどうだい。甘くてみずみずしいってんでドラゴンさえも大好物。その名もドラゴンフルーツだ」

 丸い赤紫色の果実を店主は指さした。ところどころに鱗のように緑がかった皮がついている。


「一つもらおう」

「よしきた。おまけしとくぜ」


 二つの果実と、大量のバナナを革袋に詰めて背負う。

 気のいい店主に手をあげて別れを告げた。

 


 喧噪やまぬ露店通りを抜け、市場と同じく人通りが多い中央広場へと出た。


 広場の中心に大きな噴水がある。そこから流れる水路が枝分かれし、それぞれが幾本かの路地へと伸びていた。


 奥のほうに見える坂の上には、大きな鐘のついた塔。その足元にはレンガ造りの家屋がいくつも並ぶ。


 傷の男は石畳の坂を登り、大きな煙突のある店の前に立った。

 店の看板には大きく『魔道具工房』と書かれている。

 その両開きの扉を開いた。


「おお、きやがったな」


 傷の男を、野太い男の声が出迎えた。

 木でできたカウンター越しには、傷の男と同じくらいの大柄な男がいた。彼は白みがかったヒゲをたくわえた口を歪めて笑う。


「ああ。盛況だな」

 傷の男はがらんとした店内を見て、無表情に言い放った。


「けっ、おかげさんでな。そっちは……変わらず歩き回ってるみたいだな」


 言葉に傷の男は気を留めず、先ほどの革袋をカウンターに置いた。


「土産だ」

「なんだ気が利くじゃねえか。ってお前さっきそこで買っただろこれ」

 袋を覗き込んだ店主は嘆息する。


「土産っていや旅の道中で買うもんだろ。なんだって近所で済ませるかねこいつは」

「……いらんのならいい」

「いらねえとはいってねえだろ」


 取り返そうとした革袋を、店主は奪うようにとった。


 ふ、と傷の男は息をもらす。

「頼んでいたもの、見せてもらえるか?」


「ああ、いいぜ。工房に来てくれや。……おい! ちょっときてくれ、おい」

「おい、で呼ばないでよまったく」


 店の奥の方から年若い娘が文句がてらに顔を出した。

 年のころは十七、八くらいだろうか。快活そうな娘は、傷の男を見ると目を見開いた。


「あ、おじさん! 久しぶりだね!」

「……大きくなったな」

「ふふ、おじさんは相変わらず怖い顔だ」


 からかうような娘の言いぐさに、傷の男は眉一つ動かさない。見かねた店主が娘へと声をかけた。

「もういいからおめえ店番しとけ」

「何言ってんの。番するくらい人がきてから言ってよ」

「口ばっかり達者になりやがって」


 店主は娘と言いあいながらも、工房へと続く扉を開けた。

 

 ずらと並んだ器具と、金属のぶつかる音。前掛けをした職人が何人かが黙々と作業をしていた。


 その中を縫うように歩き、一つの作業台にたどり着く。

 さて、と前置き、店主が台の上に乗せたのは、片眼鏡だった。


「ちゃんとできているとは思うが」


 傷の男は片眼鏡を手に取る。

 鼻にかけるように金具がついてはいるが、演劇鑑賞に使うような洒落たものとは真逆の簡素なものだ。細工師が使うような拡大鏡(ルーペ)に近いように見える。


「お前の腕だ。信用している」


 そういう傷の男に対し、店主は得意げに鼻をすすった。

「しかし変わった注文だな。こんな貴重なもんを溶かせって言われたときにゃ耳を疑ったぜ」


 店主は作業台に小粒の石を転がした。

 その石は透き通った色をしており、工房の照明灯の光を透過している。

「よくこんなもん見つけてきたな。値が張っただろ」

「……まあな」


 この石は透過石という。

 かつて、真実の魂を映しだす鏡、『真実の眼』という古代伝わる魔道具の精製に使われたという。

 こぶし大一つで何軒も家が買える程の値がつく、貴重な宝石だ。

 


「こんなもん作って何すんだ? 幽霊騒ぎと関係あんのか?」

「幽霊?」

「おめえみてぇに転々としてるんじゃ知らねえか」

 店主は腕を組んで話し出した。傷の男は片眼鏡を左目に掛け、店主を見る。


「最近……つっても半年くらいか。噂があってなぁ」

 傷の男の左右の目のどちらにも、変わらずそのままの店主の姿が映っていた。

「王室でな、夜な夜な鳴き声が聞こえてくるんだとよ」

「そうか」

 手に取った片眼鏡をまじまじと見つめ、店主に生返事を返す。


「なんだよ。全然興味ねえのな。いま幽霊退治の商品売れ筋なんだぜ」

 店主は作業台に長剣を乗せた。研がれた刃に反射した光が、傷の男の目を射抜く。


「うちでもいくつか作ってんだけどよ。この、銀で作った剣とかよ」

「銀など柔らかくて使い物にならんだろう」

「そこはお前、コレだよコレ」

 店主は口元で手のひらを開け閉めする。言いくるめるのも商売のうち、と言わんばかりだ。


「あとはそうだな――」

「ねね、おじさん! どうこれ。かわいいでしょ!」

 店番をしていたはずの娘が、腕を組んだ店主を押しのけた。


 その手には、鍋掴みのような形の大きな手袋が付けられている。

 それには、もこもことした毛皮が手首側を覆うように縫い付けられていた。


「かわいいかどうか関係ねぇだろよ」

「そういう考えだからおじさんなんだよ」

「そういうもんかぁ?」

 娘は目を輝かせ、傷の男に手袋を押し付けた。

「おじさん、これどう? 聖水に浸した銀糸でできてるから幽体もつかめちゃう。鍋掴みにも使えるし。安くしとくよ~」


「……立派な商売人だな」

 娘の勢いに負けたのか、傷の男は娘にいくつかの硬貨を渡す。

「まいどあり~。あ、そうだお父さん。もうすぐ皇女様が」


「おお、もうそんな時間か。いいぜ、行ってきな。どうせ式典中は誰もこねえだろう」

 娘は、やった、と両手をあげると、傷の男の腕をつかんだ。

「ね、おじさんも一緒に見に行こうよ。うちからなら見れるからさ」

「あ、ああ」


「おい、あんまりはしゃぐなよ。たくいつまでたってもガキなんだからよ」

 すまねえな、と頭を下げる店主に、傷の男は無言で頷いた。

 そして腕を引く娘に促されるまま、二階へと向かう。



「式典というのは?」

「それはね、ほらあそこ。見て見て」

 

 出窓をあけた娘が、白い建物を指さした。

 

 それはこの店にたどり着く前に見えた、大きな鐘のついた建物だった。

「あれ、学校なんだって。みんなのために皇女様が建てたの。まだ開校してないんだけどね、いつか私も通うんだ~」

 傷の男が以前立ち寄った時にはなかったものだ。純白の建物は、昼の太陽を受けてより一層輝いて見えた。


「今日はその開校記念の式典が広場であるの。皇女様が見れるのよ!」

 娘は身振り手振りで話す。

「皇女様ってね、すごい綺麗で、可愛くって。私とそんなに年かわらないのに。すごいなぁ……」


(聡明な女性なのだろう。国民に人気があるのも得心がいく)


 広場にはすでに人だかりができていた。貿易都市の名の通り様々な人種が眼に映る。

「ねぇおじさんって、お父さんのお友達なんだよね」

「まあ、そんなところだ」


「でも商売やってるようにはみえないなぁ。傷だらけだし、顔も怖いし」

「……」

「ねね、何やってる人なの? 冒険者? それとも賞金稼ぎさん?」

「……まあ、そんなところだ」


 傷の男のあいまいな返答に、ふうん、とだけ答えた娘は人だかりを眺め始めた。

 

 傷の男は語らない。

 自身が何をしているのかを。

 この世界の人々にとって関係のない事だと、彼は考えていたから。


 並ぶ市街を見つめる。広場に流れる水路や、多くの人々。

 この国の活気が伝わってくる。


 手に入れた片眼鏡をかけ、娘に倣うように人の波を見る。

 

 レンズ越しにみる人々は先ほど見た店主の姿のように、両の目に変わりなく映っていた。

 異界人であれば、映る姿が別のモノとして左の目で見えるはずなのだが――。


(そうそう見つかるものではないか)

 傷の男はため息を漏らす。

 それは安堵の息だったのだろうか。


「あ! おじさん! 見て見て! 皇女様!」

 少女の示す方向――式典会場となる広場その中央、人だかりを中心とした円に人影があった。

「やっぱりキレイ……」

「……」

 そこには金の髪を風に流し、煌びやかなドレスを纏った少女が立っている。人々の歓声に応じて手をあげる彼女が、この国の皇女なのだろう。

 


 だが――。


 傷の男の目には、その姿がぼやけて見えていた。

 彼の見るその姿は、右目と左目で違って見えていた。


 男は、そっと右の目を閉じる。


 男の片眼鏡をかけた左目には、皇女の姿は……映っていない。

 そこには――。


 ――腹のでっぷりと出た、中年男が映っていた。



「おじさん、頭いたいの? 二日酔い?」

「まあ、そんなところだ……」



 頭を抱えてしまった傷の男に、娘が心配そうに声をかけていた。

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