第32話 人生で一番きれいな夢

 白石は美貌の後輩の困惑ぶりを見て、また笑った。


「俺の見たいと思っているものが、思いつかないか」

「ええ。おれは想像力が欠けている方なんですよ。なぞなぞはやめて、すぐに答えを教えてください、先輩」


 白石はにやっと笑った。


「お前が、コルヌイエの“てっぺん”に立つところだよ」

「てっぺん? 屋上ですか」


 白石はとうとう、声を上げて笑い始めた。


「悪い、お前に想像力がないのを忘れていたよ」

「どうせおれは堅物かたぶつで、想像力のない男ですよ。わかりやすく言ってください」


 白石は井上清春に笑いかけた。


「いいか。俺はお前がこのコルヌイエホテルのオーナーになるところが見たいんだ。お前がここを、井上清春の理想のホテルにするところがみたい。

 その時はお前が俺を存分ぞんぶんに使え。未来のお前に使い倒されてもいいように、俺は俺自身を鍛えているんだ」


 井上清春の切れ長の美しい目が、いっぱいまで見開かれた。


「……せんぱい」

「俺は本気だぞ。本気で“井上清春”っていう男に惚れこんでいるんだ。いつかお前の下について働きたい。

 井上清春がこれまでにないようなホテルを作り上げるときに、おれは一緒にいたいんだよ」


 にやりと白石が笑うと、井上清春の端正な顔にすうっと血の気がのぼってきた。

 いついかなる時でも冷静かつ怜悧な仮面をはずしたことのない男が、端正な顔に驚きと誇りをみなぎらせるところを、白石は初めて見た。


 男のプライドと充足感がきらめく艶となって井上清春の美麗な顔を輝かせている。

 やがて、井上が世にも美しい微笑とともに言った。


「まいったな、先輩。これほど熱烈な告白は、後にも先にも受けたことがありませんよ」

「そうか」

「おれ、同性から嫌われるタイプですから。そんな風に言われたのは初めてです」

「本気だぜ」


 白石はそう言って、グッと井上の肩に乗せた手に力を込めた。


「俺は、俺の人生で一番きれいな夢をお前に賭けている。だから引き抜きだなんてバカなことは、もう考えるな」

「よかった……え、じゃあ、先輩が夜も眠れないほど悩んでいることって何なんですか」


 あらためて、井上はそれが気になったようだ。追求しようと口を開きかけたところを、デスクで鳴り始めた内線電話に邪魔をされた。


「くそ、仕事だ。先輩、今日はもう問い詰めませんが、いつかちゃんと話してもらいますよ」

「わかったよ」

「おれだって本気です。先輩のことは佐江も心配していて……あいつがおれ以外に気にかけている男は、先輩だけなんだ。他のやつなら半殺しにするところです」

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