第23話 あんたの腰骨には、色気がある

 白石はわけもなく怒ったような口調で、山中の巨体に言い返した。


「井上だって相手が岡本さんだから11年も恋ができたんだ。他の女じゃ、むりだったかもしれない」

「ああ。岡本も背筋がぴんしゃんした女だ。似合いの夫婦っていうのはああいうのを言うんだ

「まだ結婚していないよ」


「時間の問題だろ。それに籍を入れるとか正式に結婚するとか、そういうことじゃない。愛情の問題なんだ」

「あんたから、“愛情”って言葉を聞こうとはな」

「おれにも、多少の恋愛生活はあるってこった」

「多少ね」


 白石は苦わらいをした。


「さて、あんたの“がめ煮”には鶏モモ肉は入っているんだろうな」

「入っているよ、それが正統派なんだろう」

「そうだ。それもその男が言っていた?」

「ああ、味にうるせえ男でな。だがセックスは極上だった。食い逃げしねえ男だったしな」

「俺は食い逃げするよ、いいのか」


 だから、といって山中はもう一度笑った。


「あんたに提供するのは、めしと風呂だけだ。ノーオプション。それでいいんだろ」


 ああ、と白石はうなずいた。


「ノーオプション。清らかな関係。短期間の相互扶助関係だ」


 山中が笑う。


「俺が一方的に、あんたに喰わせて風呂の世話までするんだ。相互扶助じゃねえだろ」


 いや、と白石は首を振った。


「おれは、あんたんところで服を買おう。それでギブ&テイクだろう」


 山中は足を止め、じっと白石の全身を上から下までじっと見た。

 その視線はそれまでのおどけたものでなく、プロとして対象物を見る冷静かつ正確無比な視線だった。

 白石はかすかな寒気を覚えた。

 自分が“物品”として見られていることに、初めて恐怖を覚えたのだ。


「悪くねえな」


 ぼそっと山中がつぶやいた。


「きのう、服を脱がせたときも思ったんだ。あんたの腰骨こしぼねには、色気がある」

「腰骨?」


 そうだといって、山中はじっと白石の腰に目を当てた。

 ずくん、と思わず白石が勃起しそうになるほど、熱のある視線だった。

 それまでの、遊びの色恋にもちこもうとするときとは全く別の熱を帯びた視線。

 それは山中という男を構成している基盤は仕事であり、本人が見せかけようとしている軽い色恋の駆け引きだけではないということを、はからずも露呈していた。


「あんた、おれのSNSのモデルをつとめてくれねえか」

「モデル?SNSってあれか、フェイスページとかインスタとか」

「そうだ」


 山中は短く言って、歩くスピードを上げた。


「おれは個人的にSNSをやっていてな。コーディネートの画像をアップしているんだ。ドリー・Dのアイテムを他のブランドのものと合わせたり、ドリーだけで意外な組み合わせを作ったりしてる。

 それがまあ、けっこうな数のフォロワーがついていて、うちの店の売り上げをアップさせる効果があるんだ」


 ところがなあ、と山中は駅で白石のために切符を買ってやりながらつづけた。


「いい具合のモデルがいねえんだ。今のところ、うちの店の若い奴に着せているんだが、最近の若い男は骨が細すぎてな。服のボリュームに負けちまう。

 といって、俺が着るにはサイズのねえアイテムが多すぎる」

「ドリー・Dは海外ブランドなんだろう?それでもサイズがないのか」

身丈みたけはどうにかなるんだがな、幅が入らねえ。ドリーは細身の男が好きなんだよ。井上みたいなスタイルだ」


 山中はちらっと白石を見た。


「あんたも同じタイプだ。なあ、ホテルマンには太ったやつはいねえのか」

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