第19話 「女がらみ、ですか」

 白石糺は、老舗コルヌイエホテルのバックルームで、後輩のホテルマン・井上清春をからかうように言った。


「たしかに、お前のカノジョさんは男の仕事に余計な口を挟まないひとだろう。男ってものを、よく知っているからな。

 だが、俺のケガのせいでお前をコルヌイエに2週間も縛り付けておくのは申しわけないんだ。お前だってあの人を2週間も一人にしておきたくないだろう?」


 白石の言葉を聞いて、井上が形のいい唇をわずかに開き、ため息をついた。


「ああ、それはこまる」


 それを聞いて、白石の背筋がゾクリとする。

 世の中には、どうしてこれほど美しい男がいるのか。

 そして、なぜよりによって、これほど美しい男が白石の後輩になっているのか。

 天の配剤を恨みたい気持ちで、白石はぐっと天井をにらんだ。井上は、そんな先輩の姿をシルバーフレームの眼鏡の奥からじっと見た。


「先輩。それにしても、どうして転んで手首をひねったりしたんです? いつもは、あんなに落ち着いているのに」

「俺だって、転ぶことくらいある」


 ふうん、と言って、井上清春は書類にペンを走らせた。そして白石の方を見もせずに、


「女がらみ、ですか」

「バカ、ちがうよ」

「ほらね、そんな風にあわてるところがいつもと違う。先輩、水くさいじゃないですか。おれにくらい、本当のことを言ってくれてもいいでしょう。峰にも、堤さんにも言いませんよ?」


「ほんとうに自分で転んだんだ。そういえば井上、お前はこのあいだ岡本さんと一緒に来たひとを知っているんだな」


「佐江といっしょにきたひと? ああ、あの小柄な可愛らしい女の子ですか。ええ、安西さんは佐江の部下ですよ。

 いい子ですけど、先輩の相手としてはちょっと若すぎませんか。確かまだ30になったかならないか、ですよ。先輩が気になるなら紹介しますが」


 ぺらっと書き上げた書類を渡しつつ、井上清春はさりげなく白石の表情を探ってきた。白石は苦笑して、


「そっちじゃない。もう一人、大きな男がいただろう」

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