第17話 理屈が先
白石は、朝の路上で必死になって呼吸を整えた。意識して息を吸い、吐かないと、呼吸が続いて行かない。
しかし、それはぜったいにこの男に知られたくないことだった。
白石は目の前の男を見上げていった。
「もったいないとは思わないな。世の中には一定数の男がいて、その中には一定数のゲイがいる。おれがあんたみたいな男を相手にしなきゃいけない理由は、どこにもない」
ふん、と男はうなって、それから白石の前を歩き始めた。
「あんたは理屈がカラダより先にないと、一歩も進めないタイプだな」
「そっちは、カラダが先に走っていくタイプだろう」
「そうだよ。そのほうが間違いないからな」
「理性とか知性とか、いらないのか?」
「そんなもの、後からついてくればいい。いや、俺の場合は後からでもいらないな。目の前に男がいて、寝てみて、良ければ付き合う。それで充分じゃないのか」
ふう、と白石は息を吐いた。痛みがだんだん強くなってきている。男が振り返って、白石に言った。
「とにかく病院へ行けよ。それが済めばあとは理性でも知性でも、あんたの大事なものと好きなだけ話し合えばいい。だがその手首は、医者じゃないと、どうにもならないぜ」
★★★
「というわけで、全治二週間の捻挫なんだ。すまない」
職場のコルヌイエホテルで、白石はギプスされた左手首を見せて、後輩のアシスタントマネージャー3人に謝罪した。
「はあ、痛いでしょう、白石さん」
一番若いアシマネの峰が、何を言っていいのかわからないという顔で、つぶやいた。白石は簡単にうなずき
「痛みはそれほどでもない。ただ、これじゃあゲストに緊急事態が起きたときにとっさに動くことができない。それでな」
と、白石は目の前の3人を見た。
コルヌイエホテルのメイン棟・宿泊部には、白石を含めて四人のアシスタントマネージャーがいる。一番若いのはさっきしゃべった峰で、峰の隣にいるのは、峰より1年さきにアシマネになった堤
井上はまだ何も言わなかったが、頭の回転の速い堤は長い髪をアップにまとめた小さな頭をかしげて言った
「じゃあ、しばらく白石さんは夜勤をされないほうがいいですね。そうでしょう?」
「ああ、申しわけないが二週間だけ夜勤からはずしてくれ。その代わり日勤は、
たのむ井上、と白石は何も言わない井上清春に目をやった。美麗な男は美麗な姿のまま、にやりとわらってうなずいた。
「了解です。今日のうちに今後二週間のシフトを組み直しましょう。おれはちょうど一週間の夜勤ターンが始まったところですから、このまま来週も続けて夜勤に入りますよ」
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