第12話 惚れた相手を持つ幸せ
へえ、と山中は巨体を揺らして白石の顔をのぞき込んだ。
「ここで飲んだ?“ユリ”でか?そりゃまた、めずらしい3人が、めずらしい場所で飲んだもんだ」
山中は白石から焼酎のボトルを取り返し、残量を確認してからどっとグラスにあけた。
白石はほとんどカラになったボトルを山中の肉の厚い手から奪い返す。
「岡本さんが仕事のせいで、井上とのデートをドタキャンしたことがあったんだ。それで俺と井上の2人で飲んでいた。あいつ、ちょっとイライラしていた時期だったから、あっという間に飲みすぎてつぶれたよ」
「へえ珍しいな。あいつの酒量はハンパじゃないだろ。ザルだぜ、うわばみだ」
「立て続けに焼酎を生のまま四杯いったからな。それでつぶれた井上を迎えに、岡本さんが来たんだ」
ははあ、と山中はもう何も食べるものがなくなり、仕方がないので卓上の塩を手のひらに振って舐め始めた。
ぺろっと、大きなピンク色の舌が手のひらの上の塩を舐める。
それから口の中に酒を放り込むように入れる。
塩を舐める。
酒を飲む。
そのリズミカルな動きを見るうちに、白石の身体に酒の酔いと区別のつきにくい欲情が生まれてくる。
白石は、男の律動が好きだ。
そして前も後ろもコリリと固い、男の身体が好きなのだ。
「あいつ、さ」
と白石は隣に座る山中の動きを食い入るように、見つめながら言った。
「あんなに飲んだくれて、あっというまにつぶれたくせに、岡本さんが来て肩をゆすった瞬間に目を覚ました。目を覚まして、笑ったんだ」
ああ、と山中は動きを止めて白石を見た。
「そうか、ああいう男が笑うと世界が輝くな」
「うん。すごかったよ。井上の身体中から、光がふきだしたみたいだった。惚れた相手を持つ幸せというのを、俺は生まれて初めて目のあたりにしたよ。
俺もね、井上と知り合ってもう十五年ほどになる。若い頃もそら恐ろしいほどきれいな男だったが、岡本さんと付き合い始めた今のほうが百倍きれいだ」
「あいつには、色気がある」
山中はカウンターの上の放り出したままだったおしぼりで、ていねいに指をぬぐった。爪の先を清め、太い指をぬぐって指の間を丁寧にこすった。
その動きは、白石に直截的にセックスをイメージさせた。
今、自分の指をきれいにしているように、山中はていねいに男を抱くのだろう。
山中は自分の大きな手をぬぐいながらつづけた。
「井上は、ただ立っているだけでオンナが勝手に服を脱ぎ始めるような男だ。だがあいつはそんな女たちが欲しいわけじゃない。欲しいわけじゃないが、相手が服を脱げば礼儀として女を抱く。身体が、そういうふうになっているんだろう」
条件反射みたいなもんだよ、と山中は続けた。
「井上が礼儀として抱いたことがないのは、岡本だけかもしれん。岡本は、井上にとってはぜったいに手を出しちゃいけなかったのに、我慢しきれなかった女だ」
「岡本さんにはそれだけの価値がある。自分というものをきちんと持っている女性だよ。おれ、さ」
「うん?」
「岡本さんに頼まれたんだ。井上には、ぜったいに手を出してくれるなって」
はは、と山中は大きな声で笑った。
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