2「寝たかもしれない」
第10話 どんな男も、俺が本気になったら一度はオチる
小料理屋“ユリ”のカウンターに座り、焼酎のグラスをまるで水のようにぐいぐい飲みながら、
「コルヌイエホテルに行けば、あんたに会えることはわかっていたんだ」
のんびりと酒を飲む山中とは対照的に、白石は憮然とした顔つきで、やはり焼酎を飲んでいる。
わずかにシソの香りがする焼酎は、白石の好物だ。いつもこの“ユリ”にボトルキープしてある。
白石があまりにも黙っているので、山中は巨体を軽く揺らして白石の顔をのぞきこんだ。
「なあ、なんか言えよ。俺がよっぽど悪いことをしたみたいじゃないか」
「いいことでも、ないだろう」
「怒ってんのか」
「あきれているんだよ。ほぼ初対面の相手に、しかも職場であんなことをするとは、まともじゃない」
白石がそういうのを、山中は止めた。
「ちょっと待て。あんたが腹を立てているのは、初対面の男にキスされたからか、それとも職場でやられたからか。どっちだ」
「両方に決まっている!あと、声を押さえてくれよ。今日は平日で“ユリ”はゲイナイトじゃない。ただの小料理屋だ。ノンケの客もいるんだ」
はあ、と山中はつぶやいた。
「カミングアウトしてねえやつは、めんどくせえな」
「みんながみんな、あんたみたいに堂々と生きているゲイだと思うなよ」
「べつに、知られて困ることじゃない」
あんたはね、と白石は山中がとくとくと自分のグラスに焼酎をつぐのを見て、ボトルを取りかえした。
「あんたは平気かも知れないが、俺は職場に知られると困るんだ。ああいうのは絶対にやめてくれ」
「わかったよ、もうしねえし。それにあんたのガードが固くなっちまったから、二度とキスはできねえみたいだしな」
山中はにやっと笑った。
「あの時はさ、あんたがこぎれいなツラをしてこっちを見上げるもんだから。角度が良すぎて見逃すわけにはいかなかったんだ」
「じゃあ、普段からああいうタイミングの時にはキスをしているのか」
「まあ、だいたいそうだ」
「相手がゲイじゃなかったら、どうするんだ」
「べつに問題にならない。どんな男も、俺が本気になったら一度はオチるからな」
白石はうんざりしたように男を見た。
こういう男は山ほど知っている。何も考えずに野放図に生きているにもかかわらず、いつの間にか、その場の“王様”になっている男だ。
自分とはまったくタイプが違う、と白石は取り返した焼酎のボトルから自分のグラスに酒をつぎ足しながら思った。
それからふと目の前の男をじっと見直して
「あんた、岡本佐江さんの上司なのか」
と尋ねた。
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