第6話 ゲストのプライバシーには踏み込むな
まだ若いスタッフの西川安奈は、バックルームに入ってくると背後のレセプションカウンターに目をやり、白石にゲストが書き終えた書類を差し出した。
「こちらのお客様はどの部屋にご案内しますか」
「カテゴリのご希望をお聞きしたか?」
「はい、どこでもいいいとおっしゃっていました。あと、お支払いは先になさりたいと。クレジットカードをお預かりしました」
西川はプラスチックのカードを差し出した。
白石はそれをちらりと見て、うん、とうなずいた。そして目の前のパソコン画面をしめし、
「8階のクオリティセミダブルにご案内しろ。822のお部屋だ。あと、デポジットはお預かりしてもいいかどうか、確認してからカードを通せよ」
はいと答えて、西川はカウンターに戻りかける。その小柄な姿に白石は声をかけた。
「客室へのご案内は、ベルの間宮に頼め。こんな時間だし男性ゲストおひとりだしな」
「ええ? 大丈夫ですよ、あたし」
と、まだ20代半ばの西川は、怖いものなしという顔を向けた。白石はそののんきな様子にため息をつき、
「お前のためじゃない、ゲストのためだよ。万が一でも、そういう疑いをかけられるような状況にゲストを置くんじゃない。……とはいえ、その心配はない相手だがな……」
「ええ? 何ですかあ?」
西川が振り返りかけるのを白石は押しとどめ、早くカウンターへ行くように命じた。
「ゲストをお待たせするな。ああ、ベルにはバゲッジはないと伝えろよ」
「はあ。白石さんがいきなり客室フロアから連れてきて、しかもノーバゲッジなんて。いったいどういう方ですか?」
「さあな。ゲストのプライバシーには踏み込まないのがホテルマンの鉄則だ。早くルームへご案内しろ」
西川がカウンターに入ってしまうと、ふう、と白石はため息をついた。
ゲストのプライバシーには踏み込むな?
じゃあ、ゲストはホテルマンのプライバシーに踏み込んでもいいのか。
白石の唇の上にはまだ、あの巨きな男の体温が乗っている。
温かく、柔らかく。
白石の欲情を煽るがごとく。
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