第2話 筋金入りのゲイ
白石糺は、表情がすぐに顔に出てしまう後輩に向かい、老舗ホテルのメインロビーを預かるホテルマンらしくおだやかに笑った。
「当然だろう。井上だって若く見えるがもう31だ。真剣に結婚を考えてもおかしくない」
はああ、とまだ30にもならない峰は大きなため息をついた。
「
「それだけの価値がある女性だよ」
「あれっ、白石さんはやけにくわしいですね。俺なんて、井上さんとカノジョさんがコルヌイエに泊った翌朝にチラッと見たきりなのに」
「……あのとき、おまえ出勤でもないのにわざわざ来たんだな?」
そりゃそうです、と峰はその必要もないのに胸を張った。
「だって、井上さんがカノジョさんとステイしているってわかった瞬間から、コルヌイエのグループラインがお祭り騒ぎだったじゃないですか。
”井上アシマネ、超美人のカノジョとコルヌイエでラブラブ・ステイ”って」
「ばか、そこは井上のプライバシーを尊重しろ」
白石は部下をたしなめてみたが、あの時の騒ぎを思い出すと笑いが込み上げてくる。
なんとか笑いを押し殺し、白石は峰に言った。
「そうだ、物品の発注と空きルーム数の確認をしてくれ。空きルームはメイン棟だけじゃなくて、ガーデン棟とタワー棟もあたって、総数を出しておけよ。俺はバックルームで書類仕事を片付けてくる」
「了解です……と、こういうことも、井上さんなら言われる前にやっていますね?」
峰が申し訳なさそうに言う。白石は温和な表情のまま、
「井上なら、俺が指示を出す前にもう仕事が終わっているよ。あいつは気働きができすぎて、仕事が早すぎるんだ。あれほどのことはできなくてもいいが、見習う気概くらいは持っていてくれ、峰」
そのまま白石はふんわりとした足取りで、レセプションカウンター裏にある狭いバックルームに入っていった。
小さなデスクに座り、パソコンの電源を入れて動き始めるまでの間に白石はゆっくりと丸みを帯びている顎を撫でた。
あの朝。
美貌の後輩・井上清春は、恋人である岡本佐江とともにコルヌイエホテルをチェックアウトするとき、白石に向かってこういったのだ。
『先輩、あれはおれの女ですから、手を出さないでくださいね』
井上が早朝のホテルロビーでにやりと笑うと、そのつややかさと色っぽさであたりが輝いた。
あれほど美しい男を、白石はこれまでに見たことがない。白石の脳天を割りふるわせるほどの美しさだった。
白石はつぶやく。
「今さら俺が、女性に手なんか出すかよ、バカ」
白石糺は、カミングアウトこそしていないが、女性を愛することなど一瞬も考えたことがない筋金入りのゲイである。
★★★
深夜2時。
白石糺は、静かに巨大なコルヌイエホテルの客室フロアを歩いていた。夜間の見回りだ。
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