幕間2 解体魔の回想

解体魔の回想


『未来が視えるというのは、どういうことなのでしょうねえ』


 ほのぼのとした声音で、そのジジイは宣った。


 ホント、マジで腹立つほどに楽しげに──。


 優雅に座椅子に背を預け、優雅に手にしたカップを、これまた優雅に口に運びながらの余裕振り。


『普通に考えて、今、この時から続く先の光景が視えるということなのでしょうね。それとも、先の事象を知るのでしょうか?』


 それこそ〝知るかよ!〟ってこった。

 睨み返すオレに、ジジイは意も返さず能書きを吐き続ける。


『何にせよ、問題は能動的な接触による推移と変異です。すなわち、過去に手を加えることで現在が、現在に手を加えることで未来が、果たして変動するのか否か──』


 例えば、ほら、あの有名な青い猫型ロボットの物語ですよ──と、ジジイは小首をかしげる。


『主人公の未来を変えるために、未来の子孫から送られてきたロボット。その活躍により、主人公の未来はより良い形に変わっていくわけです。しかし、例えばあの物語の冒頭にて未来予知が行われた場合、最初に見えるのはどんな未来なのでしょう? 主人公が落ちぶれた未来? それとも、子孫がロボットを過去に送り出す未来? あるいは、ロボットの来訪によって改善された未来なのでしょうか?』


 だから知らねえよ。そんなのどうでもいい。

 どうでもいいんだけど……けど、そう言われると、少し気にはなった。


 これから起きる未来を視る、あるいは知るのが未来予知。

 しかし、未来から過去に遡っての干渉が行われたならば、その時の流れや繋がりはどうなってしまうのか?

 ジジイの言う通り、あの物語では、既にして未来と呼ばれる流れが最低でも三通りになっている。


 ロボットが送られて未来が変わったのだから──。

 予知する未来は改善された未来? だが、ロボットが過去に送られる未来に繋がらないのなら、改善も起きないことになるんじゃねえか?


 これが俗に言う〝タイムパラドックス〟ってヤツなのは知っているし、そもそも科学的には時間は不可逆──つまり時は加速したり停滞したりはしても、巻き戻ることは絶対に無いらしい。

 それ以前に、猫型ロボの物語自体がフィクションなんだし、考察の意味はないのかもしれねえけど。


『時の流れを〝道〟と想定して考えれば……予知によって視える未来の流れは、まず主人公が落ちぶれる過程をたどり……子孫がロボットを過去に送り出すところで過去──すなわち現在にシフトするという見方がありますね。

 仮に、子孫がロボットを送り出すのが二十年後としましょう。

 すると、二十年後まで予知が流れたところで、そこから二十一年後に続くのではなく、ロボットが来た現在に繋がる。そして、ロボットの存在する二十年を経て、改善された未来に至る。予知は四十年分を読み取っていますが、時間経過としては二十年を二回繰り返しているわけで、歴史換算では二十年しか経ていない』


 しかし──と、ジジイは口の端を下げた。


『もし、ロボットが来てから未来を予知したらどうなるのでしょう? 当然ながら、その時点からのたどれる先に落ちぶれた未来はありません。なぜなら、時間軸としてはだからです。となると、オカシイことが起きる。ロボットが送られる前の二十年間という時間はどこに消えたのでしょうか?

 予知したはずの事象が刻まれることなく消失する。その二十年間を誰も認識していないのに、なぜ、ロボットは現れ得たのでしょうか?』


 過去の改竄は、過去の時間を書き換えるのではなく、消滅させるということになるのか? 消え去った──起きなかった事象による事柄は、果たして改竄後も事象として成立し得るのか?


 考えるほどに頭が痛くなる話だ。


『やはり、時を〝道〟であり〝流れ〟として捉えるならば、多様性と並列性を想定せずには矛盾が増え過ぎますね。まずは最初の時間軸が在る。そして、未来でロボットを過去に送ったなら、その時点で時間軸は二本に枝分かれすると考えねば成り立たない』


 すなわち──。


 片方の時間軸は、落ちぶれた主人公の子孫が、ロボットを過去に送る未来という本来の時間軸。


 もう片方は、未来からロボットが送られてきて、主人公の行く末が改竄されていく時間軸。


 二本の時間軸は互いに途絶えることなく、並列に存続していく。


 つまり、ロボットを過去に送っても、ロボットが存在した新たな並列世界が生まれるだけで、送った世界には何も影響がない。ロボットを過去に送ったという事象がその世界で形為すのは、そこから先にロボットがいないという事実のみ。


 なら、例えタイムマシンがあったとしても、過去は改竄できないということなのだろう。別の可能性から生まれる別の世界がパラレル的に増えていくだけだ。

 もっとも、自分自身がタイムマシンで時を超えるのなら、主観として過去を改竄し曲げることもできるのかもしれない。

 まあ、それも厳密には異世界転移であって、歴史の改竄ではないわけだが──。


『……ふと、思ったのですが。もしも未来からロボットがきた時点で過去を読み取ったなら、何が視えるのでしょうね? そこから先に伸びるのは間違いなく未来。ですが、後ろに繋がっているのは…………何にせよ、時という概念は興味深いものです。思うに時間というのは、人の意識が生み出した概念の中で、最も神秘に肉薄しているように感じるのですよ』


 ──ねえ、どうですか? 貴方もそうは感じませんか?


 こちらを斜に眺めてわらうジジイ。


 うるせえ、知ったことか、いいからこの枷を外しやがれ……!


 両腕を戒める鉄枷を力任せに鉄格子にぶつけながら、オレは叫んだ。

 そんなオレの姿に、ジジイはさも楽しげに嗤う。


『人の可能性。それは意思の先、精神を磨き上げ研ぎ澄ました先にあると思うのです。そして、精神は器である肉体の影響を強く受ける。肉体の危機、生命の極限、そのきわきわみにて、人の精神は良くも悪くも強い変異をもたらすのです。だから──』


 私は期待しているのですよ──。

 貴方のその意思に、その精神が持つ可能性に──。


 ジジイが嬉しそうに笑みをほころばせた。


 冗談じゃねえんだよイカレ野郎。


 可能性だ? 神秘だ? そんな妄想のために、何でオレがこんなところに閉じ込められなきゃならねえんだ!?


 冗談じゃねえ、冗談じゃねえんだ。オレはオレだ。オレは、オレが思うように生きる! そのために自由になって見せる!


 だからオレは、自由を奪うものを……理不尽な拘束を赦さない!


 叫声を張り上げ、睨みつける。

 オレの敵を、オレから自由を奪うものを、絶対に赦さないと糾弾する。


 紅い瞳をしたジジイは、心の底から愉快そうに──。


『ならば、その異能を研ぎ澄ましなさい。人の精神は、その深奥は、魂無き戒めになど屈するものではないと示しなさい──』


 貴方には、世界を呪縛する忌まわしき鎖が視えているはずだ──。


 ジジイはどこまでも楽しげに、したり顔で嗤い続けていた。


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