魔法使いの選択(4)


 強盗未遂犯の生き残りだという男性は、逮捕時、精神的ショックが大きく錯乱状態にあったため、警察病院にて身柄を拘束されている。

 今はどうにか落ち着いているとのことで、羽間里らが事情聴取を行うのを夏輝たちが隣室から窺うという形になった。


 薄暗い中、マジックミラーで仕切られた壁面。

 おなじみのそれを指先で撫でた黎斗が、ニヤリと茶化す。


「これ、いきなり電気ついて向こうにモロバレってのが、古いコメディであるよな」

「無知ですね。ここのは電子制御されてます。明るくなった時点で透過機能自体が遮断されますので、そんなマヌケ事案なんてあり得ません」


 相変わらずビーフジャーキーをくわえたまま、得意げに解体魔を見くだす紫。

 傍らの夏輝が「そうなのですか?」と、照明のスイッチを入れた。


「「ぎにゃぁぁーッ!」」


 突然の点灯に悲鳴をハモらせつつ、慌てて身を隠す黎斗と紫。

 マジックミラーの方はというと、説明の通り灰色にぬり潰されたかのごとく透明感を失って、ただの壁のように変化している。


「本当だ。スゴいですね」

「スゴいですね……じゃねぇよ! おたく、イキナリ何してんだよ!」

「おぉお嬢様ッ! そんな〝とりあえず押してみようかな♪〟みたいな猪突猛進は美しくありませんですよ!」

「え? ……でも、今回は別に顔を見られてもそれほど危険は……」

「そういう問題じゃねえし! だとしても見られずに済むにこしたこたねえだろ! だいたい〝ものにはやり方がある〟とか宣ったのはおたくだろうが!」

「〝いのちをだいじに〟!!」


 小さいボディにゴッツイ剣幕で突き上げてくるダブルの抗議に、夏輝は気圧されながらも消灯。


「すみませんでした」


 深々と謝罪してから、改めて隣室の聴取に注目する。

 容疑者なのか被害者なのか扱いは不明だが、ともかく生き延びた男性。


 名前は、カトウ……何だったか?


 スキンヘッドな上に、憔悴しているせいで、いまいち老け込んで見えるが、実際にはまだ青年と呼べる年齢である。


『……で、決行前日ってことで、集合してたんです。でも、連中、状況に酔ってるみたいで、全然、現実見えてなくて……あんなの、絶対成功するわけないのに』


 設置されたマイクを通して訥々とつとつと語られる内容。

 どうやら彼は、強盗行為に乗り気ではなかったようだ。


『それで、俺、やめようって言ったんですけど……アイツら全然聴く耳持たなくて、口論になりそうになった時、多分、雷のせいだと思うんですけど……停電して……』


 暗闇になった部屋の中に、いつの間にか何者かが立っていたのだという。

 レインコートをまとい、フードを目深にかぶった不審な影。

 その人相情報に、思わず夏輝は眉を震わせる。


『性別は……どっちだろ。レインコートの色も、暗かったし、……わかんないです。ただ、背は高くなかった……と、思います。スミマセン……自信ないです』


 犯人の行動に関しては、夏輝が逆算で読み取ったのとほぼ同じ。

 犯人はそのまま被害者たちの銃撃を、まるで〝こうすれば自分には当たらないのだ〟と知っているかのように、慌てずゆるりと歩いて回り、九人を自身の弾丸で絶命させた。


『……なんか、因果がどうとか、悔い改めたらどうとか、わけのわかんねえこと言ってて……それで、最後に俺の方にきて言ったんです〝アナタハ踏ミ留マッタカラ殺サナイ〟って……壊れたステレオみたいなザーザーした声で……』


『このような声ですか?』


 羽間里が、音声の告発状を再生して聞かせる。それは以前に喫茶店で左近から聞かされた、鉄骨落下の被害者が受け取っていたもの。

 スキンヘッドは困惑気味にいく度も首をかしげながらも、最終的には肯定した。


『はい……こんな感じ、だったと思います。こんな風に濁った声で、アイツは……!』


 再びパニックになりそうな彼をなだめる羽間里。

 後は、強盗未遂犯であり被害者である彼らが、どのように知り合ったのかとか、銃器の入手経路だのの供述が続いた。


 結局、コレという有力な手がかりは得られなかったが、ひとまず、わかったことというか、推測できることがひとつ。


(……やっぱり、あの鉄骨落下は……)


 苦悩する夏輝。

 その傍らで、黎斗と紫が思案げに頭をひねる。


「つまり犯人は、あのスキンヘッドが強盗をやめたから……告発状によって未来の犯罪を悔い改めたから、殺さなかった……ってことか?」

「え……っと、でも、あのツルツルピカールがそう言ってるだけで、実際にやめてたかどうかなんてわかんないですよね?」

「ツルツルピカールって何だよ……いや、まあツルピカだけど。……要するに、犯人にはその未来がわかってたってことじゃねえの?」


 未来を知る異能によって、犯人は、あのスキンヘッドが悔い改めた事実が確信できていたということだろうか。


 しかし、だとしたら──だ。


「……それって変ですよアリスマン」

「殴るぞ」

「いや、だって変でしょう? 結局、犯人は他の強盗犯を皆殺しにして、強盗事件自体を起きなくしちゃってるんですよ? それなのに、あのピカールが罪を犯さないって、どういう解釈なんです? 色んな未来が視えてるってことですか?」

「……それは、だから、犯人はまず強盗が起きる未来を予測して、告発状を送る。で、あのハゲが悔い改める未来を視たから、他の九人を殺す。九人が死んだから、強盗も起きない……みたいな?」


 黎斗の微妙に自信なさげな解説に、紫もまた微妙そうに首をかしげた。

 夏輝が、軽く頭を振って補足する。


「犯人が未来を読めるとして……銀行強盗を行う者たちに告発状を送る。それによって変わった未来というのは、多分、悔い改めたあのハゲの人が、他の九人を止めようとして口封じに殺されるという未来だったのでしょう。それでもなお銀行強盗が行われたかどうかはわかりませんが、関係もないんだと思います」


 夏輝の推論に、紫は「なるほど……」と頷きつつも、やはり全てが得心したとはいかない様子。


「どっちにしろ、犯人は未来を確率的に視てるってことですか?」

「だろうな。松雪も言ってたぜ。この事件の犯人が、もしも未来を読む能力者だとしたら〝未来予知者〟じゃなくて、〝未来予測者〟だって」


 黎斗の相槌に、夏輝はハッと弾かれたように向き直る。


「それは本当ですか?」

「あ、ああ、でもまあ、未来が読めるヤツが犯人だとしたら……っていう仮定だけどな。ほら、アイツは異能力認めてねえから」

「そう……なのですか……」


 夏輝は引き下がったものの、その表情は思案げに曇ったまま。


「……知らない? ……そんなはずは……ではただの誤魔化し? でも……」


 小声でブツブツと考え込んでいる夏輝。

 いったい何が腑に落ちないのだろうか?

 問い質そうとした黎斗だが、傍らから紫にツイツイと袖を引かれる。


「未来予知と未来予測ってどう違うんです?」

「ああ、それは……」

「予知は、確定された未来を知ること。予測は、確率的に起き得る未来を測ることです」

「……だってさ」


 夏輝に簡潔に即答され、黎斗は所在なさげに肩をすくめた。


「松雪の受け売りだけど……予測なら天気予報の延長みたいなもんだから、度合いによっては科学的にもあり得るってさ。要はそこのお嬢様の逆算と反対の能力。予知の方は科学的には眉唾だって言ってたな。えーと、不確定性原理……電子の位置と運動量は、同時には確率的にしか測れない……てのがあって」

「はいはい、たしか〝全ての物質の力学的状態と力を解析できない以上、ラプラスの魔ですらも、未来は計算できない〟ってやつですね」

「魔? 箱じゃなくてか?」

「ちぃ、これだからアニメかぶれの現代っ子は……そこは渋くゴーストハンターでしょうに!」

「古っ!? てか、おたくホントは何歳なんだ?」


 それが古いとわかる黎斗もどうなのだろうとあきれつつ、夏輝は意識してゆっくりと吐息をこぼす。


 脳の芯がズキズキと疼く感覚。

 廃工場での逆算の消耗が、思ったよりも重いようだ。

 夏輝は、込み上げる吐き気をどうにかなだめながら、


「多分、今回のは〝魔〟でも〝箱〟でもなく、〝壺〟なんですよ……」


 それは誰に向けたわけでもない、深い絶望の呻き。

 だが、まだ希望はある。なぜなら、あの鉄骨落下の件が矛盾しているのだから──。

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