魔法使いの選択(2)
アパートの玄関先、夏輝と黎斗は並んで迎えを待ちながら。
「そう言えば、今さらですけど……」
「何だよ?」
「あなた、スマートフォン持ってたんですね」
「それが?」
「いえ、そういうのって、確かGPS誘導とか探知とかのシステムが……」
「ああ、あるな」
「じゃあ、脱走している間のあなたの居場所は、学院に筒抜けだったのでは?」
しばし、沈思する黎斗。
「…………おたく、頭いいな」
「いや、それほどでもないですよ」
努めて真顔を装う健気な解体魔に、夏輝は哀れみの微笑を返す。
やがて、もう見慣れた九条家の黒ぬり私用車が到着した。
「はいはーい♪ お待たせしました夏輝お嬢様! 九条家送迎班ただいま参上でーす♪」
助手席から飛び出してきたのは、シックな黒スーツ姿が実に似合わぬ賑やかな少女。ツインテールを揺らしたその姿に、黎斗は思いっきりイヤそうに顔を背けた。
忘れもしない、素手で崖を崩して自滅した怪力女である。
一方、面識のない夏輝はキョトンと目を丸くして問い質す。
「新人さんですか?」
「はい!
ビシッと敬礼しつつ、胸元のバッジを示す紫。
九枚の鷹の羽根の意匠が象られたその銀バッジは、確かに九条家の使用人であることを証明する品だ。
ビーフジャーキー片手に元気よく敬礼する様は、まさに尻尾を振りまくってなついてくる小型犬のごとく。騒がしいんだか快活なんだか、とにかくナチュラルハイなテンションに、傍らの黎斗は顔を背けたままに吐き捨てる。
「相変わらず、バカっぽい女……」
「いきなりバカとは何だぁ! このアリスちゃんめ!」
ゴスゥッ──と、かなり鈍い音を立てて紫の水平チョップが黎斗の首を直撃する。
膝から崩れ落ちた黎斗。
その胸倉を紫はガシリとつかみ上げた。
「少しは年上のお姉さんを敬いやがりなさいリア厨! 男のクセにわたしより可愛い顔してるからって、調子に乗ってるとプチ殺しますよ♪」
紫はニコニコと明るいノリのまま、戦意喪失状態の黎斗をガクガク揺さぶって抗議する。
「聞くところによるとあなた、夏輝お嬢様に対し、不埒で破廉恥な悪行三昧だそうですね。許せません! こないだコケにされた分もふくめ、わたしのゲージはMAX振りきりでドライブ全開です! 九条のモットーは
再度振りかぶった手刀に気合いを溜めはじめる紫に、傍観していた夏輝はつくづくやれやれと肩をすくめた。
「……あの、そろそろいいですか?」
「あ、はい! 失礼しました。ささ、乗ってください」
紫は慌てて背筋を正すと、グッタリした黎斗を後部座席に放り込み、夏輝をエスコートする。
「運転は、あなたが?」
「いーえー、わたしが運転しちゃマズいですから♪」
笑顔で示された運転席には別の黒服が座している。
(ウエノさん……じゃなくて、ウエ……何だったかな?)
名前は思い出せないが、夏輝も顔馴染みのその黒服は、一礼して車を発進させた。
夏輝の横に座した紫。
彼女は黎斗を年下と言っていたが、実際いくつくらいなのだろう。
見た目の通り運転ができる歳ではないのか? 単に免許を持っていないのか?
いずれにせよ、彼女が運転する車には乗りたくはないな──と、内心に呟きながら、夏輝は反対側で呻いている黎斗を気づかった。
「大丈夫ですか?」
「いっ……てぇ……クソッ、いきなり何しやがんだこのバカ女」
「こら、待ちなさい。わたしは確かに女ですが、バカではないと言ったはずですよ小悪党め、テメェのカオスフレームは何色だァッ!」
不可解な口上とともに「ふぉぉぉぉ……」と、両手のチョップを振りかざす紫に、黎斗は本気で危機めいた形相で工具防御を展開する。
「意味わかんねぇよ! つーか色変わんねえだろあれ」
噛み合っているのかいないのか不明なやり取り。
間に挟まれた夏輝は、どうしたものかと首をかしげて……とりあえす、まだ話が通じそうな運転席の黒服に声をかけた。
「例のメールアドレスは、何かわかりましたか?」
「はい、アドレスの持ち主は市内に住む主婦です。が、持ち主は送信された時間前から現時点まで継続してダンス教室で受講中。携帯電話はロッカーに仕舞われた状態でした」
簡潔な報告。さすがは九条の情報網、この短時間で見事な調査力だが、しかし、事態の進展にはつながらない。
というより──。
「つまり、一連の告発状と同様の送信法ということですか……」
夏輝がウンザリ呟けば、傍らの紫が「あのぉ……」と、らしくないローテンションで進言する。
「今向かってる
「……?」
「実は、少々シャレにならない状態になっておりまして……」
そう言って、紫は微妙に笑顔を曇らせた。
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