魔法使いの後悔(2)

             ※


 天鈴てんれい学院にほど近い山間。

 新たに崩れ落ちた土砂の処置に奔走する作業員たちをよそに、黒衣の老婦人は小さく吐息をこぼす。


「おかしいわね……」


 老婦人はゆるりと首をかしげながら、山肌を見上げていた視線を巡らせる。今度は崖下を埋め尽くす土砂をぐるりと眺め見てから、気のないそぶりで鼻を鳴らした。


「おかしいわ。わたくし、確か貴方には夏輝の護衛につくように命じたつもりだったのだけれど……。それとも、わたくしの勘違い?」


 いかにも何気ない風に、ちょっとした疑問を探るかの声音で、黒衣の老婦人──九条くじょう菜那静ななしずは背後の部下を振り返る。


「わたくし、貴方に〝解体魔を抹殺しろ〟とか、そんな大それた命令をしたかしら?」


 ニッコリと、それはもう冷ややかな笑顔で問い質され、ツインテールの黒服少女は怖気満点に謝罪を申し上げ奉る。


「……申し訳ありませんでした大奥様ぁ……。偶然に解体魔を発見したんです。そしたら、つい持ち前の克己心こっきしんと闘争本能が爆発しまして……、あのぉ……」


 逆さに吊し上げられた体勢のまま、「ゴメンナサイゴメンナサイ……」と、呪文のように謝罪を繰り返す少女の顔を見下ろして、菜那静はなお冷然と首肯する。


「反省だけなら猿でもできるそうよ。貴方も人間ならもっと知恵をしぼって誠意を示しなさい」

「あぅ……えーと……その……」


 少女はいかにも弱り果てた様子で菜那静と、そして自分の足首をつかんで吊し上げている長身の黒服の顔とを交互に見やる。


 少女の様子に、やがて菜那静は浅い溜め息をひとつ。


「構いません、命に関わるギリギリ一歩先ぐらいまでブン回してあげなさい」

「承知しました。大奥様」


 無情な判決に、長身の黒服はニッコリうなずくと、そのままジャイアントスイングの形で少女の身体を振り回す。


「うぅあぁぁぁあぁぁーーーーー……ずびばぜぇーん! もうしませんからぁ……! とぉーめぇーてぇーーー……!!」


 豪快に振り回されながら、濁った悲鳴を上げ続けるツインテール。

 冷徹な女主人はそんな醜態など見たくもないと、少女が起こした土砂崩れの跡を、正確にはそれに埋まった告発状殺人の現場を改めて眺める。


 どの道、ここにはロクに犯人の痕跡は残っていなかった。

 仮に朝凪あさなぎ夏輝を連れてきたとしても、現在九条家が知り得ている以上の情報は得られなかったろう。だから、後ろで振り回されている少女の失態は、そういう意味では特に痛くはない。


 そもそも、この事件は、そういう方向から攻めても無意味なのだ。


 人海戦術で包囲網を敷き、少しずつ選択肢を潰して追い込んでいく……いや、そんな地道な戦法ですら、おそらくは通じないのだろう。


「目には目を……やっぱり、〝魔法〟には〝魔法〟で対抗するしかないのかしらね……」


 こぼした独白に、菜那静自身、苦い自嘲を噛み締める。

 問題は、菜那静の手持ちのカードが掛け値なしの〝切り札ジョーカー〟であることだ。どのタイミングであろうと、切ってしまえば被害の規模は計り知れない。

 それでも、このままならば遠からず、それを切らざるをえないだろう。


「本当に、どうにかならないものかしらねぇ……」


 菜那静は無表情のまま、それでも確かな焦燥を抱いて呟いた。

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