幕間1 魔法使いの罪過
魔法使いの罪過
かつて
同い年で、物心ついた時からいつも一緒にいた少女。
行動的であった夏輝とは反対に、内向的でいつも静かに読書ばかりしていた。
他の子供たちと距離を置きながら、しかし、夏輝のように孤立することもなかった。人当たりのよい物腰と、穏やかな気質で、敵意も好意も柔らかに受け流していた。
誰とも敵対しないが、誰とも仲良くしない。
そんな彼女が、唯一、夏輝にだけは親しげに接してきた。彼女だけが、夏輝を受け入れてくれた。過去を逆算する異能に対しても、不審や奇異を抱きはしなかった。
〝夏輝はスゴいね。私には、とてもマネできないよ〟
魔法使いに出会い、異能を受け入れ、様々な事件を解き明かし解決する夏輝に対し、彼女がまぶしそうに告げた言葉。
でも、それは彼女のおかげなのだと夏輝は思った。
彼女がいたから、夏輝は心折れることなく生きられた。彼女がいなければ、夏輝は孤独と敵視の中で性根は歪み、魔法使いの言葉を受け入れることもできなかっただろう。
夏輝にとって大切な、かけ替えのない、親愛な友人。
家族のように想い、姉妹のようにつながっていた彼女。
微かに淡い髪を肩まで流した、線の細い、儚げな眼差しの少女。
彼女が、何年も前から家族に虐待を受けていることを夏輝が知ったのは、三ヶ月前のことだった。
情けない話である。
幼い頃からともにいて、ようやく気づいたのが中学卒業の春。
思えば、その兆候や片鱗は端々にあったのに──。
逢理は家族のことを語らず、夏輝を家に招くこともしなかった。時に出会う彼女の母は、ロクに言葉を交わそうとせず。逆に父親の方は、溺愛のままに彼女に身を寄せ、可愛がっていた。
それはもう、不自然なほどに──。
他にも、いくらでも様々に、そうと疑ってみれば次々と脳裏に展開する悲劇の片鱗。
本当に情けない。
過去を読み取り、謎を暴く探偵少女。
そう気取っていた自分が、こんなに身近な痛みに気づいてあげられなかったのだと後悔に歯噛みしつつ、そして、それ以上の怒りと義心が夏輝を駆り立てた。
大切な親友を傷つけ苦しめていた者たち。しかも、実の家族でありながら!
絶対に赦せないと、その想いが爆発するままに、夏輝は親友を助けようとした。
逢理の家に押しかけ、彼女の父を糾弾し、法の裁きを受けるよう求めた。
愚かしい。
相手にしてみればたかが小娘ひとりである。夏輝は逆に取り押さえられてしまった。
当然なまでに歴然とした、予想に易い展開。ひとりで直接に乗り込むなどと、まったくもって後先を考えぬ愚行である。けれどその時は、反撃に遭うなどとは思いもしなかったのだ。
正義の糾弾の前には、悪党はただ平伏すのだと、信じて疑わなかった。
増長慢。いい気になっていたのだ。
少しばかり他人と違う才能があるからと。いくつかの事件を解決し、探偵少女などと持て囃されて、いい気になっていた。
口封じと欲望のままに、夏輝にも暴行を加えようとした逢理の父。
……その背中に、逢理は深々と刃を突き立てた。
血泡を吐いて崩れる父には目もくれず、逢理は血まみれの刃を手にしたまま、ただ茫然と、夏輝のことを見つめていた。
『……夏輝……』
微かな、消え入りそうな声。
『……夏輝……、私はね、あなたが傷つかなければそれで良かったの』
悲しげに、儚げに、そう告げた。
逢理にとっては夏輝こそが唯一の心を許せる存在であり、希望であり、その友情さえ円満に保てるならばと、繰り返される恥辱も苦痛も甘んじて受け入れていた。
それが正しかったとはいわないが、夏輝のウカツな独走が、逢理に父を殺させたのは事実である。
そして、逢理が隠していた秘密を、暴いてしまったことも──。
『……夏輝には、知られたくなかったのにな……』
逢理にとっては父を殺したことよりも、夏輝を危機にさらしたことが、そして、夏輝に自分が受けていた陵辱の事実を知られたことこそが、耐えがたい絶望であった。
『あなたが余計なものを読み取らなければ、私たちはずっと友達でいられたのに』
そう言い残して、逢理は手にした刃を、自身の喉に突き立てた。
噴き出した血と、引きつれた悲鳴。
かすれきったそれは、夏輝自身の上げている声だった。
その後は何をどうしたのか良く覚えていない。気がつけば、病院の廊下で、
椰子木はいつものように、いや、いつも以上に真剣な怒りで冷ややかに咆えた。
これは夏輝が立場をわきまえず事件に関わり、異能を才能だとして得意げに謎を暴いてきた結果であると。
夏輝自身、その通りだと思った。
だから夏輝はもう二度と事件に関わらないと決めた。自身の異能を封印し、全ての関わりを断って自宅に引きこもった。
やはり自分は、あの〝魔法使い〟のようにはなれないのだと、思い知ったのだ。
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