魔法使いの犯罪(4)


 戻ってきた鑑識の青年に、椰子木はやや強めの拳骨をくらわせる。


「仕切りのテメェがサボってたら、現場検証が終わんねえだろうが」

「痛いなぁもう、ちゃんと万事とどこおりなく進めてますよ」


 顔をしかめながらも作業を再開する左近。

 椰子木は「ふん」と鼻を鳴らしつつ、その視線は現場ではなく、遠間にたたずむ朝凪夏輝の方を、さも面白くなさそうに睨みやる。


「オイ、九条さんよ。金髪のガキが消えてるぞ」

「そう? なら、たぶん逃げたのでしょう」


 さして意に介する風もない菜那静に、椰子木はやれやれと頭を振り返す。


「感心しねえな」


 椰子木は不機嫌もあらわに吐き捨てた。

 黎斗への態度もだが、それよりも夏輝のことだった。椰子木にだって、今の夏輝が三カ月前の一件を引きずっているのはわかる。


「金持ちの道楽にしちゃあ、ちょいと悪趣味が過ぎるだろうよ婆さん」


 散乱した資材を眺めている菜那静を睨む。

 当の菜那静は椰子木の言いたいことは承知しているとばかりに笑みを返した。


「配慮はしているわよ。けど、いつまでも傷心のヒロインを気取って引きこもられてもね。そんなのは健全ではないでしょう?」

「だからって、殺人現場に連れてくんのはもっと不健全だろうが!」

「説教は結構よ。それより、これは殺人現場なの?」


 返す刀で問い質され、椰子木はウカツなことを口走ったと頭を掻きむしる。


「民間人にベラベラと話せるかよ」

「事件性が無いとはまだ言いきれませんが、今のところは事故の線が濃厚ですね」


 横から解説を入れたのは眼鏡の刑事、羽間里。


「オマエなぁ……」

「まあまあ、偉い人には逆らうだけ徒労ですよセンパイ」


 露骨に不服そうな椰子木をなだめつつ、彼は菜那静に向き直る。


「ええと、本日の午前五時頃、工事のためにやってきた作業員たちが、現場内で鉄骨に潰されて死んでいる男性を発見し、通報。発見当時、現場入り口は施錠されていましたが、見ての通り、周囲は簡易柵の部分も多く、いちおう侵入は容易です」


 羽間里が示した通り、周囲の柵はそれほど高くはない。ちょっとした踏み台でも用意すれば簡単にこえられそうだ。さらには、随所に低い金網だけの部分などもある。


「状況は、二階部分に積まれていた鉄骨の束が、固定ワイヤーの劣化により転落。運悪く下にいた男性を圧殺してしまった……というのが今のところの見解です。

 いちおう、ワイヤーも鑑識が調べましたが、人為的な細工は見当たりませんでした。

 被害者の死亡時刻はまだ不明ですが、今朝方の四時過ぎに鉄骨の倒壊音が近隣で聞かれているため、事故が起きたのもその時と考えられます。

 被害者の男性の氏名は早埜はやの重雄しげお、何度か逮捕歴もある闇金屋くずれのゴロツキで、遺体は頭部が健在だったのですぐに判明しました。なお、所持金やカード類は手つかず。

 なぜ彼が早朝からここに居合わせたのかは、まだ不明です」


 淡々と語られた概容に、菜那静は軽くうなずきを返す。

 被害者がなぜここにいたのか……捜査員たちが気にしているのはその点だろう。

 あるいは何者かに呼び出されたのかもしれないし、だとしたら確かに事件性が無いとは言い切れない。


 現場では今も鑑識作業が続いている。

 指揮している鑑識員──恰幅かっぷくの良いその青年の姿をしばし眺めていた菜那静は、首をかしげつつ傍らの羽間里に問う。


「左近……といったかしら? あの鑑識員」

「ええ、左近勇馬ゆうま。我らが警察庁長官殿の御子息にして、鑑識課のホープです」

「ああ、どこかで覚えのある名と風体だと思ったわ。親子そろって重量級だこと」


 思考のつかえが取れたと一笑しつつ、菜那静は改めて現場の様子を見分する。


 まだ骨組みが多くむき出した建設途中の高層ビル。

 表の工事表によれば、完成すれば地上十八階、地下三階の構造になるらしい。ここはその裏庭にあたるのだろうか?


 羽間里の説明の通り、無数の鉄骨材が散乱している。

 地面に突き立っているのが二本、倒れこんでいるのが見えている範囲で六本ほど。現場はブルーシートで大半が覆われており、それ以上はうかがい知れない。


 付近に、ショベルアームの重機が一台置かれている。

 今は下げられているそのアームだが、たとえば、あのアームで鉄骨材を引き落とすのも可能なのではないか?

 被害者を呼び出し、重機の運転席に隠れた犯人が鉄骨を落とす……あるいは、多少の細工をすれば遠隔で操作することも不可能ではないだろう。

 菜那静の疑問に、羽間里はやれやれと応じる。


「その線も考えて調べさせましたが、やはり痕跡はありませんでした」


 一方、やや離れて捜査員と話していた椰子木が、こちらに向き直って声を上げた。


「おい、ハマ!」


 相変わらずドスの利いた呼び声。ハマというのは羽間里のことだろう。

 こちらに寄ってきた椰子木は、菜那静を気にしつつも「コイツを聞いてみろ」と、手にした携帯電話を羽間里に差し出した。


「これは、被害者の所持品ですよね……えっと、留守電メッセージですか?」


 スピーカーに切り替えたそれから流れ出る『……6月25日、午後6時6分の伝言です……』という事務的な案内ボイス。

 だが、続いた本文は、なお無機質に、変声加工されて濁りきったもの。


『……2016年7月3日ノ殺人ヲ、〝魔法使い〟ハユルサナイ……』


 合成音が告げたのは、短く簡潔な、しかし、意味不明の内容。


 六月二十五日に着信した、七月三日の罪への警告。そして今日は七月二日である。まるで未来の罪を告発するかのようなメッセージ。


 発信元は当然ながら非通知となっているが──。


「何です? これ」

「知るかよ。何なのかわかんねえから、こうしてインテリ様に聞かせてんじゃねえか」

「おやおや、まあ確かにセンパイは考えるの苦手ですもんね」

「どういう意味だテメェ」

「センパイは頭悪いですねって意味ですけど、難しかったですか?」

「オイ」


 刑事ふたりの寸劇をよそに、同じくメッセージを聞いた菜那静は小さく苦笑う。


 魔法使い。


 その呼称から、反射的に夏輝の方へと視線を向けるのだった。


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