覇王様のお気に入り!!~だから勝手にひとを知将だの幕僚だのにしないでくれませんかね~(お試し)
幸運にも、クロエは状況に対して冷静だった。
指先に空気中の魔力を集め風として人ごみ騒がしい市場をめぐらせる。ついさっき出てきたばかりの路地裏の入り口に戻って。【アイテムボックス】から取り出した古ぼけた茶色のローブを身につけ、フードをかぶり。右の白い石壁にもたれかかって膝を立てて座ると、市場をまわった風たちが戻ってくるのを待つためうつむいた。
やがて、戻ってきた風たちが集めた情報にクロエは頭を抱えた。わかったことは何万とあれど、最も重要なことが1つ。
「月華帝国の邦永が統治して4年目って……つまり正竜歴932年、アルスティアと小競り合いが続いてる頃か。あと3年後に……あれ? 毒殺されるんじゃなかったっけ? あの
それはともかく。月華帝国と風が教えてくれた場所の情報も「ユニ・オン2」の場所と一致する。まあ、この場所も「ユニ・オン2」では途中で亡国になってしまったわけだが。
タイトルとは違い、ゲームの内容は常にハードモード。まったくユニークではなかったけどな! と心の中で呟いて。ふと、視線を感じた。
視線の先をたどって振り向けば、薄暗い路地の中に立っていたのは。フードをクロエと同じように目深にかぶったクロエより頭1つぶん低い青年と。こちらを睨みつける軽鎧を身に着けた赤髪と青髪の青年。兵士だ。筋肉が薄いのが竜人の特徴であるから身体で見極められないのは仕方ないとして、その雰囲気は手練れ。
やべっとクロエはとっさに口を押えたが放った言葉はもう戻らない。気まずい雰囲気が流れたが、それをぶった切って。フードをかぶった青年が告げた。
「ユタカ、イブシ。このものを客人として我が城へご案内しろ」
「「はっ!!」」
この辺りで城を持っているのなんてただ一人。それを、我が城ってことはつまり……。
口は禍の元、弟妹達に普段からよく言い聞かせている言葉が自分に跳ね返ってくるとは。兵士たちに片腕を持たれ立たされながらクロエは大きくため息をついたのだった。そんなクロエを、夕日になりかけた太陽だけが照らしていた。
体感時間で4時間ほど、応接室……とも呼べない、どちらかというとただ木の板を張った床があるだけの部屋に閉じ込められて。その後、謁見の間通称・玉座の間に通されて。クロエは本気で元の世界に帰りたくなった。絢爛豪華な調度品に蔦と月華の花が描かれた金の縁どりの赤い玉座。そこに悠然と座っているのは金の虹彩と月華の咲いた赤い瞳……
なぜか兵士は先ほどの2人しかいなかったが、それを不思議に思ったところで解決しないと口をつぐむ。1つ、大きくため息をつくとクロエは口を開いた。
「さっきのは全部俺の妄想なんで勘弁してくれない?」
「貴様! 陛下に対して何たる口のきき方を」
「イブシ、静かに」
クロエが敬語もなしに言うと、邦永を守るように両脇に立っていた兵士の片方。赤髪のイブシが剣の柄に手をかける。青髪は小さく苦笑しているのが見えた。それを口で制した邦永は、あえてにっこりとその美しい顔で笑ってみせる。
「口調はそのままで構わない。が」
月華の咲いた赤い瞳がぎらりと光って、威圧にもにたものが飛んでくる。しかしクロエには関係ない。この程度、我が主こと咲也子の
「が?」
威圧に対し、平然としているクロエに一瞬。驚いたみたいに目を見開いたのは邦永だけではなかった。クロエを屈服させようとさらに強まる威圧に両側の兵士たちが冷や汗をかいてきた。
「どこでアルスティアとの小競り合いを知ったんだ?」
「風の噂でね」
「あいにくと誰かによって小競り合いのことは箝口令が敷かれていたようでな。我々も早馬を走らせてついさっき知ったばかりだ。ゆえに、誰も……少なくとも市井のものは全く知らぬはずなんだが?」
「……」
「それにおれの死期、方法まで言っていたな。なぜ知っている?」
「じゃあ逆に、どこまで信じる?」
「なに?」
白い肌、小ぶりな輪郭に神が配置したのではないかと思うほど綺麗な置き方をされた大きな目に、高い鼻、赤い唇、女性めいた白皙の美貌は形のいい眉をしかめても美しかった。クロエが言ったことを理解できないと言いたげに反芻するが、クロエに取ってみれば当然のことだ。ここで情報を全部吐かされて、切り捨てられでもしたら割に合わない。まあ、殺されようが死ぬ気はないが。
「俺があんたらの未来を予測できるって言ったらどこまで信じるって言ってんだよ」
「……正気かい?」
「はい、会話終了ー。俺は失礼するよ、あと。そんな脆っちい威圧しかできないならしない方がましだってことに気付きな、皇帝サマ」
はっと嘲笑ったクロエ。さすがに不敬が過ぎると邦永の前に出た赤髪と青髪。2人が前に出たのはもう1つ理由がある。ふわりとわずかな風と光を纏ってクロエの足元に現れた陽動用の疑似魔法陣を警戒したためだ。それに大きく気を取られた兵士たちの間を一瞬にして通り抜け、邦永の前に行くと。
こぼれんばかりに大きく目を開いた邦永に、いつかのコトリを思い出しながら。クロエは先ほどの嘲笑とは真逆の、慈愛すら感じられる優しい美しい笑みでとんっと額を人差し指で突いて。姿を消したのだった。
そのままの勢いで、玉座からずるりと滑った邦永に。
「大丈夫ですか?! 陛下!」
「おのれ!!」
と邦永を心配する護衛達には聞こえないほど小さな声で。
「かっこいい……♡」
邦永は呟いた。
「……旅にでも出るかなあ」
滅びる国に興味はない。何より自分が巻きこまれでもしたら目も当てられない。小さくため息をついたクロエは眉間のしわをほぐすように、もみこんでから。城の尖塔の天辺に立ちながら、三妹・ニナの才能である「認識祖語」を自らにかけで姿を見えないようにすると。ドーナツみたいな城、自分が立っているのがその穴の部分にある城だと認識してから。ぐるりと周囲を囲む城に飛び移り、城下町が見えるところまで来ると。市場に近い屋根に向かって暗い夜に飛び降りたのだった。
それから2日後。いい天気だった。隣国へと続く乗合馬車が出るという情報を掴んでいたクロエは、まずはこの国を出ようと2日の間に元いた世界の
幌をまくり上げてあるだけの隙間から外を見ていると、月華の首輪をつけている一匹の青い竜がボロ馬車の前に舞い降りたのが見えた。あわてて停まる馬車、青い竜から降りてきたのは青髪の兵士だった。全員馬車から降ろされて顔を見られていく。ちっ、と思わず舌打ちしてしまったのが悪かった。そして、聞きとがめた青髪がこちらを向いたところでローブを変えていなかったことを悔やんだ。なぜなら。
クロエだと気づいた青髪に青い竜に乗せられ、帝城に連れていかれ。また玉座の間まで通されてしまったのだから。ただ、唯一の予想外と言えば。
「待っていたぞ、きみ!」
嬉しそうな、無邪気な笑みで邦永が両手を広げて待ち構えていたことで。なおかつ抱きつかれたことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます