ニナは平凡な少女だ(続きが思いつかない)

 ニナは平凡な少女だ。

 神の使徒であり、我が主と仰ぐ敬愛してやまない世界神がいる。ごくごくそんな自分の存在を、ニナは案外気に入っていた。

 よくある薄茶色の髪も、自分的にはまんまるで愛嬌があるんじゃないかなと思う青金の目も。

 平凡、ありふれた、よくある。それらは全てニナの宝物だ。たった1人、特出しているよりも十人並みがいい。だって特出しているということは、ひとりぼっちと同義だから。

 そんな寂しい中で生きたくはない、だからニナは普通を愛している。

 なのに。


「なにこれー!?」


 気付けば、見たこともないほど大きな図書館らしき場所。入り口なんてない、丸い塔の中をぐるりと本で埋めつくされたそこにいた。

 いや、図書館の大理石でできているらしき床に立っているだけなら何も問題ははなかった。それでもやっぱり叫んだだろうけど。

 問題だったのは。


 図書館の天井近くに浮いていたことだ。


 木霊するほどの大声で叫んだニナは、数秒固まったあと。ふっと口元を緩めて、死んだ魚の目で呟いた。


「そうだ、夢なんだ。寝よう」

「えっ!? ちょっと待って異世界の神様!」

「わたし、神さまじゃないから寝るね。おやすみ」

「神様じゃないの!?」


 心底の驚愕と失望の混じったまだ声変わりもすんでいない、少年の声がうるさい。寝ようとしているのに邪魔だなあと声のした方向を見ようとするも。その声は大きくもないのに図書館中に響いていて場所に見当がつかない。きょろきょろあたりを見まわして、誰の姿もないことからニナは思考を放棄して。本格的に目をつぶると、焦った声が引き留めてくる。


「ね、ねえ! きみ本当に神様じゃないの!? だって神威が」

「わたしたちは、世界神であらせられる我が主のあり得た未来なんだよ。一応使徒や眷属とも呼ばれるけど、もしかしたら生まれる順番が違うだけでわたしが世界神だったかもしれないって存在」

「そっか、きみの世界ではそういう存在もいるんだね。じゃあいいや。暫定・異世界の神様ってことで! ようこそ、ぼくの名前はテトラーニャ! 神に見捨てられたこの世界そのものだよ!」

「テトラーニャ……とうとう夢に世界の名前まで出てきた。現実的な夢だなあ」


 足を抱えて丸くなり、寝る体制に入りながら。ニナは目線を遠くにさせる。普通、世界に名前なんてない。あるとすれば、その世界の世界神が名付けたからだ。その場合愛着を持って名付けるから世界は捨てられることなどほとんどない。というか、聞いたことない。故に、これは夢だ。


「いやいや、本物だからね!? ぼくがきみをここに召喚んだんだから!」

「それは無理だよ。だって、世界を越えさせることは世界神にだってできないんだよ? それを世界が単体で行なえるわけ」

「いやー、すっごく頑張ったんだよ? 本当、褒めてほしいくらい。まあおかげで寿命が50年くらい早まったけどね!」

「ダメじゃん! この世界に住んでる人たちに」

「いないよ」

「え」


 なんて説明するのかと跳ね起きて、目をまん丸に見開いたニナに、冷たい声が降ってくる。それは同じテトラーニャの声とは思えないほどに冷え切っていた。そう、夢ではないと思わせるほどには凍り付いた声。

 世界に住人がいないということに首をかしげていれば、今度は明るく声色を変える。


「この世界に、住人はいないんだ! すべてはそう、世界神のせいでね!」

「……世界神のせい?」

「うん。まず、世界中に散らばる英雄たちを集めてそれ以外を捨てる。次に英雄たちに属性……斬士カスティーリャ突士アリアドネ射士アルテミス打士ウィンドゥをわけて与える。最後に英雄たちを戦わせて、誰が自分の使徒に相応しいか決めるつもりだったみたいなんだけど。切り捨てられた中には英雄の家族や恋人、友人がいて。だから一致団結して反乱を起こした彼らから逃れる形で、有体に言えば逃げ出したんだ世界神は」

「ひどいね……」

「そう、本当にひどい話さ! そしてそのあと、一致団結していたはずの英雄たちは自分が神になることを夢見て争いを始めた。そうしてみーんな死んじゃった。ばっかみたいだね!! だからぼくはぼくを変えた。ぼくという概念を解体し組み替え定義し直して、その魂が安寧を得たら消えるよう英雄たちの魂を冊子みたいに見える匣に閉じ込めた。見てごらん、下を。冊子がいっぱい散らばってるだろう? あれが全部英雄たちの魂なのさ」


 下を見てごらんと言われて、体育座りの格好のままテーブルもイスもない大理石らしき石床を見る。分厚い本と、薄い冊子が一緒くたにされて山になっていて、思わず半目になる。我が主と次姉が見たら発狂しそうな光景だ。そして一番に目を引くのは山の上におかれている深紅の表紙だったが。ニナがそれに目を引かれたことに気付いたのかテトラーニャが説明する。


「彼女が一番、神の座に近かったからああやって一番上に置いてあるだけで。別に無造作に山にしてるわけじゃないからね!? ……つまりここは墓場なのさ、英雄たちの! だから、異世界の神様。この世界の新しい神の座をかけて血で血を洗う戦いを繰り返せざるを得なかった哀れな魂たちに慰めを与えてくれないかな?」

「わたし、なんにもできないんだけど……」

「いいんだ、ただ平穏に、穏やかに衰退していくぼくたちと楽しく過ごしてくれれば! ぼくが終わる、その日まで!」


 男の子の声でテンション高く告げる声は、楽しいことしか考えていないかのように明るかった。

『ぼくが終わる』とテトラーニャは言った。ということはここは『終末世界』なのかとニナは1人納得した。『終末世界』それは【白紙の魔導書】と呼ばれる自律型の魔導書に我が主の先祖が記入した言葉だとニナは知識として得ている。神に見捨てられ、誰も神になれず、終わること待つしかない世界。そこに救いはないのだと運命づけられた世界。

 世界に姿はない、意思があるだけだ。その意思とたかが50年という寿命だけでニナを……仮にも神に準じる存在を召喚んだということは、もともとはそれなりに上位にある世界だったのかもしれない。世界神が馬鹿なことをしなければ、いまもまだ世界として機能していたかもしれないのに。


「だからね、これは贖罪なんだ。あの馬鹿な世界神を止められなかったぼくの贖罪! まあ、きみも巻き込んじゃってるけどね。」

「……あなたも、バカなんだね」

「ぼくの場合は親ばかって言ってほしいな!」


 ああ。嘆息するように、目をつぶってニナは理解した。

 これは夢じゃない、現実で。この世界もまた、バカなのだ。ほっとけばいいのに、そんなこと。いくら英雄たちが哀れでも、全ては世界神がしたことなのだから。自分は関係ないと思ってしまえばいいのに。それができないほどに、テトラーニャは自分に住んでいた人々を愛していた、愛しているのだろう。

 なら少しくらい、たとえ救うことができなくても。我が子可愛さに意思と自分の寿命を対価に捧げてまでニナを呼んだテトラーニャのために動くのも悪くはない。


「テトラーニャ、下ろしてほしいな。じゃないとなんにもできないから」

「うんっ! この子たちのことよろしくね。あ、あと最初に召喚ぶなら深紅の彼女がいいっておすすめしておくよ。召喚ぶ方法は簡単。冊子の中の詩を読めば、それが呼び陣になって姿を現すから。……どうか、この世界の終焉に幸多からんことを」


 ふよふよとゆっくり下ろしてくれたテトラーニャ。足が石床につくと同時にほっとするのは、やっぱり地に足がついていないと生きた心地がしないことを噛みしめたところで。長い間空中にいたせいか、足が震えてぺたりと本の山の横へと座り込んだ。

 世界神の協力なしに世界単体でニナを召喚ぶことはきっと最後の力を振り絞ることに等しかったのだろう。世界の気まぐれでさえも、世界を越えさせることは叶わないことを考えると。相当の無理をしたに違いない。我が子を憂う消えゆく世界は、どこまでも親馬鹿に違いない。

 だんだんと元気をなくしていく、かすれ消えいくテトラーニャの声に。

 せめて祈ることしかできないニナは。レースのついた拘束具のような服の隙間から手を出して、きゅっと指を組んだ。目を閉じてから、そっと願った。


「どうか、この世界の終焉に幸多からんことを」


 消えていくテトラーニャの声が、わずかに笑った気がした。




「さて、夢じゃないことはわかったし。さっそく召喚んでみようかな! えっと、まずはテトラーニャが言ってたこの真紅の英雄さんから!」


 隣にある冊子の山の一番上におかれた真紅の表紙の冊子をとると、そう宣言した。広々とした図書館内にニナの元気いっぱいの声が落ちる。それが自分では意図したつもりはなくとも空元気のように聞こえて、なんとなく寂しい。無感情に見える真紅の表紙がどこか悲しそうにも見えて、ニナはその冊子を抱きしめた。


「大丈夫、泣かないで」


 それは意図した言葉ではなかった。するりと吐き出されたそれは自然にもれたものだ。

 抱きしめた後に、胸から本を離して。真紅の表紙に埋もれそうな紫味のピンクの見たこともない文字を小さな指でなぞる。

 癖でした行為だったが、そうすると文字が二重がかって見えた。読める文字と読めない文字。それを青金の目で見つめながら、読めたタイトルは。


紅き品格の戦闘王ラディカルヴァルア・オルグイユエローズ』


 なんでこれで『ラディカルヴァルア』なんて読むのかな? とニナは思ったが、まあそういうものかと自分を納得させる。ニナは細かいことにいちいち構わない性格だ。真紅の表紙を開き、遊び紙を越え1ページ目を見る。本文らしき詩が書いてあるページは何枚あるのかと思いまたページをめくってみると次は遊び紙。つまり、本紙は1枚しかなかった。別に本が好きなわけでもないニナはあっさりとそれを認めると、本紙に戻る。真ん中に書いてある詩を。


「『我は民に言われるがままに剣を取り、鍛錬に暮れた。そうして言われるがままに敵を屠り続け民を導いた。言われるがまま、言われるがまま、言われるがまま殺したあの幼い少女は。果たして本当に敵であったのだろうか。誰がための戦闘せいぎだったのかいまだわからぬまま、我は1人。屠った屍と骨の上に立ち剣を振るう』」


 連ねられた言葉を、ただ淡々と読み上げる。痛いほどの静寂の中に、ニナの静かな声だけが響く。それと同時に詩を読む声に呼応するように目の前の床に幾何学的な丸い魔法陣が現れて光り輝く。

 真紅に染まったそれが虹色に変わり、光の中からぬっと立ち上がったのは黒い軽鎧とマントをつけた美女だった。服も、髪も、鞘も真紅で、唯一瞳だけが紫がかったピンク色だった。最後の髪の一筋が白い光で構成され終わったところで。意志の強そうなつりあがった目を細め、鞘を抜き。石床に鞘先を叩きつける。かっーんと図書館内に響いた音に肩を震わせたニナの怯えた青金の目とピンクの目が合う。意に介していない顔で、その女性は口を開いた。


「確認しておきたい、貴女がデューなのか?」

「でゅ、デュー?」

「……そこから説明せねばならんのか。それもまたあたしの役目、甘んじて受け入れよう」

「なんかごめんなさい?」

「貴女が気にすることではない」


 跳ね除けるような口調で言うと、女性はいろいろと教えてくれた。高圧的な態度に反して、丁寧な教え方だった。鞘を腰に佩きなおすと、その場に胡坐をかいた。

 曰く、デューというのはニナの役目の名前で、神という意味なのだとか。

 曰く、彼ら英雄は神に仕えるものだから、従者ロワと呼ばれるらしい。

 曰く、ここはテトラ―ニャが造った万能小世界パーフェクトリトルワールドであるため、欲しいものは何でも揃うとか。

 曰く召喚びだされるものの中には、狂暴なものもいるから。神の座に最も近かった自分が護衛を務めるよう、テトラーニャに言われているのだとか。


「そっか、ありがとう!」

「礼を言われる筋合いはない。これはただの基本知識で」

「ううん、泣いてたのにちゃんと教えてくれてありがとうって意味!」

「……泣いていただと?」

「うん、心がね。後悔してるって、」

「ふざけるな!!」


 突然に怒鳴り声を上げた女性に、びくりとニナは肩を震わせる。その反応ですら苛立たしいとばかりに、女性はニナを睨みつけた。その瞳には力強い苛立ちがこもっている。そして、胸中の言葉を、長い間ため続けたそれをようやくと言わんばかりに。吐露なんて生易しいものではない、荒ぶった感情のままに吐き出す。


「貴女になにがわかる! ただ言われたようにしただけで、友も家族も失った! 戦争では殺さねば殺される! 後悔? そんな感情、持つ暇もない!」

「うん、でもあなたは後悔してる」

「だから!」

「民を導きれなかったことじゃなくて、たった1人の敵ではない女の子を」

「違う!!」

「言われるがままに手にかけてしまったことを、あなたは後悔してるんだね」


 ひゅっと息をのんだ女性の目に涙が浮かぶ。両手で顔を覆いながらゆっくりと首を左右に振り「違う、ちがう!」と何度も否定の言葉を吐いている。それでも、ニナから見た女性は、あの詩に書かれていた本心は。後悔をしていて、それでも認めきれないのだろう。きっと、心の部分が。それを認めたら正義のために、民のために立ち上がったはずの女性は、正義ではなくなってしまうから。震える肩が泣いていることを示している。


「でも、そんなに自分を責めない方がいいよ」

「……は」

「だって、あなたは言われるがままにそうしただけだもの。もちろん責任がないとは言わないけど、でもちょびっとだけ。責められるべきはあなたにそれを強いた人たちだよ」


 あなたに責任を押し付けて自分たちは、直接手を下さないなんて。ひどい人たちだねー!! 子どものようにぷんすかとお冠なニナを、女性は呆然と見ていた。その涙にぬれた頬を袖のない服だから、比較的生地の柔らかい部分で拭おうと近づけば。なにをされるのかわからない女性は、怯えたように手を使って後ずさろうとしたが。ニナが「大丈夫だよ」というと、覚悟を決めたように表情を固まらせてニナを見た。やがて優しく頬を拭われると、泣き笑いにも似た笑顔を作った。


「貴女は、不思議なひとだな」

「え……そ、そうかな? 自分ではわりと平凡だと思ってるんだけど」

「貴女のようなひとが、あたしが導くべき民だったのなら。あの少女は今ごろ笑っていたことだろう」

「うーん、それはどうかなぁ」

「紅き品格の戦闘王などと呼ばれても、実際は戦闘しか能のない傀儡の王。民の声に操られていたあたしに、今一度命を吹き込んでくれた」


 考えこむように腕を組んで、大きく首をかしげるニナに。泣き笑いだった顔を引き締めて、女性は胡坐をかいていた足を正座に組み直し。籠手のついていない布部分で顔を乱暴に拭うと、決意に満ちた目で、ニナを見つめ。腰に佩いていた剣を鞘ごと抜くとニナの前へと置いた。


「あたしの名前は、オルグイユエローズ。家名はない。主よ、小さなデューよ。もし許されるなら、あたしの剣を貴女に捧げたい。もう二度と、間違った使い方をしないように、貴女がこの剣の持ち主になってくれ」

「あ、わたしはニナ。好きに呼んでくれていいよ! おるぐゆい? ろーず?」

「オルグイユエローズだ。デューの年ごろでは舌が回らんだろう、好きに呼ぶと良い」

「ほんと!? じゃあユエで! えへへ、わたし友達って初めて!」

「友達ではなく従者ロワなんだが、まあいい。よろしく頼む、小さなデューよ」


 これが、今も昔も語られぬ神話、あるいはこれから御伽話を紡ぐ主従の幕開けであった。

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