七不思議たちの話(短編)

 歴史ある私立白鶴高校には、今は使われていない旧校舎がある。不用意に立ち入ったり旧校舎を壊そうとすれば怪我をさせ、時には命にまでかかわるような曰く付きの旧校舎が。


 今から10年前に建てられた新校舎とは隔絶するように、裏手の森の中に建てられたそれの周りには木々が鬱蒼と茂っていて。こんな真夏日の昼間でもどこか暗く、冷たく見えた。


 窓際の花嫁、這いよる夕暮れ、血まみれ原稿の主張、バスケする初代校長の像、水の中にいるひっぱり幽霊、鏡に映らない生徒、アニソンを奏でる無人のピアノ。白鶴高校、その青春を彩るにはうってつけの七不思議の現場として、今日もただひっそりと誰も立ち入ることのない旧校舎は木に隠れるように建っている。




「あたしにだってね、公私をわけるくらいの分別はあるわけ」


 夕日に染まった旧校舎、かつては演劇部の部室として賑やかさが絶えなかった空き教室で。髪はサイドテールにし、シャツの上にはクリーム色のカーディガン、首にはイヤホンをかけ灰色のプリーツスカートから伸びる足先には赤いつま先の上履き。勝気なつり目の少女は、それをさらにつりあげさせて喋っていた。


「うん、そうだよね」


 それに肯定の声をあげたのは緩やかなウェーブを描く夕日色の髪を背中に流した、冬服のセーラーを着込んだ小柄な少女、足には爪先が緑色の上履き。その髪よりも赤いスカーフが金色のスカーフ留とともにささやかな胸元で慎ましく収まっていた。


 そんな2人を疲れたように見ているのはウエディングドレスとヴェールを身にまとった、こちらも目つきがあまりよろしくないが、全体的に見れば色白で憂い顔の似合う可憐な少女だった。


 それが、窓に映っていた。そう、窓に映っているだけ。窓の前には誰も立ってなどいないというのに。そんな花嫁衣裳の少女が呆れたようにため息を1つ漏らした。


「なのになに? あの七不思議! 『ピアノコンクールの前日に殺された女生徒はコンクールの曲をいまだ練習している』とか言われてるわりに弾いてんのがアニソンとかないでしょ!? どんなコンクールよ! いや、あたしが弾くアニソンは神曲ばっかだけど!」

「ちゃんと課題曲、あるもんね」

「そうよ夕暮れ! って花嫁あんた聞いてんの!?」


 怒濤の勢いで、息継ぎなしに喋りきったイヤホンの少女に、夕暮れはその明るい夕日色の髪を揺らしながらこくこくと頷く。首がもげそうな勢いである。


 それを見ながら、はぁっと今度はこれみよがしに大きなため息をつくのは窓にのみ映る花嫁。それをイヤホンの少女がぎっと睨むと、花嫁はめんどくさそうに口を開いた。


 そりゃあもう、全身で「めんどくさいです」と言っているような雰囲気で。低い、声変わりの終わった声で。


「毎回毎回ここに来て騒ぐなっつーの。お前の持ち場は音楽室だろうが、アニソン」

「うっさいわね! 騒ぎたくもなるわよ。七不思議で常識疑われてんのよこっちは!」


 がうっと唸るように叫んだアニソンに、花嫁がやれやれと首を横に振った。その夕日に照る艶やかな黒髪が、ヴェールと一緒に揺れる。こうなるとめんどくさいからである。


 ちなみに夕暮れはそんな2人の間でおろおろとしていた。そのたびに夕日色の髪がひょこひょこ揺れて赤い金魚の尾びれを見ているようだと目を細めたのは花嫁の秘密だ。


「だから、俺を巻き込むなって」

「あんたのは至極まともだからいいじゃない。まあ……『劇中で結婚式をすることになった2人は恋人同士で、劇当日に殺された花婿を花嫁はいまだ待ち続けている』なんて七不思議の実際が、男女逆転ウエディングだったのには笑ったけど。でも、1番七不思議らしい七不思議じゃない!」

「うるせぇ」


 嫌そうに顔をしかめる花嫁。その顔は綺麗に化粧されており、誰も男と疑う余地すらないものなのに、花嫁は声も仕草も男だった。


 本当に当時の演劇部の子たちはいい仕事したんだなぁとほのほの笑いながら夕暮れは思っていた。しょせん他人事である。


 アニソンはその花嫁の男らしさの欠片もない顔をじっと見つめると、はぁっと息をついた。化粧もしていない、彼女の女子としての何かがいたく傷ついた気がした。


 それに何事かと顔をしかめる花嫁と、小首をかしげて不思議そうな顔でアニソンを見上げる夕暮れ。そんな2人に、アニソンは口を開いた。


「っていうか、今日って花嫁と夕暮れしかいないの? 鏡とか血まみれは? バスケはじいさんだから仕方ないとして、あと水」

「おい、バスケの扱い」

「えっと、鏡は階段上って来られないでしょ? ここ3階だし。血まみ……主張は、「原稿用紙が読めないんで漂白してくるっす」って。水はプールから出たくないって言ってたよ」

「あいつら自由人よね」

「お前もな」


 ぼそっと呟かれた花嫁の言葉が気にくわなかったアニソンは、ぎろりとその悪い目つきで花嫁をにらみあげる。飄々とそれを受け流す花嫁と、あわわと震える夕暮れ。


「は? なにか文句でもあるわけ!?」

「け、喧嘩はだめだよ!」

「別にねぇよ。俺、今日は鏡と約束があるから。これで失礼すんぜ」

「はぁ!? 待ちなさいよ……って行っちゃったし」


 すぅっと窓に映っていた花嫁の姿が消える。それを言葉で追いかけようとして、もういないことに気付いたアニソンは断念した。花嫁も結構自由人である。


「花嫁と鏡、2人で約束ってなにかなぁ」

「男2人できっとむさい約束よ。やんなっちゃう」

「アニソンったら。花嫁のこと好きならもっと態度と言葉に出さなきゃだめ、だよ?」


 あーあと肩を落としたアニソンの背中を、そっと夕暮れが撫でる。撫でながらの言葉に、アニソンはぼぼっと顔を赤くして、勢いよく肩を跳ねさせた。その様子は、夕暮れの言葉が真実であると言葉でいうよりも態度が物語っていた。


 そのままわたわたと手を振ったり顔を横に振ったり挙動不審な態度をとり続けているアニソンに、ふと夕暮れ迫る窓の外を見た夕暮れが言った。


「あ、私そろそろ時間だ。ごめんねアニソン、私もそろそろ七不思議しなくちゃだから」

「ちょっと、夕暮れまで!」

「じゃあね」


 がらりと空き教室の扉を開いて、笑いながら出ていった夕暮れの背中に。アニソンは叫んだ。


「もう! なんなのよ!」


 そうして肩を怒らせながらも、自らも持ち場へと戻るため教室を出ていったのだった。

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