【光085】穴【ホラー要素なし】

 参った·····。

 穴にハマってしまった。それも、完膚なきまでに、完全に、ハマってしまっていた。


 昨晩、酒場で冒険者達が話していた噂話に聞き耳を立てたことが、そもそもケチの付け始めだった。

 曰く、町外れの洞窟の奥深く。

 行き止まりのちょっとした広間の中で。

 古代文明ゆかりの呪文を唱えると。

 なんでも、壁面から光が差し、隠し財宝が現れる、らしい。


 馬鹿げた話だ。

 本当にそんなもんがあるなら、とっくに誰かが持ち出している。

 少なくとも、噂好きな冒険者達の口端に上ることなど有り得ない。

 ··········だと言うのに。

 急に現場が解散になってしまい、金銭的にヤバいのと時間を持て余していた事で、俺は単身ここに乗り込んで来た。来てしまった。


 洞窟の入口から約2時間、ランタン片手に狭い通路を登り下り、右に左に歩き回った挙句に辿り着いたこの部屋。

 大人10人くらいが座れば埋まっちまうような小さな空間の正面の壁に、小さな貼紙が在った。

 ·····怪しい。

 如何にも罠くさいが、逆にそんなにあからさまなワケもないだろう。

 そう思って俺は、灯りを翳しながら恐る恐る貼紙に近づいた。

 ·····読みにくいが、何か文字が書いてある。

 なになに·····?


「ウハ↓」·····?

 なんだ、ウハって·····?

 そう思いながら、もう一歩踏み出した時。

 ··········!?

 ズボッ、という音と共に、俺の体が落下した。

「うはーっ!!」

 落ちていく·····!

 と、思った瞬間、呆気なく落下は止まった。

 その穴は、俺の体がすっぽりと収まるだけの大きさだった。

 ジャストサイズ過ぎて、全く身動きが取れない。

 俺の体は顎スレスレまで埋まってしまい、両腕と顔だけが表に出ている有様。

 肩までハマってしまった為、持ち上がった両腕を回すことが出来ず、体を引き上げることもままならない。

 俺はIの字になったまま、暫し呆然としていた。

「あっ」ぼんやり貼紙を見上げながら、今更気付いた。

『ウハ』じゃなくて、『穴』かよっ!


 と、こんな風にここまでを回想してみたが、もちろんそんな現実逃避では何も解決出来ない。

 先程も言った通り、完膚なきまでにすっぽりハマった体は一切の動きを取れず、辛うじて動く腕も、肩が回らない以上、肘から下を下げてだらしないMの形態を取るのが関の山だ。

 このまま、誰かがやって来るのを待つしかないのか·····。

 こんなところにノコノコやって来る馬鹿がいるのか·····? ·····俺以外に。


「おじちゃん、何してるの·····?」

 突然、背後から子供の声が聞こえた。


 俺は回せる限界まで顔を振り向けつつ、とりあえず声だけで答える。

「見ての通り、穴にハマっちまった。

 悪いが、誰か助けを呼んでくれ!」

 すると子供の足音が尚近付いてくる。


 俺の直ぐ傍まで回り込み、しゃがみながら俺の顔をまじまじと覗き込んでくる幼女。

 茶色の髪をおさげにして、青みがかったつぶらな瞳で、興味深げに見つめられると、この状況も相まって非常に気まずい。恥ずかしい。


「おじちゃん、何してるの?」

 再び幼女が同じ質問をする。

 なんだ、この羞恥プレイ。

「·····いや、だから、穴にハマってね·····?」

「そんなことより、おじちゃん、おままごとしましょう?」

「·····はい??」

 幼女はこちらの事をまるで気にせず、小石を持って地面に何やら落書きを始める。


 転がったランタンの灯りの中、いそいそと地面に白い線を引いていく幼女。


「·····なあ、お嬢ちゃん。

 ちょっとだけ、おじちゃんの話聞いてくれないかな?」

 ·····カキカキ。

「誰か、大人の人呼んできてくれないか?

 後で、美味しいお菓子あげるからさ」

 ·····カキカキ。

「なあ、飴だって、クッキーだって」

「あなた!

 きのうはどこでアブラうってたの?!」

「·····はい·····??」

「まったく!

 ちょっとめをはなすと、すぐにあのバイタのとこにいってっ!!」

「·····お嬢ちゃん·····?」

「さっさとこれたべて、きょうこそしごといってちょうだいっ!」

 バンッ、と俺のすぐ目の前に小さな手を叩き付け、俺を睨む幼女。

 ·····ダメだこれ、聞いてねえ。


 こうなったら、幼女の気が済むまで付き合ってから、人を呼んでもらうしかねえか·····。

「·····あっ、はい。·····いただきます·····?」

「·····まったく、へんじだけはいっちょまえなんだから」

 ぐぅっ。微妙に心に刺さるな·····。

「·····ごちそうさま。·····いってきます·····」

「いってらっしゃいっ。

 ·····!あなた!!」

「ハイッ?!」

「そこはおフロでしょう?!

 ちゃんとゲンカンからでなさい!」

 そう言って幼女は、白く引かれた楕円の線を指差す。

 ·····ええー。俺、動けませんけど·····?


 相変わらず幼女は、俺に小言をグチグチと言いながら落書きを続ける。いや、家を拡張しているのだろうか·····。

 どっちだっていい·····。俺はとにかく、 ここから早く抜け出たい! ちょっとトイレにも行きたい!


 俺は幼女の罵りを受けながら、ぼんやり虚空を見つめる。

 中途半端に腕を下げていたせいで、指先に血が溜まり痺れてきた。

 本能の命じるまま、両腕を持ち上げ再びIの形になる。

 ·····するとどうだ。

 地面に描かれた白い線が突如光り出し、俺の体に収束した。

 俺に集まった光は、真っ直ぐ突き立てた両腕を通し、低い天井へとぶつかる。

 反射した光が指し示す方向の壁が崩れ、小さな穴がポッカリと口を開いた。


 ガラガラと崩れる壁面はその穴を徐々に大きくし、やがて俺から放たれている光の何倍も明るい別の輝きが、その穴から溢れ出した。


 ·····隠し財宝。本当にあったなんて。

 呆気に取られる俺を後目に、幼女がどこかに向けて声を上げた。

「みんなーっ、ひらいたよーっ!」

 その声に応え、ゾロゾロと足音が集まってくる。

 暫く後には、手押し車に財宝を載せて運ぶ子供たちがひっきりなしに行き交っていた。


 ·····俺は依然、穴にハマっている。それも、完膚なきまでに、完全に。

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