【闇030】穴【ホラー要素あり】

 少女は眠れなかった。

 畳敷きの六畳の部屋。

 部屋の片隅に小さな勉強机が有り、椅子の背には赤いランドセルが引っかけられている。

 部屋の真ん中に布団を敷き、少女は姿勢良く布団の中に身を収めている。

 カーテン越しに月の光が淡く入り込んでいて、暗い部屋の中の陰影に濃淡を作っていた。


 眠れない夜の常で、少女はじっと身動ぎせず、ただただ天井を見つめていた。

 そこには、いつからなのか、すっかり少女にとって馴染み深くなった、穴があった。

 昼には見えないが、こうして眠れない夜にまんじりと天井を見つめてみれば、度々穴が現れる。

 最初に気付いたのは、いつだっただろう。

 多分、あの夜だ。


 その夜、少女の父親と母親は、お互いの声が擦れてしまうほど大声で喧嘩をした。

 少女にとって、両親の喧嘩を見るのは初めてのことだった。

 散々罵り合った挙げ句、母親は手近にあった皿を壁に投げつけた。

 ガシャンッと大きな音を立て、皿は粉々に砕け散った。

 少女はただブルブルと体を震わせて、耳と目を塞いでいた。

 その夜、静かになった家の中でなかなか寝付けず、ぼうっと天井を見つめていた時に、その穴に気付いたのだった。

 それは、ちょうど幼かった少女の拳と同じくらいの穴だった。

 他の人が見れば、取るに足らない穴だったかも知れないし、そもそもそれが穴だとは認めない人もいるかもしれない。

 それでも少女にはそれが穴だと分かったし、少女にとってその穴は何故だか目が離せない大切な物に思えた。


 それからという物、少女が眠れない夜に、度々穴は現れた。

 不思議なことに、その穴はどんどん成長しているように思えた。

 少女の体と共に成長しているのか、少女には分からなかったが、だんだんと少女はその穴に親しみを覚えるようになった。

 なんだか秘密をこっそり共有するような、友達みたいに思えたのだ。


 ある日のこと。

 その日少女は、学校でとても嫌な目に逢った。

 同じクラスの男子が、少女が写生した絵に絵の具の着いた筆で悪戯書きをしたのだ。

 少女は悲しかったが、男子のことが怖くて何も言えなかった。

 それを見ていたクラスの女子達が、男子のことを激しく非難したが、男子はどこ吹く風だった。

 それがまた、少女は悲しかった。

 自分の事の為に、クラスの女子が何人も怒り、クラス中が大騒ぎになった事が、悲しくて怖かった。

 その夜なかなか寝付けなかった少女は、天井の穴を見つめながら、その日のことを考えていた。

 すると、穴の中に人の目がニュッと現れた。

 少女はビックリしたが、その目が自分に危害を加えないということだけは、なんとなく理解できた。

 しばらく穴の中の目と見つめ合う少女。

 やがて、目が笑った気がした。

 一瞬のことだったから、定かではない。

 けれど、少女には目が笑った気がした。

 目は穴と共に、いつの間にか消えていた。

 明くる日、悪戯をした男子は原因不明の病気で危篤状態となり、一ヶ月ほど学校を休むこととなった。


 その後、似たような事が少女の周りで何度も起こった。

 挨拶をしなかった、というだけで激しく少女のことを叱りつけた近所のおばさん。学校帰りに、いつも独りで居る少女にニコニコ笑いかけながら、肩やお尻を撫で回してくるおじさん。同じ班なのに、少女のことを一切無視してその他の子達と、楽しそうに実験や清掃活動をする女の子。

 みんなみんな、少女が穴の中の目と見つめ合った次の日には居なくなった。

 少女は、本当の友達が出来たんだと、嬉しくなった。

 穴も目も、何も喋らないけれども。


 そして今日のこと。

 再び、少女の両親が激しく喧嘩をした。

 母親が、「この浮気者!」と叫び、父親を打った。打たれた父親は、「うるせえ!」と大声を出し、母親を打った後、倒れた母親を蹴った。

 少女はただブルブルと体を震わせて、耳と目を塞いでいた。

 その後母親は何も言わずに家を出て行き、後には父親と少女だけが残った。

 少女はじっと、天井の穴を見つめる。

 その穴は、今では少女の頭と同じくらいの大きさだ。

 そうしている内にとうとう、穴の中にあの目が現れた。

 その目が、ニヤッと笑った。

 目だけなのに、少女には笑ったことが分かる。

 少女は安心して眠りについた。


 やがて、隣の部屋からバキッ、グシャッと音が鳴り始めた。

 少女は安心して眠っている。

 

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