【光035】光導くもの【ホラー要素あり】

 車は夜道をひた走る。

 上弦の月が星の光を僅かに鈍らせているが、それでも都会では考えられないほどの、圧倒的な輝きを空一杯に蒔き散らしている。

 

 なんでこんな所に作ったんだと言いたくなるような、何も無いインターチェンジで高速を降り、更にそこから民家の明かりも無い山道を走る。

 20年ぶりの故郷への道筋を辿り、まるでこの辺りに開発の手が及んでいないことを、私は思い知らされていた。

 辛うじて外灯がポツポツと立っているが、息をしていない物も多い。


 まったく、陰鬱な風景だ。

 ただでさえ憂鬱だった私の心が、どんどんと重くなっていくのが分かる。

 父の死という免れない事情が無ければ、こんな場所に帰って来たくは無かった。

 私は20年前に、全てを捨てて上京したのだ。

 …将来を誓った、病弱だった恋人すら捨てて…。

 もう結婚して、子供だって居るだろう。

 きっと幸せに暮らしてるだろうとは思うが、それでも一体どんな顔をして会えば良いというのか。

 私は頭を振り、運転に集中する。

 もう後小一時間もすれば、あの村に着くだろう。


 やがて車は、車一台が通れるほどの小さなトンネルへと近付いた。

 トンネルの中の照明は活きているのだろうか…。

 そんな事を思い、思わず苦笑が漏れる。

 トンネルの入り口がいよいよはっきりと見えた時、入り口の脇にうっすら光る物が見えた。

 最初は外灯かと思ったが、違う。

 …それは、うっすらと体が光っている人影だった。

 ……これは、いけない。

 これは、良くない物だ。とても、良くない物だ。

 私の心が、直感が、はっきりと私に警告をしてくる。

 それでも私は、その物から目が離せない。

 白い着物を着た、髪の長い女にも見える。

 全体的に光っているのは、外灯や星明かりのせいなんかではない。

 明らかに、人では、無い。

 

 その物に近付く程、心臓が痛いほど鼓動を鳴らす。

 私は、スピードを緩めずにその脇を走り抜ける……つもりだった。

 だが。

 私の足は、私の意思に反して、勝手にアクセルから持ち上がり、ブレーキの上にシフトする。

 そうして私の必死の抵抗もむなしく、車はゆっくりと、その光る物の横に停車した。


 心臓の鼓動が激しくなり、冷たい汗が背中を流れ、喉が渇ききり、口は酸素を求めて喘ぐ。

 私の目は、助手席のその先にある人影を捉えたまま動こうとしない。

 すると突然、足の力が自由になった。

 肺が息を吸い込み、ゴクリと喉を鳴らして急激に湧き上がった唾を飲み込む。

 気がつくと、窓の外の人影は消えていた。


 ふうううぅ……

 大きく息を吐き出すと、途端背中から強烈な寒気を感じた。

 恐る恐る振り返ると、先ほどの光る人影が、運転席の後部座席に居るでは無いか。

 再び呼吸を止める肺。

 あろうことか、今度は独りでに足がアクセルを踏み込む。

 グンと慣性の力が働き、私はシートに背中を押しつけながら、慌てて前を見てハンドルを切った。

 照明の無い、真っ暗なトンネルの中、ヘッドライトだけを頼りに私は必死に運転する。

 後ろを気にしないように、後ろを振り返らないように。

 震える手で痛いほどハンドルを掴み、荒い息で私は車をコントロールする事にだけ、意識を集中させようとした。


 永遠にも思える時間を経て、車はトンネルを抜け、木々に囲まれた山道へと戻る。

 もう間もなく、登りも終わる。

 いつになったらこの人影は消えるのか――

 そんなことが脳裏を過った時、私の耳許で、女の声が囁いた。

「おかえり、ユウ君。

 やっと、帰って来てくれたのね」

 

 ひっ……!!

 再び心臓が止まりそうな驚き。

 思わず私は運転のことも忘れ、真後ろを振り返ってしまった。

 そこには、燐光の様な物を纏った青白い顔の女――

「お前……まさか……ミユキ……」

 擦れた声で呟いた私の声は、どこか遠くで聞こえる。

 女は、うっすらと笑う。

「ずっと、待ってたのよ……」


 ……そうか。もともと病弱だったのだ。

 あの日、別れを告げた恋人がもうこの世に居ないことを知り、私の胸は激しく締め付けられた。

 もう捨てたのだ、戻りたくない、そんな詰まらないプライドの為に、私はこんなにも大事なことすら知らずに居たのだ。

 いつの間にか涙が溢れていたが、私は運転に意識を戻した。

 村に着いたら、篤く供養しよう。

 父親にも別れを告げられなかったが、同じようにその死を悼もう。

 そう心を新たに、車は下りのカーブに差し掛かる。

 

 ……アクセルが、緩まない。

 ……アクセルから、足が持ち上がらない。

 ……ハンドルが、切れない。

 スピードが、グングン上がる。

「もう、これからはずっと一緒だよ……?」

 ガードレールが迫る。

 ガードレールが迫る。

 ガードレールが迫る。

 ガードレー



<了>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る