Stardust ~短編集~

秋月創苑

第4回 匿名短編コンテスト・光VS闇編

【光029】輝く聖剣



「…………さい、勇者よ……」

 ……どこか遠くから、誰かが俺を呼んでいる気がする……。

「……さい、めざ……」

 ……とても、綺麗な声だ……。ずっと聞いていたくなる、心の底から安心出来る声……。 誰だろう……気持ち良い……もう少し、このままで…………


「……い、勇者!…目覚めなさい、勇者よ!」 

 ひっ、怒られた!

 あまりの剣幕に、俺はガバッと身を起こした。

 慌てて左右を見回す。

 

 …どこ、ここ?

 周りは見渡す限り、緑に囲まれた草原。

 小さな起伏がいくつもあり、遠くには森が繁っている。緑の絨毯は背の低い鮮やかな色合いで、ゴルフ場の真ん中にでも居るような錯覚を覚える。

 ……そもそも、俺はついさっき事故に遭って……。


「……ようやく目が覚めましたか、勇者よ」

 傍らから美しい、だがどこか緊張感を誘う声が聞こえた。

 先ほどから俺を呼んでいた声。

 見上げた視線の先には、神々しいオーラに身を包んだ美しい女性。

 

 一目見て、理解する。


 ――ああ、女神さまっ。


 それは人知を超え、万物を統べる存在モノ


「勇者。貴方は不遇の死を迎えました。

 ですが、慈悲深い神の思し召しで、貴方に幸運なる栄誉が与えられました」

 ……栄誉?

「貴方には、悪逆を尽くす魔王を打ち倒す栄誉を授けましょう」

 ……魔王? ……打ち倒す……?


「いや……いやいやいや!

 無理です、女神様!

 俺! 何にも! 特技とか!」

「心配は要りません、勇者よ」

 ニッコリと微笑む女神様。

 ……ああ、美しい……。魂が癒やされる…。

 って、そうじゃない!

 完膚なきまでの一般ピープルたる自分が、魔王? ……勇者?


「女神様、私にはそんな大それた事は」

「勇者、少しは人の話を聞きなさい…」

 俺の必死な嘆願に強引に言葉を被せてきた女神様の声には、はっきりと苛立ちが紛れていた。

 その強烈な圧力に、思わず俺の声は力を失う。


「良いですか、勇者よ。

 神だって何の取り柄もないクソ雑魚貧乏人に無理強いする訳ありません」

 …何だか今、聞こえちゃいけない言葉が混ざったような…。

「ちゃんと、貴方には神の恩恵を授けます」

「…おお! そ、それはもしかして!

 強烈なスキルとか、強力な魔法とか!」

「…ええ。

 神の力を宿した武器…神器です」

「ふぉおおぉ…!」

 厨二展開、キタコレ!!

「ご覧なさい」

 

 女神様が腕を翳すと、眩い光が辺りを覆った。

 なんて神々しい光なんだ…!

 俺のテンションも激しく上がる!


「…これが、聖剣○○です」

「おお! これが! 聖剣○○ですかぁ!

 …………○○?」

 なんで、伏せ字?

「この聖剣は、今はまだ形も名もありません。

 これは、持ち主が思い描く武器のイメージを具現化させる物です。

 ……さあ、思い描くのです。

 貴方の思う、最強の剣を……!」


「……なんと。では、私がイメージすれば、聖剣エクスカリバーとかアロンダイトとか、選び放題なのですね……!」

「もちろん。

 ……ただし。持ち主が明確にイメージできる物に限ります。チャンスは一回だけ。

 慎重に考えなさい」

 

 明確にイメージできる物……。

 俺は女神様の差し出すその光、概念その物を両手に受け取り、強く念じる。

 

 イメージするのは最強の剣。

 アニメで見た、あの聖剣の輝き……。

 全てを……焼き尽くせ……!

 

 ………………何も、起こらない。


「……勇者?

 私、言いましたよね? 明確にイメージ出来る物、と。

 変な中二心起こさずに、堅実になさい」

 にこやかな微笑みを崩さずに、明らかな怒りをぶつけてくる女神様……。

 ……はい。堅実に、堅実に……。

 

 だがしかし、魔王を倒し得る武器だ。生半可な武器などで太刀打ちできるものだろうか?

 サーベル、日本刀、戦斧……俺は今まで映画などで見た、あらゆる武器を思い出す。

 何だかどれもパッとしないような……。


「勇者。私、忙しいの。待ち合わせなの、これからショッピングなの。

 ……早くなさい」

「……女神様?

 あのその、早くと言われましても」

「シャラップ。早く!

 ……仕方ない、手伝ってあげますから」

 そう言って女神様は、徐に貫頭衣の裾を捲り、真っ白な太股を露わにする。


「め、女神様……!?」

「…チッ。ここまでしたのに反応しないとか…。童貞ですか」

「やめてください、女神様!

 それじゃ性剣になってしまいます!」

「いいから! さっさと考える!」

 ……何なの、この女神様。怖いです、怖すぎます。


 俺は必死に考えようとする。だが、さっき見た眩しい肌が脳裏をチラチラ過って集中できない。


「ほらほら早く。いくらでもあるでしょう?

 身近で、凶器になるような物なんて。

 バールのような物とか、鈍器のような分厚い本とか、混雑した駅で振り回す傘とか、お盆近くのりんかい線の車内の」

「女神様!

 女神様、お願いです、ちゃんと考えますから!

 ……少しだけ黙っててください」


 俺が必死に頼むと、不満たらたらの顔ながらも渋々口を閉じてくれる女神様。

 よし、今のうちに考えろ、俺!

 女神様の我慢が限界迎える前に……!


 しかし。冷静に考えると、俺は魔王を見たことがない。

 相手は自分よりも遙かに大きい体格の可能性もある。

 そう考えると、禄に武道の心得もない自分が、全うに戦えるはずもない。

 とすれば、柄の長い武器とか、そう、ビームなんかで距離を取って戦える物がいいんじゃないか?!


 そう閃いた時。

 俺の手の中の光が、一段と強く輝いた。

 おお……!

 それは徐々に形を作る。

 そして……!


 俺の手は、俺の背丈ほどもある長柄の武器……いや、長柄のソレを持っていた。

 

「高枝切り鋏ー」

 

 俺の脳内に、懐かしい猫型ロボットの声が聞こえた気がした。

「よしっ、完了!

 ……では勇者。次は魔王城で逢いましょう」

 そう言って、女神様は涼やかな笑顔で消えた。


 あの……これ……剣じゃないですが…………

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