夏の夜、雷の日

KEN

 

 ずがあぁぁん!


 轟音が部屋を揺らし、窓が眩しく輝いた。と思う間もなく、部屋は真っ暗になった。続いてガラスを叩き出す雨音。それを聞いてようやく、私は落雷で停電した事を理解した。夏の雨は本当に気が滅入るものだ。

 ひとまず照明代わりにスマホのライトを点ける。そして部屋をぐるっと見回し、安全を確認する。高校の参考書、趣味の本、シンプルな装飾のベッドと真っ赤な掛け布団、可愛らしい縫いぐるみ。どこもおかしな場所はない。


 私はそのまま廊下へと出た。下へと続く階段が、地獄へ続く深淵のように暗く大きな口を開けている。だが足元さえ明るくしてしまえば、さして問題にはならないのだ。私はそう言い聞かせた。

 左手を壁につけ、右手のスマホで足元を照らし階段を下りる。

 ギシッギシッ。

 規則正しい軋み音が耳に心地よい。ずっと聞いていたいくらいだ。

 一階に着くと、左右に伸びる暗い廊下が私を出迎える。私は左へ曲がり、台所へと向かった。


 夏は苦手だ。汗とか湿気とか、そういうのが耐えられない。服が肌にはりつくあの感じが駄目なのだ。早くシャワーを浴びないと。


 扉を開けると、薄暗い空間にぼんやり浮かぶテーブルと椅子が目にとまる。この家はいわゆるダイニングキッチンとなっているのだ。

 椅子には男が一人腰掛けていて、テーブルに突っ伏している。傍らにはビールの瓶とコップ、そしてサラミとチー鱈。

 私はそれを無視して流し台へと向かった。

 私はライトをつけたスマホを置き、流し台に放置してある包丁を手に取る。そしてその場にしゃがみこんだ。そこには女性が一人倒れていた。エプロン姿で、つい一時間前までここで夕飯を作っていた小柄な女性だ。


 私は包丁を振り上げ、無感情に何度も振り下ろした。何度も何度もやらないと、もう少ししか出てくれないから。

 何度かぶすぶす刺していると、勢いは弱いものの、ぬるりと生暖かい液体が顔や首筋にかかった。ああ、気持ちいい。なんて気持ちのいい贅沢なのだ。酒とか煙草とか、ドラッグでトリップするとかじゃあ、この感覚は味わえない。理性を保ち本能をぶっ飛ばす、この感覚はたまらない。

 唯一残念なのは、手元が暗すぎて現状が見えない事だ。もし明るかったなら、血の気が失せた女性の麗しい顔、そして美しく飛沫を上げる人間の血を拝めた筈なのに。

 だが、シャワーを浴びる事は出来たので満足だ。ブレーカーを下げる必要もない。この家にはもう不要なものだから。


 包丁を流し台へ戻しスマホを手にすると、私は裏口へとまわりこんで扉を開けた。外は猛烈な雨。傘も差さずに外へ出たものだから、身体についていたものが一気に流れ落ちてしまった。雷の音もまだ遠くで聞こえている。


 夏の雨は気が滅入るものだ。

 ああ、電気がついているおうちで、またシャワーを浴びなくては。

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夏の夜、雷の日 KEN @KEN_pooh

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