3-13
“ポーター・ランソン”と名乗っていた老人は、誰よりも早く町に繰り出すと辺りを見渡して、辺りで一番高い建物に目を向けた。
その建物の上から何階か目の窓がちかちかと光るのを確認し、そこに向かって歩き出す。
すこし運動をするだけで、骨は軋み筋肉は悲鳴を上げる。
肩に担いだMk.11のスリングは皮だけの肩に食い込み、厚手の防寒具は鎧のように重たい。
泥を詰め込んだかのように地面にへばりつく靴を必死に持ち上げて前に進む。
そして、それは目的地のマンションについてからも続く。
痙攣する肺を慰めるように深く息をつきながら、何度も階段を上って塗装の剥げたボロボロのコンクリートの廊下をよろよろと進む。
その先にある、扉の無い部屋の奥に、その少女はいた。
「疲れましたか?」
少女は伏せた姿勢から体を起こすと老人に向き直る。
後ろで一つ結びにした銀髪が揺れて、ガラスの無い窓から射す淡い光がきらりと揺れる。
淡く、控えめで、繊細な印象を抱かせる少女は老人を前に姿勢を正すと敬礼をした。
「お疲れ様です。いまジェリーさんが戻ってくるので」
「ああ」
老人は生返事をすると、近くに倒れていた木製の椅子を立たせて座る。
「大丈夫ですか?今お水を――ッ!」
あわあわと近づく少女の頭に皺だらけの手を乗せると、ゆっくりとその冷たさを感じながら
「ありがとう。助かったよ」
と、老人は言った。
少女は魚のように口をパクパクさせていたが、やがて絞り出すように
「お役にたてて、光栄です」
と答えた。
老人から顔をそむけて、部屋の隅に置いてあるリュックに向かう少女を脇目に、老人は窓の近くに二脚で立てかけられている狙撃銃を見た。
Mauser M1918またはTankgewehrと呼ばれたその狙撃銃は、世界で初めて開発された対戦車ライフルにして、現代の対物狙撃銃の祖先。
当時主流のライフルを、単純に巨大化しただけのそれにはマウスブレーキもスコープも付いていない。
しかし、その中身は現代の対物ライフルと比べても遜色ないものになっている。
そう弾数は一発ではなく五発まで装填可能な上、銃身の損傷も少なくなるように作られている。それに加えて、体格の小さい物でも扱えるように木製のストックが削りだされ、グリップも変形している。
でも、それだけだ。
極端に言えば、この銃は極力変更を加えられていない。
第一次世界大戦のライフルを第二次世界大戦初期規格にまで引き上げただけだ。
老人が初めてこの少女と出会った時、彼女はこの銃で老人の部下を救った。
そして敵は、文字通り虐殺された。
「これ、水です」
「ああ、ありだとう」
「い、いえ……」
今回も、彼女に助けられた。
少女はこの距離からスコープを使わずに老人と、列車に乗り合わせた他の人間を助けたのだ。
この少女は老人を助けたつもりしかなかっただろう。
「あの、それで」
「ん?」
「どうでしたか?その、今回の任務は」
「ああ、つつがなくって感じだな」
「もう少し、丁寧に説明していただけませんか」
声をかけたのは少女ではない。
老人の後ろに立っていた中年の女性だ。
「ジェリーさん。お疲れ様です。」
「ええ、そちらも。チー、私も水貰っていい?」
「あ、はい、今」
スーが再び荷物に戻るとジェリーと呼ばれた女性隊員は老人の前に立つ。
「どうでした?状況は」
「対象aは非常に良好。bは不手際で回収不可能になってしまったが、むしろ対象aの有用性を裏付けることになった。と、言っていいだろう」
「でしたら、速く接触を図った方がいいのでは?」
「それも考えたが、やはり他の状況を見ておきたくてな」
「そんな余裕はありません。我々には時間が無いんですよ」
ジェリーは焦ったように声を上げる。
老人はそれを手で制すると
「焦ったところで目的が達成されるわけではない。今は堅実に礎を固めるべきだ」
「しかし……」
「それに、目的を達成したところで世界はやがて終わる」
「――!」
ジェリーが強く唇をかみしめる様子をチーは不安そうに見つめていた。
老人はジェリーに見えないようそちらにウィンクをすると
「だが、俺だって目的を諦めたわけでない。とにかく今は任せてほしい」
立ち上がってジェリーの肩に手を置いた。
「お願いします。あなたの手には――――アメリカの再建がかかっているのですから」
米国中央情報局(CIA)・元局長。
現在では新設された対内外特殊作戦行動部(O‐STAD)隊長。
通称・開拓者――それが、この老人の正体だ。
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