3-12

 駅に到着するまでに、ジョンは一回だけ目を覚ました。

 ジョンは少しでも休むように言ったけど、私はなかなか休めなかった。

 あんなにも心臓が加速したのはとても久しぶりだと思う。

 あの時、あのままジョンが死んでいたら私はどうしていただろう。

 今までそんなこと考えたことなかった。

 でもあの瞬間、確かにジョンが死んだあとのことを考えた。

 目の前に立ちふさがる敵を捌きながらジョンがいなくなった後に何をするか考えた。

 でも、そこから先の思考は真っ暗な闇に呑まれて消えた。

 何も考えられなかった。

 ジョンと出会ってからそこまで時間が経ったわけじゃない。

 でも今ではジョンと出会う前の記憶が霞んで見えるほどに、ジョンは世界のいろんな物をただの物ではないと教えてくれた。

 世界は決してセピア色ではないと教えてくれたのだ。

 どうしてそれらが綺麗だと言うのかは今でもわからない。

 でも視界の端で消えていくような退屈なものではないということだけはわかる。

 それを教えてくれたのはジョン以外の誰でもない。

 そんな日々が消える可能性を今の今まで考えたことすらなかった。

「これから――どうしたらいいんだろう…………」

 横になり目を瞑るとジョンと初めて出会った景色が目蓋の裏に思い浮かんだ。



 小さくて、少し冷たい手に揺さぶられてゆっくりと目が覚める感覚が体を襲う。

 泥のように重たい体が徐々に感覚を知覚し、太腿から腕に掛けて一直線に激痛が走り覚醒へと誘われる。

「ついたよ、ジョン」

 体を揺さぶっていた冷たい手の持ち主は、スーだった。

 体を起こすと上半身が列車から外に出て、凍てつく風と薄い空色から射す日差しが体を包んだ。

 少し前まで空には厚い雲があったがまるで嘘のような晴天。

「ひょっとしたら、何十年に一度になるかもしれないんだと。天気の学者さんが言ってた」

 ジョンの目下。プラットフォームに立って空を眺めていたコミスが、ジョンが感心して空を見上げている様子を見てそう言った。

「調子はどうだ?」

「何とも言えん」

 ジョンは辺りを見渡した。

「これからどうする?」

 コミスはくしゃくしゃになった煙草を取り出すと、火をつけて吹かす。

「あの人は……」

「報酬を受け取るなりどっか行っちまったよ。待ち人がいるとか言ってな」

 煙を吸い込んだコミスは「最初から最後まで胡散臭い爺さんだ」とぼやいている。

「俺は、とりあえずは帰るつもりだ。戻りの列車でな……どうせ行くところもないんだし。どうだ、ついてくるか?」

「いや、あぁ――どうしたい?スー」

「んー」

 のんびりと空を眺めていたスーがジョンの方を向いた。

「行きたいところとか、見たいところはあるか?」

「ん〜」

「俺ができる範囲でなら、なんでも言っていいぞ。今回はいろいろ迷惑かけたしな」

「そ、そんなことないよ!ただ……」

「ただ?」

「んん〜」

 スーは煮えきらないように、面白く体を曲げている。

 その答えが出てくるまでジョンはのんびり待つつもりでいた。

「それに……俺も流石に疲れたな」

 その口からは、誰にも聞こえない長期休暇の要望が漏れていた。

「じ、じゃあ!」

 コミスが短くなった煙草を床に捨て踏み潰した後、拾ってポケットにしまおうとした時、スーは再び声を上げた。

「決まったか?」

「う、ん」

「どうする?」

「えっと……ジ、ジョンとまた――あれが見たい……かな」

「あれ?」

「あの、アラスカの……光る……」

 そこまで言うと何故かスーは下を向いてもじもじしだした。

「あぁ、オーロラか」

「それ!」

「そうか。じゃあ、そうするか」

 ジョンはスーの頭を優しくなでてからゆっくりと立ち上がった。

「アラスカか……じゃあ一旦戻るのか?」

「いや、一度南に下ろうと思う。向こうに行く前にニホンに寄ってやりたいことがある。それからでも構わないか?」

「うん!」

 ベッドから降りたジョンが頭上のスーに尋ねると、スーは元気よく応えた。

 ジョンはバックパックを開け、少し減った中身の整理をするとスーを連れて列車の外に出る。

 簡素な駅には二人組の軍人がそこかしこに歩き回っており、入れ替わり立ち代わりに歩き回って周辺を見渡していた。

「じゃあ、達者でな」

「ああ、そっちも」

「“勝利の女神様”も、元気でな」

「私はそんなんじゃないよ」

 コミスはスーの頭に手を延ばそうとしたが、途中でやめて二人に背を向けて反対の列車に向かって歩き出した。

「じゃあ、行くか」

「うん」

 ジョンはFALを肩にかけ、しばらく同じ電車に乗っていた例の兵士を探す。

 似たような背格好の同じ軍服姿が何人もいる駅では探すのに時間がかかるかと思われたが、彼は駅の入り口に立っていた。

「ああ、目が覚めたのか」

「世話になりましたか?」

「いいや。死ぬとは思ってなかったからな」

「そうですか……それで――」

「ああ、報酬だろ?聞いてるよ」

 兵士は傍らにいたバディに持ち場を任せると「ついて来い」と言って二人を先導した。

 駅の、元々従業員が使っていたであろう一室に入り、さらに奥のロッカールームらしき場所に案内されるとそこには食料等が保管されていた。

 その部屋の隅にあるビニール袋を引っ掴んだ兵士はそれをジョンに突き出す。

「確認してくれ」

「……確かに、というか少し多くないですか?」

「その分は、まあ謝礼みたいなものだ」

「謝礼?」

「あの時、襲ってきた連中。駅で足止めしてきた連中と同じらしい」

「ああ、なるほど」

 ここ最近のこの線路での盗賊被害の大半は、あの勢力の影響だったのだろう。

 しかし、今回ジョンたちがその組織を壊滅に追い込んだため、しばらく大きな被害は出ないと軍が読んだのだろう。

「まあ、助かったよ」

「いえ、こちらこそ」

「他に何かあるか?」

「あーでは、電話とかありませんか?なければ無線機でも」

 ジョンがそう言うと兵士は顔をしかめた。

「携帯電話?どうしてそんなもの」

「車を呼びたくて」

 そこまで言うと彼も察したらしい。

「『ロッカー』か」

「はい」

「無線機ならある、が」

「機密性は、保証しますよ」

「それは知っている。噂は有名だしな」

 ジョンが諦めようかとした時だった。

 兵士は「ちょっと待て」とジョンを手で制し、倉庫代わりの室内を歩き回ってあるものを掘り出した。

「それ、やるよ」

「いいんですか?」

「それは軍の払い下げの旧式品だ。使えない訳じゃないから念のために置いてあるだけだ」

「……ありがとうございます」

「いいから行け。もう二度と会うことはないだろう」

「ええ。では」

 ジョンは兵士から受け取った大きな通信機を持って駅から発つ。

 スーと共に駅から一キロほど道路を歩き、通信機を使って特定の周波数を三回繰り返してかけてから自分の車を持ってくるように依頼した。

 二人が再びミニに乗るのは、そこから二十五キロほど歩いた後の事。

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