3-8
「た……助かった……」
左右の壁からびゅうびゅうと風が吹く列車内で、コミスがへたり込むのを筆頭に皆が息を吐いた。
兵士は運転手にどこかで止めて点検をするように指示を出し、ポーターは借りていたペチェネグの状態と残りの弾数を確認している。
列車と応戦していた三人はベッドを溶接している縦の鉄壁と廊下の間に身を隠して何とか攻撃を凌いでいたらしい。ジョンとスーが乗り込んだ時は酷く狭かった。
スーは堂々とベッドの間に飛び込んでMG42を伏せ撃ちしていたが
「怪我は?」
「ううん。なんとも」
と言った具合に掠り傷が数ヶ所散見されるくらいで済んでいた。
その掠り傷と言うものもスー基準での話だが、消毒をして清潔な物で覆えばすぐに治るだろう。
問題は別の方に合った。
「なんだか、酷く疲れた――久しぶりに死にかけたしな」
立ち上がったコミスは「少し寝る」と言ってコンテナに向かおうとしたが、足取りはおぼつかず、すぐに兵士に引き留められた。
「おい、何だこの傷!ちょっと見せろ!」
コミスの右腕の袖には赤黒い染みがべったりと付着しひたひたとしていた。
「え?俺、こんな深い傷を――」
「座れ」
ジョンがすかさず傍についてバックパックを開けた。
消毒用の酒(アルコール95%)で血を拭き取り状態を確認すると、コミスの右腕には深い溝が走っていた。
「よかった。弾は掠めただけみたいだな」
「掠めたってお前、ほぼ貫通したようなもんじゃねえか」
「あの時に比べればマシだろ」
ジョンは手早く縫合用の針と糸を取り出し、丁寧に消毒して縫い始める。
「下手だから傷跡は残るぞ」
「いっ!――痛ってえよ!もっと丁寧にやってくれ!」
「目が覚めるだろ」
そうして、負傷者一名で済んだ戦闘は、誰もが認める大勝利だった。
縫合が終わったコミスは列車に積んであったわずかな抗生剤を飲んでからコンテナに向かった。
しかし、再び静まり返った車内に一発の乾いた銃声が響いた。
「何だ!」
「軍人さん!」
兵士の声が寝台車に飛び込んできた二人目の運転手の声と被った時、彼の顔はただでさえ蒼かったというのに、さらに色を失いふらりと座り込んでしまった。
「どうした?何があった?」
「学者さんの一人が――」
ジョンとポーター、コンテナ車を飛び出してきたコミスはそれだけで状況を察することができた。
兵士は念のためにと確認をしに行った。
「ま、一人で済んだのが幸運だな」
「このまま、増えないといいですね」
そう言いながらジョンは立ち上がり床に散らばった薬莢を足で払い、自分のベッドに散らばった壁だったものなどをどかす。
そして
「大丈夫?」
「あ、ああ」
ふらついたところをスーに支えられた。
「なんだお前さんもか」
「いや、怪我はしていないんだが……俺も想像以上に疲れているらしい」
コミスが言っていたように、ジョンもまたここまで追い込まれたのは久しぶりだった。
それでも銃を持ち、駅で戦っている時は自分でも驚くほど冷静で頭が働いた。
それは包囲されて背中で爆弾が拍動している時でもだ。どうにかすることだけを考えていた。
結果としてスーが包囲を破ってくれたのが救いだった。
そして列車にたどり着き、何とか危機を脱して緊張の糸が途切れたのだろう。
大きな戦闘の後はいつもこうだったが、今回は特に酷い。
ジョンはスーに促されるままベッドに座るとポケットから白い塊を三つ取り出すと口に放り込んだ。
熱と湿度の高い場所ではポケットで保存できないのが難点。
「ブドウ糖は今も昔も貴重品なんだけどな」
ジョンはぼやいた。
「少し休め。とりあえずは、そこのお嬢さんと俺で――いやアイツも含めて見張っといてやるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
いつも、こうだった。
いつからか、戦場では勝つことよりも死なないことが優先されていた。
作戦の成功よりも、生き残ることの方が優先されるようになっていた。
ある意味ではそれは、命を懸けて作戦を成功させるより難しい事だった。
死ぬことなど許されなかった。
だから頭を使って、使って、使いまくって生きてきた。
いつしかそれはこの時代で死ねない体を作っていた。
どれだけ追い詰められても、心がどれだけ諦めようとしても、脳が、体が、本能がそれを許さない。
だからこうして、極限まで追い詰められた脳はフル回転し、心身に想像以上のダメージを与える。
戦闘が終わって緊張の糸がぷつりと途切れるといよいよ蓄積されたダメージが発揮される。
最初こそこれに耐えられず、数時間動けないこともあった。
だが、それでは当たり前のように連続する戦闘に耐えられないと、すぐに体は順応し、少しの仮眠とブドウ糖の摂取で回復できるようになった。
それでも全快とまではいかないが。
ジョンは仮眠のつもりで鉄の床についた。
しかし予想以上に体と脳が疲れていたらしい。頭が床についたと同時に深い眠りに落ちた。
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