3-7
線路を見下ろせる窓に銃口だけを乗せて、少女は細長く黒い鉄パイプのような機関銃を構えていた。
四百メートル先の列車から一人の男と見覚えのある少女が飛び出し眼下のプラットフォームに張り付いた時、隊長以外は余裕の息遣いをしていた。
だと言うのに、少女が走りだし、男が動き出した途端。皆一様に慌てふためくのだから不思議な話だ。
列車を捨てて全員で突入してこない時点で、何かしらの裏があるのは明白だったろうに。
機関銃――MG42を持った少女は、あの姉が一直線でこちらに向かってきていることを直感で感じ取っていた。
男を探したり、見つけて殺されて、また探したりと騒がしい通信機を切り替え、隊長にその旨を伝える。
隊長は一騎打ちでもいいから必ず倒せと命令した。
だから彼女は、シーリゥと言う名の機関銃手は駅の奥へと進み左右を店に挟まれた駅内の大通りへと駆け込んだ。
スーは、もちろん他の姉妹やシーリゥ同様にあらゆる武器の扱いに長けている。
しかしスーは姉妹たちの中で最も近距離戦闘が得意であり、あの非人道的散弾銃と銃剣と肉体を駆使した戦闘は姉妹たちの持つ特異な身体能力を誰よりも発揮していると言える。
それは最早、CQB(市街地や屋内等の閉所で行われる歩兵戦)の域を超えて殴り合いの白兵戦レベルだ。
そんな相手に長く取り回しの悪い機関銃で正面から戦うのはあまりにも不利。
もちろんシーリゥとスーの持つ武器が同じならば、互角に戦い引き分けでどちらも死ぬことができるだろう。
だが、今回は互いに互いの必殺距離を奪い合う戦いになる。
そうなれば勝負は時の運。だからこそ、シーリゥは己の蜘蛛の巣にスーを引き込む必要があった。
からん、からん、と独特の音を立てながらシーリゥは通りの突き当り。道が分かれる暗い影に潜みじっとその時を待った。
足音はしない。しかし小さな殺気が路地を飛び出した。
その瞬間、電動鋸が火を噴き小さなシルエットを穴だらけにする。
「――チッ!」
しかしシーリゥの表情は明るくなかった。
「やっぱり。シーリゥでしょ……久しぶりだね」
奥の窓から薄明かりが差す路地で、そんな声がした。
スーは飛び出す瞬間に地面を蹴って身を引き、代わりに自分を包んでいたストールを通りへ投げたのだ。
窓の薄明かりでシルエットとなったそれをシーリゥは撃ちぬいた。
それを目視した瞬間にスーでないとわかったのに、体が結果を急いだのだ。
「そっちこそ、生きていたとは驚きだ」
シーリゥは素早く銃身を引き抜くと、腰を巻くスカートのような銃身たちの中の一本と交換し、差し込んで固定する。
MG42はその驚異的な連射速度故に、銃身の摩耗が速い。
しかしそれをカバーする、ワンタッチで銃身交換が可能な機構は当時も今も脅威的である。
ベテランならば三秒。シーリゥならば二秒で交換が可能である。
「他の皆はどうしてるの?」
「知らないね。どっかでくたばったか、こうして私たちのように殺し合ってるだろうよ」
あの時のように。とは言わなかった。
スーは通りに繋がる角で様子を窺っていた。
鼻につくのは、確かに火薬と化学薬品の臭い。
間違いでなければ、一瞬見えたのはトラップの類のワイヤー。
しかし通りにはシーリゥが連射した機関銃の硝煙の臭いと焼ける火薬の臭いが充満し、思うようにトラップの軌道が読めなかった。
直感が告げているのは、間違いなく左右に伸びる店の群れに張り巡らせてあるという警告。
あと少し、スーの俊足が早ければこの巣に逃げ込まれずに済んだ。
とは、後悔しても無駄なこと。
「シーリゥは誰と一緒に旅をしてるの」
「旅?旅ってなんだ。お前そんなことしてるのか」
シーリゥはずっと通りの奥で待ち構えている。
次は確実に外さないと言う意志だけは、悟られないように気をつけていた。
スーは一度チャンバーから全ての散弾を取り出すと、フィッシングベストに縫い付けられたショットシェルポーチを開ける。
中から取り出した別の散弾を詰めると、今度は別のポーチから片手大の円筒を取り出した。
「どうした?万策尽きたか?」
シーリゥは狙いを路地から通りに繋がる天井へと向けていた。
いつものスーならば、脚力を生かして敵を翻弄して接近してくる。
数メートルの高さなら、壁だろうと天井だろうと彼女の盾となり武器となる。
そうして殺されてきた人間を、何人も見てきた。
だから、スーならば天井を蹴りながらこちらに向かってくると確信していた。
しかし答えは違う形で示された。
バシュッ!バシュッ!と奇妙な発砲音が鳴った。
暗いはずの店がちかちかとひかりだし、その灯りは徐々に大きくなっていく。
「おいまさか――」
見間違いでなければ、あれは炎の類の光だった。
となれば、スーが角に身を隠して対角線に位置する店に撃ちこんだのは間違いなく“ドラゴンブレス弾”だ。
それは、十二ゲージ散弾銃用の焼夷弾。威力は低いものの、マグネシウムの延焼作用は危険の一言に尽きる。
前時代では多くの国で所持が制限・禁止されていた。
「まずい!まずいぞ!」
シーリゥは思わず立ち上がった。
銃口を下ろした。
そして気づいた。
その一瞬の隙を、彼女が逃すわけがないと。
「――――ッ!」
まさに一瞬。スーは目の前まで詰めてきていた。
店の炎が罠に引火し、爆発するのと同時だった。
銃剣は確実に首を狙っていた。
後ろに引いて避けるか?
否、その選択は間違いなく悪手。
シーリゥはスカートのように広がる銃身の中から一本を左手で引き抜くと上半身の力を使って振りかぶる。
銃剣と銃身が交差する瞬間、空中でスーの動きが止まる。
逆手で持った銃身を銃剣に圧されるがままに捨て、右手で持ったMG42で腹を殴ろうとした。
スーは馬鹿力でこのまま押し切ろうとするに違いない。
そう考えていたはずなのに、スーは呆気なく飛び退く。
空中で体を反らして、後退。その時、シーリゥの目の前に何かが投げられていた。
彼女の動体視力がそれを見逃すわけがなかった。
「しまっ――」
耳を劈く爆発的な高音。顔面で焼けるくらいに白く光る物体。
スーは自爆覚悟で自分とシーリゥの顔面の前にフラッシュバンを投げ込んだのだ。
スーにとっての自爆とは、すなわち相手だけが被害を受ける肉薄攻撃。
目を瞑って発光を回避したスーは、空中のそれを潜るように地面を這ってもう一度攻撃を仕掛ける。
今度は衝撃力より確実性を重視した肉薄射撃。
トレンチガンの三発目にはダブルオーバックが詰まっていた。
これをゼロ距離で腹に食らって死なない獣はいない。
「あまいんだよ!」
しかし、銃弾はシーリゥのすぐ後ろの柱に大きな穴を開けるだけだった。
シーリゥは片目を開け、トレンチガンの銃身を蹴り飛ばした。
フラッシュバンが爆発する瞬間に片目だけ守ったのだ。
スーは背中に向かって振り下ろされるMG42を、体を回転させて避けた。
着地したスーを二本目の銃身が襲う。
スーはそれを、銃床を振り上げて弾くと体を起こして振りかぶる。
シーリゥには銃床による二撃目がくるとわかっていた。
だから次の瞬間、自分の体から鮮血が上がっていることに理解ができなかった。
「え?」
鎖骨が作るくぼみに深々と銃剣が突き刺さっていた。
その時から反撃をするか、なぜ自分が刺されたのかを考えるのかで思考が混濁した。
気づけばシーリゥは床に倒れていた。
「な……ぜ……」
自分の傍らには、スーのトレンチガンが落ちていた。
理解にそう時間はかからなかった。
自分から冷たい銃剣を引き抜いたスーが、店に広がる炎の横に立っていた。
スーはトレンチガンを振りかぶると同時に体で隠し、銃剣を外してタイミングをずらす。
その判断を一瞬でやってのけたのだ。
昔、ある姉は言っていた。
姉妹たちが戦う場合、戦力そのものが拮抗してしまうから勝ち負けは個人の戦略性。つまり殺しの読み合いになるのだと。
そして、彼女はこうも言っていた。
「ま、スーはそんなことしなくても十分に強いんだけどね」
スーは、姉妹たちが行う何百分の一の思考の世界を直感だけで潜り抜けてしまうのだという。
しかし、シーリゥは気づいていた。
スーは確実に考えるようになっている。
それに彼女が気づいているのかどうかはわからない。
それを成長ととるのか、退化ととるのか。
それは、これから彼女と戦う姉妹に委ねればいい。
「これは……荒れそうだな」
シーリゥは死の淵にそう呟いたのだ。
ひょっとしたら、スーは姉妹を喰ってまわるかもしれない。
そう思ったのだ。
スーは絶命した妹を見ていた。
何も感じない。それは、いつものことだったから。
姉妹でなくとも家族と殺し合うことなど、彼女にとっては日常茶飯事だった。
それでも、見知った誰かを指した手の間隔は久しく忘れていたものだ。
スーはトレンチガンに着剣すると、MG42を拾い上げ代えの銃身を二本、腰のベルトにさす。
トレンチガンは背中に掛け。死体の背中に下敷きになっていた予備弾倉を二つ持つ。
来た道を戻り、おそらくシーリゥが最初に陣取っていたであろうプラットフォームを見下ろすことができる窓に向かう。
窓から銃身を出さないよう慎重にMG42を構え、眼下を見た。
ジョンは直下バリケード前にいる。得物を油断なく構えているが、その表情には焦りが浮かんでいた。
そしてジョンを半円に囲むように左右の線路からプラットフォームに上がる系六人の敵。
「ジョン!走って!」
スーはそれだけ言うと左から撫でるように銃を振り、引き金を引いた。
ヴーーーーーー!
小刻みかつ強大な反動を全身で抑え込み、左に展開していた三人の敵を細切れにする。
ジョンは真っ直ぐ列車に向かって走りだす。
その後ろをなぞるようにして、右側の敵にレーザービームのような弾道を向けると、そちらの敵は既に行動を起こし回避していた。
敵の隊長は判断も速く、味方の行動も速い。
ジョンは横目でそう感じ取った。
「ありがとうスー。合流できるか?」
「わかった!」
スーは荷物を窓から投げ捨てると、MG42とトレンチガンを正面に抱いて後を追う。
空中でそれらを回収し、新体操選手もかくやという美しい着地をしてジョンに追いつく。
「助かった。機関銃手は――仕留めたみたいだな」
「うん」
ジョンはスーが抱えているMG42を見て作戦が順調に進んでいることを確信する。
スーの判断力ならば、列車に機関銃を持っていこうとするだろうという読みは当たった。
あとは、仕掛けがうまくいくかどうか次第だ。
「どうするの?」
「ここで待つ」
ジョンとスーは最初に隠れた、プラットフォームの端の下に隠れた。
「発進させてください」
ジョンはマイクに向かって伝えた。
「どうやって乗るんだ?」
「何とかしますよ」
兵士は純粋な疑問をぶつけてきたが、すぐに列車は走り出した。
徐々に速度を上げて二人がいる隣の線路まで突っ込んでくる。
そして少し遅れて挟撃用の敵車両が速度を上げ始める。
すぐに列車間で激しい銃撃戦が始まり、少し速度のある敵車両が追い付き始める。
ジョンはスーを先導して線路の反対側に回り、その位置から援護申し訳程の援護射撃をする。
敵車両が真横に並ぶか、プラットフォームに入るか、ぎりぎりの所でコミス達の乗る列車が前に出た。
速度十分な列車の窓にスーがMG42を投げ込むと、追い抜かれるぎりぎりの所で窓ガラスの無い枠に飛びついてよじ登る。
一足早く中に入ることができたスーが、すぐ後ろのコンテナ車に並んだ敵車両に向かってMG42を発射し始めた。
それからジョンが寝台車になんとか入る頃には敵車両は動きを停止したが、バリケードは目前までに迫っていた。
「ど、どうするんですか?!」
運転手から叫び声が聞こえ
「そのままの速度を維持してください!」
ジョンは叫んだ。
「で、でも――」
運転手の声はそこで起きたどんな音よりも大きな爆音によってかき消される。
それはバリケードがジョンの仕掛けた爆薬でほぼ半壊状態になる音だった。
ジョンはふっと息を吐いて「――間に合った」と呟いた。
問題は、仕掛けた爆弾がタイマーでしか動かせなかったこと。
だから、敵に囲まれ身動きが取れない時にスーが援護してくれたことが何より計画を助けていた。
「そのまま突っ込め!」
兵士の指示のまま、ボロボロになったバリケードを突き破った列車が駅を出る。
敵列車は、追ってこなかった。
「…………」
去っていく列車の背中を見ていた、一人の男は黙ったままだった。
「隊長。どうします」
後ろから声をかけられ、しばらく黙ったままだった男は
「……被害報告。引き上げるぞ」
「あの」
「なんだ」
後ろにいた仲間は少し口籠る。
「あの子は――どうします?」
隊長は上を見た。少し煙が見え隠れしている駅の窓を見た。
「俺が見てくる。集合地点で合流の後、撤退だ。その後のことは、その後考える」
「了解」
後ろにいた男は味方の列車に向かう。
隊長と呼ばれた方は、プラットフォームに昇り階段を上って駅へ向かった。
わずかな煙でも暗い路地では視界を遮り、窓から射す薄い光ではまるで役に立たない。
隊長は濡れた布を口に当て、ライトをつけると奥へ進む。
右に曲がり通りへ入る。
左側では大きいとも小さいとも言えない炎が少しずつ天井へと手を伸ばし、自分から出る煙に遮られている。
隊長はゆっくりと前に進む。
炎が真っ赤に燃えているというのに、眼球は伸ばした手すら映さない。
姿勢を下げ、わずかな酸素を掻き集める。
やがて、伸ばした手が何かを掴んだ。
考えるまでもない、それは自分がよく知る少女だ。
「シーリゥ」
「…………」
「――シーリゥ」
「……なんだ、生きていたのか」
凛とした少女はゆっくりと、細く目を開けた。
「やはり、頑丈だな」
「さすがに、今回は治らないね。掠り傷とはまるで違う」
「お前の言う掠り傷は、俺らとは違うぞ」
「それはいつも聞いてる」
隊長はかすれた声にしっかり頷き、ゆっくりと会話を続ける。
「どのくらい保つんだ」
「それは――――」
シーリゥは眠らないように必死に目を開けようとしている。
「わからない。死にかけたことは何度もあるけど……そういえば、死んだことは一度もなかった」
「あたりまえだろ」
シーリゥの目はついに小さく瞑られた。本人は必死で開けているつもりなのだろう。
「どのくらい死んだ?」
「わからない。だが、過去一番の死者数だろう」
「……これから、もっと死ぬだろうな……私が……」
そして彼女は眠った。
これまで見たどんな寝顔よりも美しい。
隊長はそう思った。
シーリゥが最後に何と言おうとしたのかは、わからなかった。
言ったのかもしれない。言ったつもりだったのかもしれない。
「…………」
隊長は立ち上がると、ふらふらと駅を出る。
煙を吸いすぎたのか意識は朦朧とし、視界が霞む。
それでも何とかプラットフォームに降り死体以外が引き払ったそこを見渡す。
否、幾人かの死体は連れて行かれていた。
「隊長」
声をかけたのは、先程話しかけてきた男。名目上は副隊長と言ったところだろうか。
「まだいたのか」
「ええ、念のため。彼女は?」
今度は躊躇わなかった。
「眠ったよ。備蓄も、皆の思う通りだ」
駅から煙が上がった時、士気は混沌としていた。
ある者は一矢報わんと、ある者は復讐をと、またある者は撤退をと。
車に乗り、副隊長が運転する揺れの中で隊長は考えを巡らせていた。
完全に、実力を見誤っていた。
列車に残った奴らも、列車から飛び出してきた奴らも。そこにいたもう一人の少女も。
損害を恐れて兵を小出しにした。四人で囲めば男を仕留められると思っていた。
シーリゥが負けるはずがないと思っていた。
弾幕を恐れず頭をだし、あまつさえ運転手を撃ちぬく奴がいるとは思わなかった。
バリケードを爆弾と列車速度で突破するとは思わなかった。
実戦経験数年の自分なんかより、圧倒的に彼等が勝っていたのだ。
そんなこと、先遣隊の捨て駒どもが帰ってこない時点で考えておくべき危険だったのだ。
甘い蜜を啜ろうとした奴らが消えて清々したなど、考えている暇などなかったのだ。
後悔ばかりが先に出て今後の対策など、基地に戻って仲間に何と言えばいいかなどまるで思い浮かばない。
「あいつらは、俺を殺すだろうか」
出てきた結論は、そんな臆病なものだった。
「それはないと思います」
副隊長は少し考えてから否定した。
「ですが、皆どうすればいいかわからないでいるでしょう」
「……どうすれば、いいんだろうな」
「我々にはもう後がありません」
駅にあった貯蓄は燃え尽き。基地の食料も僅かばかりだ。
この先には軍の本隊が駐屯する駅がある。
そこは、隊長たちによって制圧は不可能と判断された場所。
二つ前の小さな駐屯地を制圧して、定期的に来る輸送車を二回に一回から三回に一回襲い、物資を調達する。
連絡がずさんなのか、こんな時代だからなのか、今まではそれで何とか食いつないできた。
しかし少し前、あの無礼な連中が押し掛けルールも守らずに二度も列車を襲った。
その列車にはわずかな少しの食料しかなく、代わりに詰め込まれているのは学者のような連中だと彼等は言っていた。
分け前も無く食い尽くしていく彼等の言葉を信じるものなどいなかった。
今ならわかる、あれは物資輸送の列車ではないと。
「だからなんだ……」
どうすればいいと言うのだ、シーリゥ。
長いとも短いとも言えない期間、気づけば隣にいた少女の事を思い出した。
「後がないのなら」
そして、隊長は助手席で決意する。
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