3-6
ジョンがスーの後を追うと、スーは真ん中の寝台車の最初に寝ていたベッドの上で星空を見上げていた。
あぐらをかいて、背筋を伸ばしたスーの頭がちょこんと天井から出ている。
ジョンはその足元まで近づいて、声をかけようとしたが、改めてなんと言えばいいのかわからず、結局隣に座った。
「何を、見ているんだ」
「わからない。星も見えるし、空も見える。それと――」
「それと?」
「雲も、見える」
ジョンは空を見上げてみた。
明るい星や、少し薄暗い星は見えたが空やそこに浮かび上がる雲たちは見えなかった。
そういえば、昼間まで空を覆っていた灰色の雲はどこへ行ったのだろう。
二人はしばらく、そのまま空を見上げていた。
「ジョンは、さ」
しばらくして、最初に声を出したのはスーの方だった。
それも、いつものようにスパッと短く事を伝えるのではなく、何かを口籠るように。
「私のこと、どう思ってたの?」
「どうって……」
その質問はスーがわからないことをわからないことなりに必死に絞り出したということが何となく察せられた。
スーがジョンの前でそんなことをするのは初めてであった。
「私はね、えっと、もちろんジョンと旅をするのが楽しいんだけど」
「あ、ああ」
「でもね、私が知ってるジョンは私が会って、私と一緒に旅を始めた時からのジョンだから――もちろん、ジョンにもそれより前のことがあるのは知ってるし、えっと、それでね」
スーは、ジョンの前で必死に言葉を紡ぎだしていた。
こんなにも何かに真剣に、必死になるスーを、ジョンは初めて見たのだ。
まるで子供のように、大人に何かを必死に伝えようとしている女の子のように。
「私が知らないジョンがいるってわかったらね、すごくもやもやするんだ。私と会う前のジョンは、もしかしたら私の知らない、全然違うジョンなんじゃないかなって、えっとそれでね」
それからスーは少しの間沈黙した。
その表情は、まるで思い悩む普通の、幼い子供のようだった。
まるで別人だ、とジョンは思った。しかしそれと同時に、本当のスーはこっちなのではという考えが浮かび上がってくる。
「私の知らないジョンは、私のことどう思っているのかなって考えたらもっとお腹がもやもやするんだ。それを知らずに一緒に旅をしていていいのかなって思っちゃったんだ」
ジョンは、何と返せばいいかわからなかった。
ここで、スーにすべてを話してもいいのか。
スーならば、たとえ己の過去でも受け入れられるのではないだろうか。
いや、そんなものは甘えだ。
ジョンは考えを振り切るとスーを真っ直ぐと見返した。
「スー――すまない。そこまで考えていたなんて」
「う、ううん。ジョンがいいならそれでいいんだけど――」
「いや、聞いてくれ。ちゃんと話をさせてくれ」
子供のままのスーが気圧され、黙る。
ジョンは少し考えると
「すまないが、やはり昔のことはまだ話せない」
と切り出した。
スーは目を見開いた。
「だが、これは俺自身が乗り越えるべき過去だからだ。昔も今も、俺自身は何も変わらない」
「で、でも」
「お前のことは、旅を始めた時から死んでほしくないと思っている。もし嫌じゃなければこのまま旅を続けたいと思っている」
「い、いやじゃないよ!」
「だから――えっと、すまない、何と言うか……いつか俺自身が過去を乗り越えられたら、スーにも聞いてほしいんだ。」
「――――」
スーは言葉を失っていた。
ジョンの瞳が今までとはまるで違う色をしていたのだ。
その色は、嘘と真実に混じって、確かに始めて見る色があったのだ。
「その、えっと、何て言うか……死んでほしくないなんて、初めて言われたから……なんて言えばいいんだろう……」
スーは俯いて、なるべくジョンに顔を見せないようにした。
どうして自分がそうしたのかはわからない。ただ、ジョンに顔を見られるのが、酷く羞恥に感じたのだ。
「あ、ありが――とう」
そう小さく言ったのをジョンは聞いた。
ジョンは、やはりスーの不安の全てを解決できた気分にはなれなかった。
スーの反応を見るに、どうやら嘘は見抜かれていると考えて間違いないだろう。
ジョンは嘘をついていた。
過去を乗り越えるために、スーに話さないなんて言うのは、九割以上詭弁だ。
本当は、ここにきて自分自身がスーをどういう風に見ていたか気づいたからだ。
無自覚のうちにスーを自分の娘に見立てて罪の――過去の清算をしようとしていたなんて話せるわけがなかった。
だからこそ、ジョンはスーをスーとして見る必要があった。
その決意だけは、スーに見抜かれるわけにはいかなかった。
「えっと」
「なんだ」
「その」
「ね、寝るね」
「ああ」
スーはころんとジョンに背中を向けて小さく丸まった。
ジョンはその背中をしばらく見つめていたが、やがて自分自身も目を瞑って、体を器用に折り曲げて休むことにした。
自分の頭てっぺんが冷たい空気を切り裂いて進んで行くのが妙に心地よかった。
二人が再び目を開けると列車はまた灰色の世界を進んでいた。
空は再び灰色の雲に覆い隠され、線路の両脇には背の低い木々が並び、ぽつぽつと民家が見える。
そして列車が向かうべき方向、その鼻先には少し高めの建物が並ぶ市街地が見えた。
「一つ目の停車駅だな」
下から声がして、見ればそこには兵士がいた。そしてやはり、彼は本に目を向けていた。
ジョンもスーも完全に寝ていたわけではないので、彼がいつ戻ってきたのかは知っている。
そして、ポーターと名乗る怪しい老人が戻っていないことも。
ジョンはブロックタイプの携帯食料を取り出すと、スーと分けて食べ、二人して武器と装備の点検をする。
ジョンは、本当はFALの清掃をしたかったが寝台車で作業するにはあまりにも狭すぎて簡易的な点検を済ませると、HK45の点検を、こちらも手早く済ませた。
スーはトレンチガンの点検を済ませると、ポーチから手持ちの散弾を種類ごとに並べて数を確認して、それを定位置にしまい、銃剣を軽く清掃し研ぎ石を使って研ぎ始めた。
その様子を聞いていた兵士も、それに倣って自分の装備の点検を始めた。
そんなことをしているうちに列車は町に入り、駅を目指して走る。
ぼろぼろのレンガ造りの町が列車を挟み、川の上の橋を進む。
「そういえば、線路はきれいにしてあるんですね」
今まで通ってきた景色には倒木や土砂崩れの後なんてものは珍しくはなかった。
しかし、線路にそれらが影響を及ぼすことはなく、軽快に通り過ぎて行ったのである。
「先に駅に向かった別の部隊が、線路の整備と周辺の警戒をしていたんだ」
「なるほど」
兵士は淡々と答えた。
「予定ではここでそのうちの一部隊と会うことになっている」
兵士は立ち上がると、廊下に出て大きな穴が三つ開いた壁から外を見た。
「が、妙だな」
「そうですね」
町全体に妙な違和感が流れていた。
駅に行けば誰か人がいるのだろうが、町には誰一人として人がいない。
人のいる気配もない。
「町の警戒に人を割けない程にその部隊とやらは人が少ないのですか」
「そんなことはないと思うが……」
列車は徐々に速度を落として、ゆっくりと町を進んで行く。
途中、建物が開けて大通りが見えるがやはり瓦礫が道端に積まれているだけだ。
「変だな」
ジョンはFALをしっかりと保持して鉄のベッドから降りた。
スーもそれに倣って降りると、ストールを首に巻いて上半身を包む。
すると、示し合わせたかのようにコンテナ車の方からポーターとコミスが現れた。二人とも完全武装だ。
「どうする?」
ポーターはMk.11に乗せていた高倍率スコープを中距離用に変えていた。
「ひとまず駅についてみないとわからない」
兵士は答える。
四人はひとまずそれに同意し、それぞれの位置に戻って周辺を警戒することにした。
そして列車が駅に到着した時、それぞれの違和感は確信へと変わる。
「ちょっといいですか」
そう言いながら兵士のところへ来たのは、運転手だった。
しかし、運転手が事情を説明するまでもなかった。
駅が見えるころには、その先に続く線路が瓦礫と倒木で構成されるバリケードによって塞がれているのをジョンから伝えられていたのだ。
ジョンはベッドの上であぐらをかいて銃を構え、天井から頭を出して少し遠めに警戒をしていた。
「まずいな……完全な足止めだ」
「とすれば、駅に入るのは危険でしょうね」
「どうしますか」
運転手に聞かれた兵士は
「駅の前で止めてくれ。できれば開けた場所に」
その判断にジョンは異論を唱えなかった。
防御のできない背の高い建物で挟んで防壁代わりにするのも選択としてはあるだろう。
しかし、その建物に敵が潜んでいれば、袋叩きにされかねない。
それならば、見晴らしのいい場所に停めて防御を固める方がいい。
「ああ、それと」
ジョンは上から付け足した。
「できるだけそのバリケードから離れた所で止めてください。いざとなったら突き破る必要があるので、速度が十分に確保できるのが望ましいんですが……」
現在列車はゆっくりと駅に向けて進んでいるが、目測でもまだ五百メートルは離れている。
「あのバリケードは破れるのか?」
「わからないので、それも含めて偵察隊を出す必要があるでしょうね」
偵察隊と言えば聞こえはいいだろうが、五人しかいない戦力を割くことになるので実際は自殺行為とも取れる。
兵士もそれを思ったらしい。ジョンに疑いの目を向けていた。
「ど、どうしますか」
運転手が二人の視線に困惑していると兵士は決断を下した。
「お前ら二人で行って来い」
二人とは、ジョンとスーの事だ。
「わかった」
答えたのはジョンではなくスーだった。
事情の知らない、と言うよりもはや初見の運転手ですらスーが張り切っているのがわかった。
「…………二人とも、通信機の類は持っているか?」
「持ってます」
「よし。じゃあ全員で通信できるようにしておこう」
それから五人は集まるとポジションの再確認と全員で通信ができるようにした。
列車が停まった場所は先ほどから何度か通った、建物が開けて大通りが左右で見渡せる橋の上と同じ構造の場所。
駅まで二百メートル。他の路線が並び混じり、線路が乗っている橋の幅はそれなりにあった。
四列ある線路のうち、ジョンたちが乗っている列車は進行方向に向かって右端に位置している。
ジョンとスーは寝台車の天井から飛び出すと、音を立てずに着地して周辺を見渡した。
ジョンはすぐ頭上にいるコミスに合図をだし、返されると行動を開始した。
寝台車に残った三人のうち、ポーターは大通り側――つまり穴だらけの壁に向けてMk.11を構えていた。
そしてコミスは先程までジョンたちがいたベッドに乗り、線路側にAKを向けていた。
コミスの仕事は線路歩面を見張ることももちろんだが、駅方面の動きとジョンたちの援護。
そして残された兵士は運転席も含める四車両を動き回り、いざとなれば研究員たちと運転手を動かす役目を担っていた。
線路に降りた二人のうち、まずジョンがその場に留まって辺りを警戒する。
その間に足の速いスーが突出して、百メートルを過ぎる頃からジョンが後を追うように走り出す。
「周囲異常なし。今のところ」
とコミスの声が聞こえ、ジョンは「了解」と短く答えた。
スーは駅のプラットフォームの下の、線路との隙間に音もなく滑り込むと、そこからひょっこりと頭を出して辺りを見渡した。
「誰もいない」
「了解」
ジョンが追い付くと、二人は息を合わせてプラットフォームに昇り、すぐ近くのベンチと街灯のような明かりの下に身を寄せた。
攻撃は無い。
「嫌に不気味だな」
コミスは思わず呟いた。
ここまであからさまな足止めがあり、今の今まで兵士と同じような軍人の姿がまるでない。
いつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない状況で、何も起きないのである。
そして五人が何より懸念しているのは、相手がひょっとしたら軍人で構成された部隊を壊滅させるほどに強い可能性である。
考えられるのは、軍人崩れが何者かによって統制された組織的な盗賊。
もしそうであれば、かなり危険な状況である。
いつの時代だって、数的劣勢で勝てる状況には、数多くの条件を整える必要があるからだ。
大多数の敵を目前に、真正面から勝負を挑んで勝てる道理などこの世にはあまりないのだ。
「安全だと見せかけて、誘い込んで包囲するのが目的だろうか」
「そんなわかりやすい目的を目の前にぶら下げる連中には思えないな」
ジョンの意見はポーターによってあっさり否定される。
全員がそれに同意した。
相手は間違いなく、プロだ。
盗賊ならば、目的は物資だろう。
しかし、相手は目先の利益のために飛び出すようなことは無く。効率的かつ効果的なタイミングを確実に狙っている。
そんな連中をたった五人でなんとかしなくてはいけないとは。
「どうしたもんかね」
コミスがぼんやりとそう呟いた時だった。
「待って」
スーが短く言った。
その原因はスーが説明するまでもなかった。
「おい、これまずくねえか」
「列車を動かせ!」
コミスと兵士の言葉が被った。
ディーゼルが起動しエンジンが唸りを上げる。
その音に混じり、後方の線路の枝分かれの先から、別の列車が突出してきているのを誰もが確認できた。
その列車の窓がちかちかと光ると共に、コミス達が乗る列車の周辺が爆ぜる。
ほぼ同時に聞こえる銃声が間違いなく敵の計画を示していた。
敵列車による挟み撃ち。思考の停止。それはたとえ一瞬でも隙となりえた。
「ジョン!危ない!」
スーがジョンを突き飛ばしたその場所を猛烈な勢いで銃弾が飛来し、隠れていたベンチも何もかもを塵芥へと変化させた。
ヴーーーーーー!という耳を劈くドラムロールがプラットフォームに響き渡り、つい先程まで静寂に包まれていたその空間を硝煙で包み込む。
「何だあの銃は!?」
ジョンはスーと一緒に線路に倒れ込みながら、長い戦場経験の中でもなかなか聞かないような機関銃の連射速度に目を見開いた。
「ジョン!大丈夫!」
「ああ、ありがとう――だが――」
少し後ろにいる列車はまだ致命的な攻撃は受けていないものの、徐々に近づいてくる敵列車に追い込まれつつあった。
しかし、かといって前進をすれば先程ジョンたちを襲ったドラムロールで中身諸共ミンチにされかねない。
通信機の先ではそれについての議論が白熱していた。
「このまま速度を出してバリケードを突き破れ!」
「駄目だ危険すぎる!」
「いや、少し待て」
「何を言って――」
「いいから、ほんの少しだ」
困惑する兵士を、重く静かに響く老人の声が制した。
ポーターはコミスと位置を交代すると頭とMk.11を外に出し、銃弾の雨の中スコープを覗いた。
誰が見ても自殺行為なそれを、誰も止めはしなかった。
皆を黙らせるだけの静かな殺気をポーターは纏い、それを右手の人差し指に集中させ、ゆっくりと引き絞る。
消音器によって抑えられた銃声は、敵の銃声にまぎれて聞こえることはない。
しかし、敵の列車の運転席のガラスに穴が開くと共にその速度が徐々に減速するのを、その場にいた誰もが見ていた。
敵の列車はコミス達の後方二百メートルほどで停止する。
「ジョン。後ろは何とかする。だからお前さんたちはそこの敵を何とか引きつけて、線路とバリケードの状態を確認するんだ」
そんな無茶な命令がジョンの耳に届いた。
コミスがすぐに「馬鹿野郎!それじゃああいつら死んじまうぞ」と反論したが、ジョンはそれを遮った。
「ここは俺たちが何とかします。そちらも敵に呑まれないよう」
コミスは開いた口が塞がらなかった。ジョンが自殺行為にも等しい行動を取ろうとしていることに。
しかしそれ以上に、誰か一人でも生き残る方法がない事は百も承知であった。
現に列車から迅速に降りた敵が列車を盾にしながら距離を詰めようとしているのがわかる。
「死ぬなよ」
コミスはジョンにそう言い、自分の得物を握り直した。
「そっちもな」
ジョンはバックパックからなけなしのスモークグレネードを取り出すと、頭上に投げ込む。
すぐに煙が駅に充満し視界を遮る。
するとジョンはスーに向き直った。
「すまない。無茶な仕事に巻き込んで」
「ううん、大丈夫だよ。それに私がやるって言ったんだし」
スーはいつもの調子だった。
「ひとまず……スー、あの銃声に覚えはあるか?」
ジョンはずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「うん。多分だけど」
それはつまり、最悪の展開に付いてだ。
あり得ない都市伝説が、今まさに目の前に立ちはだかっている可能性についてだ。
「あの銃声、聞き覚えがあるよ」
ジョンにも、古い記憶を遡ってたどり着いた可能性があった。
スーには、同じ環境で育った姉妹がいる。
それは前々からぼんやりとスーから聞いていた話では合った。そしてその姉妹たちも世界中で自分と同じことをしている可能性があるという話。
そして、スーと同じ環境で育った子供たちはなぜか古い銃を好み、それを超人以上に使いこなすということ。
先程ジョンたちを襲った銃声は、まさにMG42の銃声であった。
第二次世界大戦時にドイツで正式採用され、毎分1200発という驚異的な連射速度が生み出す独特な発射音から“ヒトラーの電動鋸”と呼ばれたのはあまりにも有名。
その破壊力たるや、まともに食らえば文字通り上半身と下半身を切り離されることになる。
「頼めるか?」
「もちろん」
二人はそう短いやり取りだけをした。
次の瞬間、スーは再び頭上に飛び出しまだ晴れていない煙に突っ込んだ。
間髪入れずに鳴りだすドラムロールは煙の中でもスーのすぐ後ろを追いかけ、追い付こうとする。
しかし、スーは機敏に方向転換をしながら高く跳躍し外灯を蹴ってすぐ隣の線路の下まで飛び込んだ。
そこには別の二人の敵の姿があった。にもかかわらず、彼女は脇目も振らずに彼等を踏み台にしてまたすぐ隣のプラットフォームへと上がる。
敵はスーを追おうとした。しかし、通信機に入る誰かの声によって向かうべき先はジョンへと向けられた。
そのジョンと言えば、スーと別れてすぐに反対方向へと走り出した。
自分が隠れていた場所はプラットフォームの先端。そのすぐ後ろから誰かが近づいてくる足音が確かに聞こえたのだ。
ジョンが死ねば、敵はここを超えて列車へと向かうだろう。それだけは防がなくてはならない。
ジョンは隠れていた角を飛び出すと同時にFALを構えた。
この場合、ばったりと表現するのが正しいのだろう。
ジョンに近づいてきていた二人の敵はばったり飛び出したFALの銃口から放たれた四発の銃弾で息を引き取った。
ジョンはそのまま頭上の足場には昇らず身を寄せると、自分を殺さんと近づいてきた別の敵が覗き込んできた瞬間に、再び四発撃ちそこから引きずり下ろす。
体を反転させ、来た道を引きかえすとその場のコンクリートが弾ける。
先程までいた線路の、その反対の線路まで脇目も振らずに辿りつくとバリケードまで一直線に走りながら線路の状態を確認する。
幸いなことに地雷の類は確認されなかった。
しかし、問題はバリケードの方だった。
ジョンは対面にあるプラットフォームから出現した二人二列の敵の、正面だけを処理し彼等の足元に隠れると、頭上に迫った足首を掴んで一人を線路に叩き付ける。
そのまま、その呼吸の苦しそうな敵の頭をFALで撃ちぬき、次いで降りてきた敵に左手で抜いたHK45を向けると心臓に二発撃ちこんだ。
やっとのことでバリケードに近づくと、今度はちゃんと状態を確認する。
バリケードは木や崩れたコンクリートが積み上げられているのに加えて、鉄骨も混じりそれらが互いを支えあうように組まれていた。
これに速度を上げて列車が突っ込めば破壊できないこともないだろうが、その分列車もダメージを負うことになるのは確実だった。
なによりそれで走れなくなっては元も子もない。
「どうだ。そっちの調子は」
耳に飛び込んできた声は、列車に残った兵士の物だった。
まだ後方から短い銃声しか聞こえない。しかし本格的な衝突は目前だろう。
「正直厳しいですね。速度を上げて突破することはできなくはないでしょうけど」
「問題は列車の耐久度か」
「そちらは?」
ジョンは使った弾数を考え、弾倉を点検した。
「じりじりと列車を盾に近づいてきている。運転手を変えたらしい。」
「…………」
ジョンは数秒の思案の後、バックパックを下ろした。
「考えがあります。合図したら列車を発進させてください。」
「大丈夫なのか?」
「信頼しろって。全員が死ぬことはないはずだ」
割り込んできたのはコミスだった。
彼の通信機のすぐ近くからは短く断続的な銃声が聞こえる。
「賭けるしかないさ。それよりもジョン、出来るだけ早くな」
老人はそう続いた。
「わかりました」
老人が何を先見したのかは不明だが早いに越したことはない。
ジョンがバックパックを開いて準備を進めた時、頭上の駅から轟音が鳴り響いた。
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