3-5

 それから五人は一番後ろに位置するコンテナ車に集合した。

 ポーター・ランソンと名乗った老人はコンテナの中央にどかっと座り、名乗ることのない兵士は外で監視につくと言って梯子を上って行った。

 散々広げていた私物を片付けていたコミスをよそにスーとジョンはポーターの右隣の鉄板に座った。

 果たして警戒もせずにこんなところに集まっていていいのだろうか、と最初こそジョンは思っていたが、思えば調査団を襲っていた盗賊というのは先ほどの彼らなのだろうか。

 そう考えると今後の列車旅は多少の警戒心で過ごせる、緊張感のある列車旅になるかもしれない。

 そう考えると、この状況も悪くはない。と思い込ませることができた。

 そういえば軍人時代にもこんなことがあったなと、飛びかけていた思考をポーターの一言が呼び戻す。

「それで?お前さんたちはどこから来たんだい?」

「知らないんですか?」

 ジョンは皮肉たっぷりで返した。

 ポーターと名乗る老人が、何者かは知らない。しかし態度から察すに、明朝のお尋ね者と同じ匂いがした。

「そんなに噛み付くなよ。お前さんたち、業界じゃかなり有名だぞ」

「俺たちは傭兵じゃない」

「金稼ぎの方法が傭兵じゃあいいわけにはならないぞ」

「…………」

 黙りこんだジョンの代わりに答えたのは、片付けもとい物の移動を済ませたコミスだった。

「いや、俺はジョンが傭兵やっていたなんて知らなかったけどな。もちろん、傭兵でもやんなきゃ生きていけないとは思っていたが」

 コミスはジョンたちの正面、つまりポーターの左隣の鉄板に座る。

「それに、この子はいったいなんだ?」

 コミスはずっと抱いていた疑問をジョンに投げかける。しかし、ジョンが口ごもる変わりに答えたのはポーターのほうだった。

「何だお前さん、そんなことも知らないのか?」

 正直この手の話にはジョンが一番疎いのだが、二人はそんなこと知らない。

「しらねえな。俺は金にしか興味がないんだ」

「そんなんじゃ時代に取り残されるぞ」

 その“時代”と呼ばれるものも、あと何年続くのかはわからないのだが。

 ジョンは思っても口には出さなかった。

「ま、どうせそっちもあまり知らないんだろ」

 そんなジョンをポーターは覗き込んだ。

「まあ、都市伝説程度にしか」

 スーを見るとなぜかうつむきがちでぼんやりと地面を見ていた。

「じゃあ何だ、爺さんは知ってるのか」

 コミスが投げやりに聞くとポーターはにかっと白い歯を見せた。

「もちろん。お前さんなんかよりずっとな」

 どうやらそのまま酒の勢いで長々語るつもりらしい。ジョンはスーに短く耳打ちをした。

「どうする?聞くか?」

 スーが自分の事に関する話に興味がないのは知っている。だからといって好き好んで聞いているとも思えなかった。

「……ううん。いいや」

 スーはいつもどおり短く答えた。

 しかし、ジョンには違和感があった。

「ちょっと前のほう見てくるね」

 しかしそれを聞くより先にスーは立ち上がりコンテナ車を出て行った。

 残されたジョンには言いようのない不安が残った。

 見た目も声色もいつもどおり。ただ何故か言いようのない、あえて形容するなら元気がないというところだろうか。

「…………」

 無言のままスーの背中を追っていたジョンをコミスは無言で見ていた。

 気づいているのだろうか、と。

 そんな二人をよそにポーターは語りだしていた。

 それはジョン程度の傭兵経験のある人間なら、誰もが聞いたことのある都市伝説から。

 それは、数年前からのこと。

 当時にはすでに傭兵産業は盛んになり、今のように世界各地に展開する傭兵企業こそ少なかったものの、ある種のネットワークは発達していた。

 そんな中、彼らの間でとある噂が流行りだしていた。

 はじめは中東だったか、アジアだったか。

 どこからともなく小さな子供が現れると、敵が全滅していた。

 そんな突拍子もない神話のような話は、最初は誰も信じていなかった。

 しかし時間がたつにつれ、徐々に出会ったと話す人間が増えていくのであった。

 その噂は、半年もすれば欧州にまで渡り、少女の目撃情報が多かったことからワルキューレ呼ばれるようになっていたのである。

 それは、傭兵たちのツキを示す一つの指標のようなものだった。

 戦場で彼女たちが味方につけば生き残り、敵にいれば死は免れない。

 当時の傭兵たちは面白おかしく語っていたという。

 しかし、やはりと言うか、そんな噂も世界の衰退と共に消えていった。

 語るものが減ったというのもあるだろう、しかしそれ以前に目撃情報が急激に減っていたのだ。

 まるで、一時の神話のように。

「しかし、ここ最近そんな戦乙女を手元に置いた男がいるという噂が流れ出した」

 ポーターはジョンを見た。

「それが私、と言いたいのですか」

 ジョンは数えられる程度にはそう言われた記憶があった。

 しかし、何度言われてもどうにも実感が薄いのである。

 それこそ、数年前までにはスーのような子供がたくさんいたという話も。

 確かにスーには常人を遥かに超える強さがあるが。

「だとしても、どうにも実感が薄いな」

 ジョンが煮え切らない顔をしていたのを読み取ったか、それともコミス自身がそう思ったのか、意見は一致していた。

「それにほら、数年前って言えば、俺らまだ本国で軍人やってた頃だろ」

 そして、少しだけ言い淀んだあとにそう付け加えた。

 確かにそうだ。

 ジョンとコミスは数年ぶりにあっただけなのだ。

 たった数年。それは、ジョンにとってはとても濃い数年間になっていたことを示していた。

 その一因は、間違いなくスーの存在であった。

 そして、忘れもしない、ジョンが本国を出るきっかけとなったあの出来事。

 ジョンは無意識にスーが出て行ったコンテナ車の梯子を見ていた。

「気になるなら、追いかけたらどうだ?」

 そう言われて、初めて自分がスーを心配していたことに気がついたのだ。 

「何か知っているのか」

 コミスに意表を突かれたジョンは動揺して、思わずそう聞いてしまった。

 基本的に他人に関心の薄いコミスが、何かを察したようなことを言うのがそれほど奇妙だったのだ。

「よくわからないが、何かを気にしている様子だったぞ」

「スーが――何かを気にする?」

「詳しいことは俺にもわからん。ただ、お前がわからないことのほうが、俺にとっては驚きだがな」

「わからないって、そんなの――――」

 当たり前、とは言えなかった。

ジョンは唖然とした。

一年以上連れ添って、全てがわからないにしても、何もわからないというのはおかしな話なのかもしれない。

そんな当たり前な疑問はついぞ思いつかなかったのである。

今この時、コミスに指摘されるまでは。

そんな当たり前のことを、スーだからという理由で自分は避けてきていたのである。

否。そんなことはない。たとえ彼女がスーでなくても、ジョンは理解しようとはしていなかっただろう。

「ま、まあでも、すこし経てばいつも通りのスーに戻るだろ。あいつは気分屋だからな」

ジョンはスーの去った方から目をそらした。

コミスはやはりなにか言いたげな目をしていたが、いよいよ何も言わなかった。

そんな二人を面白そうに見ていたポーターは、二人のコップにウィスキーを注ぎ直している。

「…………」

ジョンは礼を言ってそれを受け取ると、無言で呷った。

ポーターはほんの一瞬、目を見開いたが、ジョンがなんともない様子なのを認めるとまた面白そうに口元のしわを深くする。

対象的にコミスはちびちびと飲んでいた。

これは昔と変わらない。ジョンは酒を誰よりも早く飲んで寝る。

そもそも酒をあまり飲まない質なのは、彼はいくら飲んでも酔わないから。そして長々と酒を飲んで酔ったコミス達を介抱するのが面倒だから。

「お前さんたち古い知り合いのようだが、いつからの仲なんだ?」

ポーターはジョンが立ち上がらないことを確信すると、今度はそう切り出した。

ジョンは「いえ」と返そうとしていたが、コミスが割って入る。

「自己紹介は自分からするものだろ。爺さん、あんた何者だ?」

「さっき名乗っただろ。ポーターだよ」

「そうじゃねえよ」

コミスがつまらなそうに言うと、ポーターはからかうように笑う。

「お前さんとさして変わらんよ。米国で軍人をやっていた。だだそれだけだ。」

なぜ軍人とわかったのか、二人は聞かなかった。

それは二人も、この老人は見るからに軍人だったのだろうとわかったから。

こんな時代だからこそか、出会う傭兵が元軍人かそうでないかはかなりわかりやすい。

だからコミスは再びつまらなそうに鼻を鳴らしたのだ。

「どうも、それだけには思えないな」

その点に関しては、考え事に思考を割いていたジョンも同意だった。

この老人、どうも只者には見えない。

雰囲気もそうだが、やはり一挙手一投足に隙が無い。

背中を向けていても殺せないと感じる人間は、人生でそう会うことはない。

この老人はその数少ない例だろう。

この感覚はスーならばより鮮明に感じ取ることができたであろう。

「…………」

 ジョンはまたスーの出て行った方向を見ていた。

「そんなに気になるなら、追いかけたらどうだ?」

「いや、しかし――」

「いいから」

 ジョンは少し考えた後

「ありがとう」

 と言い、コンテナ車を出た。

 残された二人はその背中を見送った後、もう一口コップの中身を呷った。

「それで?あいつとお前さんは何処出身なんだ?」

「英国だ。ジョンとは同じ部隊だった」

「どうも、それだけには思えないな」

「それだけだよ。俺もアイツも」

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