3-4

 ジョンら二人が襲撃者三人を処理していた時、スーと一人の兵士は先頭の車両に転がり込んでいた。

 転がり込んですぐ、後ろから聞こえていたけたたましい銃声が止んだので、スーは一度だけそちらを見たがすぐに廊下に向き直る。

 廊下には誰もいない。手前側の部屋にいたのはスーが先ほど会った、と言うよりは見た老人。たった一人である。

「他の奴らは?」

 兵士が聞くと、狙撃用のスコープで窓の外を慎重に見ていた老人が顔を上げた。

「無理やり運転席に押し込んである。あそこなら多少は安全だろうし、襲われるとしても最後だしな」

 老人はそう言うと二カッと白い歯を見せた。

 それは兵士に対してではなく、後ろにいたスーに対してだ。二人がそれに気づくことはなかったが。

「だが、ここも時間の問題だ」

 老人は部屋の中で屈んで、窓から慎重に外を警戒していた。肩には長方形の箱を抱えている。

 二人もそれに倣って――とは言え、部屋はベッドを除いたスペースがとても狭いので、兵士は老人より少し引いた位置に、スーはその背中ら窓の外を見た。

 一つ後ろの寝台車の時とは違って、スーは遠くにヘッドライトが光っているのがはっきり見えた。兵士はかろうじて闇に光がチラついているのがわかった。老人は言うまでもないがスコープではっきりとフロントの形を捉えている。

「後ろの奴らは大丈夫なのか?」

 老人は特に気にするようでもなく、そう聞いた。

「大丈夫だよ。ジョンなら」

 思えばただの少女が銃を抱えた軍人や傭兵と肩を並べているのは異常な光景だが、それに異を唱える者はこの場にはいない。

 実際スーは先ほど、その性能を如何なく発揮した。

 コンテナ車での戦闘で、スーは空中に飛び出した後、落下と共に銃座についていた男を銃剣で串刺しにした。その後、車内にいた二人を一発の散弾でミンチにして、跳躍しコンテナ車に戻った。

 ジョンが手榴弾で車の動きを拘束したこともあるが、しかしその程度はスーにとっては何でもないことだった。

 そして今現在も遠くに見える車両の盗賊の殺し方を考えていたが、苦労はしないだろうと言う結論に至っていた。

「向こうの奴らが全滅したら、あいつらもこっちに攻め込んでくるだろうな」

「同時に攻め込んだ方が確実じゃないのか?」

 スーを余所に、二人はそんな会話をしている。

「もちろんそうだろう。だが、あいつ等は過去に何度も成功している。今までやってきたやり方で今回も問題が無いと考えているのだ」

「既に味方に死者が出ているのに?」

「逆だろうな。巻き添えを食らいたくないから、一台ずつ攻め込んでくる。恐らくあの一台にリーダーが乗っているんだろうよ」

「そうか」

 そんな話をする傍ら、老人はこうも考えていた。

 そのリーダーが賢い奴ならそのまま回れ右して帰ってくれと。

 そして短くキレのある銃声が数発、フルオートが少しと、もう数発銃声が聞こえて。三人はもう一台の寝台車に残った二人が決着をつけたことを確信した。

 決着を部下の通信機越しに聞いていた最後の一台のリーダーは酷く憤慨し、同乗する部下を蹴飛ばし列車に近づけるように怒鳴っていた。

 一人の勇気ある部下の反対意見は一発の銃弾で説得される。

 残りは四人。誰も反対しなかった。

 運転手がハンドルを操作し、徐々に車体が近づいていく。 

 寝台車の明かりが近づくにつれて車内の緊張が高まる。

 リーダーが銃座に付き、額に青筋を浮かべ舌なめずりをしているが、他の人間はこみ上げる胃酸を押さえつけるのに必死だった。

 しかし車体の挙動が大きく揺らぎ、その場にいた全員が壁だかガラスだかに叩き付けられる。

 それはリーダーも例外ではなく、車の天井に死体を叩きつけられていた。

 車体は大きく回転し、リーダーが大声で助手席の部下に運手を変わるよう怒鳴りつけるまで誰も状況に気づかなかった。

 闇の中で運転席とハンドルはぬるりと暖かい粘性のある液体と固形物に包まれていた。

 助手席の男はすべる手で必死に車体のグリップを回復させ、まとまらない思考で列車へと車体を向ける。

 しかし、地獄を見るのはここからであった。

 車とその周辺をありったけの銃弾が包みこみまるで身動きが取れない。

 やがて車は闇の中何かにつまずき横転する。

 不幸中の幸いか、リーダーは生き残っていたようだが、腹が大きく裂けている。彼の命の灯もそう長くはないと思われた。

 そしてそんな彼を、まるで見向きもしない短い列車は通り過ぎていく。

 挑む相手を間違えたと彼が気づくことはなかった。

「思ったよりちょろかったな」

 老人は過ぎ去っていった名も知らぬ盗賊たちを見送った。

 老人はずっと肩にかけていた箱から黒い銃を取り出して、窓枠に二脚を立てて構えていた。

 その銃はSR‐25と呼ばれる狙撃銃によく似ているが、正確にはそれを基に開発された、

Mk.11というアメリカ海軍特殊部隊用のセミオート狙撃銃だった。

老人はその銃の先端にこれまた黒い消音器を取り付け、スコープも取り付けている。

 そしてその老人の後ろに兵士、スーの順番で並んでいた。

 スーは兵士から借りたペチェネグを小さな体で抱えるように構えていた。

 兵士はその銃の先端付近にある二脚を両手で持ち、肩に銃身を預けてスーのための固定砲台になっていた。

「何!!何だって!!」

 兵士は老人の感想に大声で答える。

 方耳に耳栓をしていた老人はともかく、すぐ真横で7.62ミリの砲声を聞いていた彼はしばらくこのままだろう。

 スーの機関銃が敵の動きを封じ、老人が仕留める。

 この作戦を考えたのは老人で、兵士は乗り気ではなかったが、老人は初弾から運転手の脳天を貫くは、スーは暴れる機関銃を見た目に合わぬ筋力で捻じ伏せて車体を廃車にするは、ともかく作戦としては破綻していた。

「スー!」

 そこに二人の男が入ってきた。

 コミスとジョンだ。

 二人は三人の構図と状況を見て、何が起きたかは理解したらしい。

「ほう、思ったより若いんだな」

 老人はジョンの顔を見るなりそう言った。

 ジョンはまたも知らない人間に、知っているような反応をされ素直に不快そうな顔をした。

「まあそんな顔をするな。酒を飲まないか?」

 老人はMk.11を抱えてのそのそ狭い部屋を歩き回ると自分のバックパックからウィスキーのビンを取り出した。

 今となっては高級品の、古いブランド品だった。

「こいつなら、お前さんにも馴染み深いだろう?」

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