3-3
コンテナを飛び出したスーは一っ跳びで天井からジョンのいる寝台車に飛び込むと、周りの研究者や監視役の兵士が驚くのを余所にジョンに向き直った。
その只ならぬ雰囲気にジョンは驚くことなく、FALを手に取ると「何があった」と鋭く聞いた。
「車が近づいてきてる。三台」
「方向は」
「後ろから」
「おい待て、どういうことだ?」
上のベッドから降りたジョンの肩を兵士が掴んだ。
「聞いての通りでしょう。援軍とは思えない。まさかフードデリバリーが団体できたとでも?」
「そうは言ってない。だが――――」
「ともかく、この二人を先頭車両に。私たちは後方に向かいます。」
「おい待て」
兵士の最後の言葉を聞くことなく、ジョンはバックパックを背負うとスーを連れてコンテナ車に向かうべく廊下に出た。
その時だった。
ズガガガガガガッ!
激しく鉄板を叩く音が車両全体に響き、空気が揺れた。
ジョンとスーは素早く姿勢を低くし、兵士が遅れて研究員二人を引きずって床に伏せた。
「今のは?」
「間違いない。後ろのコンテナ車にもう張り付いています」
兵士は短くロシア語で悪態をついた後
「早く行け!ここは俺が残る」
そう言って研究員二人を引きずり、押し出し前方の寝台車へと向かって行った。
ジョンら二人はその背中に見向きもせず、縦に並ぶと素早く移動を始めた。
「クッソ!何の警告も無く撃ってきやがって――――」
鉄の床に背中から飛び降りたコミスはハイビームによって照らし出されたコンテナの淵を睨んだ。
正確にはその向こう側にいる盗賊の類に殺意を向けていたが、そんなことは重要じゃない。
なにより、そのコンテナの淵に空いた数えられる程度の半円の穴が彼らの殺意を物語っていた。
コミスは素早く体を起こすと、再びコンテナの壁に張り付いて銃と手だけを頭の上に出して反撃をした。
サッと手を引っ込めると、そこを銃弾が掠めていく。
発射間隔や発砲音から敵車両に強力な銃座があることは明白だった。
そしてハイビームで照らされている以上、顔をだして反撃することもままならない。
このまま寝台車に向かわれればあっけなく列車は制圧されてしまうだろう。
「――――どうするよ……」
コミスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたその時だった。
「スー!行け!」
後ろからそんな大声を上げながら誰かが振りかぶった。
すぐに何かが投擲され、一瞬の後に別の塊がコンテナから飛び出すのをコミスは見た。
「おい嘘だろ」
その塊は、コミスの優秀な動体視力によれば、間違いなくスーであった。
スーはとても少女とは思えない――――否、人間を軽く逸脱した跳躍力でハイビームの光を、そしてコンテナの壁を飛び越え向こう側へと消える。
次に流れ込んできた情報は、爆発音だった。
スーより先にコンテナ車に入ってきたジョンが投げた手榴弾だろう。車の前か後ろか、盛大に外れたことだけはわかった。
しかし、そのすぐ後。ずっとコンテナを照らしていたハイビームが明後日の方向へと向き、一発のくぐもった銃声がエンジン音と列車の音にまぎれて耳に流れ込んでくる。
タイヤが砂利を蹴散らし何かに激突した音と同時に、空から降ってきた女の子はやはりスーだった。
両手で持ったトレンチガンを空中で再装填したのか、空薬莢も降ってきた。
「何が……起きてるんだ…………」
コミスは唖然としていた。
ジョンとスーがコンテナ車に入ってきたと思ったら、厄介な盗賊の車が一台廃車になっていたのだ。
「すぐに前の車両に戻るぞ。多分もう浸透している」
ジョンは昔と変わらない冷静さでそう告げるとコミスを見据えた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。一体その子は――――」
「説明は後だ」
ジョンは身を翻して来た道を引き返していき、スーもそれに続く。
コミスもひとまず困惑した思考を隅に追いやると、強力な助っ人としてスーを認識して後に続いた。
スーの耳が正確に聞き取るまでもなく、二人の耳にも寝台車のすぐ横に車が近づいてきているのがわかる。
三人が寝台車に入ると廊下には兵士がいた。
手には木箱に収納してあったペチェネグを装備していて、標準装備の小銃は肩にかけている。
残っていた二人の学者は既に、前方へ避難している。
「どうなったっ――」
兵士が状況を聞くより先にスーが動いた。
一っ跳びで兵士の首に飛びつくと全身の体重をかけて床に叩き伏せた。
その頭上を無数の銃弾が唸りを上げて飛んでいき、床と二人の背中に粉々になったガラスが降り注いだ。
ジョンとコミスはコンテナ車に繋がる壁際に身を寄せて隠れる。
スーがジョンの所に戻ろうとすると、再び銃弾が面となって壁の風通しを良くしていく。
「ジョンッ!」
「スー、来るな!」
「わかってるけど!」
二人は、絶え間なく壁を叩く轟音に負けず声を上げる。
「もう一台が前に向かってる!」
ジョンの判断は速かった。
「お前はそいつと前に行け!ここは二人でなんとかする!」
「でも!」
「いいから!」
スーは苦々しい顔をした後
「後で!」
と言い、兵士を引きずって前方の車両へと消えた。
「で、どうするんだ?」
コミスはジョンの肩を叩いた。
「考えはある」
「と言うと」
このやり取りのすぐ後に、今までまるで止まらなかった銃弾の雨がピタリと止んだ。
そして列車が線路を踏む音にまぎれて、金属が当たる音が二人の耳に届いた。
「もうすぐ乗り込んでくる、そうなれば」
その先の言葉はコミスが続けた。
「俺らの得意分野だ」
二人は己の得物を軽くぶつけた。
その瞬間、穴だらけの壁を蹴り破って三人の人影が飛び込んでくる。
ジョンたちの動きは速かった。
素早く二人でポジションを取ると、着地したばかりで反応の遅れた三人のうちの一人を素早く処理する。
三人は廊下に並んで着地した。それはつまり、ジョンたちから見ればひとりひとり処理するのに好都合な位置取りなのである。
ジョンはコミスよりすぐ前に立ち、コミスを庇いながら素早く移動すると、倒れる寸前の死体を支えると盾にする。
奥にいた二人が撃つのを一瞬躊躇うと、今度はその隙にコミスがジョンと盾の死角から銃と頭だけを出して二人目を処理した。
しかし三人目までは距離があり二人は素早くベッドのある部屋に飛び込む。
その横を死体もろとも貫いた銃弾が掠めていく。
敵は悪態をつきながら、反対側の室内に飛び込んだらしい。遠慮のない足音が聞こえる。
そして勇気を振り絞った足音が、室内を飛び出したのを二人は聞き逃さなかった。
コミスは床に倒れるように飛び込むと同じく飛び出した敵の胴体に二発、鉛を叩きこんだ。
敵はしっかりと構えて、しっかりと引き金を引いていた。
しかし狙った場所には心臓も、頭もなかった。コミスは床に倒れていたから。
二人が床に倒れた三人の死体に目もくれずに先頭の寝台車に向かおうとした時だった。
「伏せろ!」
ジョンは起き上がろうとしたコミスを床に抑えた。
再び激しい銃声が聞こえたが、それは先頭の客車の方だった。
それも、発砲音が聞こえるのは車両からだ。
「まさか、乗り込まれたか」
「いや、多分違う」
二人は低い姿勢で起き上がると辺りを確認する。
「ともかく向かおう」
「ああ」
二人は無駄のない動きで先頭車両に向かった。
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