3-2
揺れる装甲車の中は酷く狭く、体躯の大きい男たちに挟まれてジョンとスーは座っていた。
正面にはイワノフが座っているが、こちらは男たちが明らかに無理をしてスペースを作った結果なのか、窮屈そうではない。
「それで?話と言うのは」
ジョンは気を紛らわすためにそう話しかけたが、相手の顔は見えない。
背中にあった大きなバックパックを膝上に置いているからだ。
そのバックパックの向こうから声がする。
「はい。実は我々は、あなた方お二人に仕事を依頼したいのです」
「仕事?私たちは傭兵ではないのですが」
ジョンはすかさずバックパックに向かってそう返す。
すると今度はおどけたような声が返ってきた。
「ほう。すると、あなた方は何者なのですか?」
答えたのは隣に座っていたスーだった。声を出すのがえらく久しぶりに思える。
「旅人だよ」
出会ってから初めて声を上げた少女に、イワノフも多少驚いたようだ。少し声が高くなっている。
「旅人か……お嬢さん、それは夢があるね」
「夢が何かはわからないけど、楽しいよ」
「そう言うことなので、その手の用は別の方に頼んでください」
ジョンが割って入ると、イワノフは再びジョンに向き直ったようだった。ジョンにはバックパックのせいでわからないが。
「そういう訳にはいきません」
「そもそも、なぜ軍があるのにそれを動かさないのですか」
イワノフは少し苦い顔をした。もちろんジョンにはわからないが。
「それは、軍としては人を割きたくないからです。国としてはそうでなくても」
「だから、端金で傭兵を雇うと」
「そちらの方が、現在では損失が少ないのです。もちろん、十分に報酬は出すつもりですよ。あなた方がこれまで要求してきた報酬を基準に」
「何?」
イワノフの最後の発言にジョンは眉を吊り上げた。
「我々の前身はFSBですよ。どこにも属さないあなた方を調べるぐらい造作もないことです」
彼は平然とそう言い放った。
「…………そんな暇があるなら、なおさら自分たちでやったらどうなのですか」
「気分を害されるのは仕方がないかと思います。しかし、あなたにはそうされる心当たりがあるのでは?」
「………………」
「そうでないのなら、あなたは――いえ、その少女は世界中が注目する存在であるという自覚を持った方がいいと思われますが」
「世界中?――――おおよそ国家と呼べるものすらあやふやなこの時代に?」
ジョンは苦し紛れに返すが、その答えもイワノフは明確だった。
「いいえ、世界はもう新しい段階に進んでいます。いずれ終わりが来るとしても」
それから、少しの間沈黙があった。
「条件がある。」
切り出したのはジョンだ。
「はい」
「報酬は水食料。利用可能、両替可能な通貨。それと――――」
「それと?」
「我々にもう付きまとわないことだ」
イワノフは少しの間黙り込んだ後
「了解しました。」
と条件をのんだ。
二人が運ばれたのは町の北東にある駅だった。
近代的な駅構内は半分以上が廃墟と化し、まるで電車など来ないかのように思える。
スーは構内に設置された様々な店が気になる様子だったが、もちろん人はいない。売り物もほとんど無いに等しい。
無人の駅をイワノフについていく。天井から降り積もったガラスを踏みつけ、倒れたコンクリートの柱を乗り越え、止まったエスカレーターを降りると再び薄日の当たる屋外に出た。
そこはいくつもの線路が並ぶプラットフォームだった。
ジョンたちが下りたエスカレーターの先には一両の列車が停まっている。
その列車の乗っている線路だけはきれいに瓦礫や物が片づけられ、周辺に割れた電光掲示板などが積まれている。
「お二人にやっていただきたいのは、この列車の護衛です。」
イワノフは二人に向き直るとそう説明した。
「この列車はこれから東に向かい、汚染地域の三十キロ手前で止まります。」
ジョンは列車を見た。
他の車両を牽引する先頭車両はディーゼル機関車。後ろに続く車両は全部で三つあり、先頭からボロボロの寝台車が二つ、コンテナ車が一つ。二つ目の寝台車は天井が無い。
「汚染地域の調査ですか」
「そうです。各車両に各分野の科学者が合計で六名乗っています。」
「今更何の意味が……」
答えを求めたわけでもなく、ただぼんやりとそう呟いたつもりだったがイワノフは答えた。
「さあ、私にもわかりません。その必要性も」
政府の意向と軍の意向の差と言うものだろうか。ジョンは考える気にもならなかった。
「ご存じのとおり、汚染地域に近づけば盗賊の類は増えます。停車駅に到着すれば軍の駐屯地があるはずなのでそれ以降の護衛は必要ありません。」
「その駐屯地までの距離は?」
「この列車で二日から三日です。間に二回、他の駅に停車するのでもう少し前後するかもしれませんが」
ジョンは渋い顔をした。
「さすがに二人だけで護り通すのは無理があると思いますが」
「すでに二人、他の傭兵が中にいます。」
イワノフはそう応えたが、ジョンの不安が拭えたわけではなかった。
「報酬の受け渡しは?」
「駐屯地の方に連絡しておきます。」
「大丈夫なんですか」
「その辺は信用してください」
何が信用できるのかはわからなかったが、ジョンはともかく頷いた。
「何かわからないことがあったら、彼に聞いて下さい」
そう言うとイワノフはずっと最後尾についてきていた一人の兵士を示した。
監視役か、とはジョンも口にしなかった。その代わり、天井の無い寝台車に乗り込む。
寝台車と言ってもジョンがよく知る大きな物ではなく、実際はその半分ほどのサイズに思える。
入口から入ると車両の端にある廊下に入る、そこから見える部屋は二つ。どちらも扉や壁が壊れ取り外され、中の二段ベッドが剥き出しになっている。
二段ベッドは一部屋に二つずつ。先頭車両に近い方の部屋は長期保存が可能な食料や水が置いてあった。
コンテナ車側の部屋には既に二人、ベッドに寝ている影がある。
「上のベッドを使え」
後ろにいた兵士はぶっきらぼうにそう言う。
「二段ベッドは下派ですか」
「いや、そういう訳じゃないが」
「わかっていますよ。上の方が危険だ」
ジョンは茶化すと部屋に入ってスーを上にあげた。
「ほんの少しね」
そう言うと自分も上がり、バックパックを下ろした。
少し経つと危なげなく列車は危なげなく走り出した。
ジョンとスーはしばらくの間休息を取ることにする。
鉄の板の上とは言え、厚着をしている二人には十分な寝床になる。何より少し激しいくらいに揺れる車内が二人にとっては心地よかった。
何かあれば誰かが二人を起こすだろうし、何より交代で見張る必要が無い休息はえらく久しぶりに思える。とは言え最小限の警戒心はあるが。
列車が発射してからどれくらい経っただろうか、スーは前触れもなくジョンの腕からむくりと体を起こした。
ジョンは片目だけ開けると「どうした?」という旨のことを言った。
「ちょっと見てくる」
スーがそう言うとジョンは枕代わりのバックパックに顔を埋めながら
「そうか。気をつけろよ」
と言った。
スーが新しい場所で探検するのは珍しい事ではなかった。
でもその行動基準は謎に包まれている。
ジョンは深く考えずに気分の問題なのだろうと思っている。
スーはトレンチガンを背負うとストールをその上から体に巻いた。
スーはベッドから降りるとまず下の段で座っていた兵士を観察しようとして
「何か用か」
「…………」
警戒心たっぷりに睨み返された。
男はヘルメットを外していたが目だし帽は付けたままで本を読んでいた。
その本はロシア語だったが、スーは題名を読むことができた。
それはスーも前に読んだことがある、どこかの王子と操縦士の話。スーにはその話の面白さがわからなかったが、ジョンは記憶の本棚の一冊と言っていた。
スーは次に体の向きを変えると二段ベッドに寝ている二人の人影を見る。
この人たちが学者たちだろうか。スーには二人が寝たふりをしていることしかわからなかった。
特に用もないので、扉の無い枠をくぐると廊下に出る。先頭車両に向かうか、それとも後ろのコンテナに向かうか。
スーは少し迷った後に先頭車両に向かった。
廊下を通り、先頭車両への連結部に向かおうとした時。
「?」
スーの鼻が嗅ぎ取ったのは嗅ぎ慣れた火薬の臭い。
首を振ってみれば、そこは自分たちがいた部屋の隣の部屋。例の食料庫だった。
スーは部屋に入ると二つある二段ベッドを順番に見ていく。
乾燥系の携帯食料に固形水、栄養剤や包帯に混じって明らかに違和感のある木箱を発見する。
「!」
PKPペチェネグ。二千年代以降にロシアで使用されている汎用機関銃の弾薬や二脚などが一式で置いてあった。
「………………」
だからと言ってスーは何をするでもなく、その部屋を出た。
今度こそ廊下を通って寝台車を出る扉を開けると、剥き出しの連結器を跨いで先頭車両の扉をくぐる。
先頭車両はさっきまでいた寝台車と同じ構造でただ一つの違いは天井があるか無いか。
こちらに荷物の類はないが前の部屋では武器を持たない人間が四人、本を読んだり寝たりと思い思いの行動を取っている。
後ろの部屋ではただ一人。二段ベッドの上で器用に体を折り曲げている人影があった。
その人影は全身を布に包み、大きな長方形の箱を抱えているが寝息は聞こえない。
他のベッドには人影の荷物だろうか、バッグやらなんやらが散乱していた。
スーは少し長い間その人影を見つめていたが、飽きたかのようにそっぽを向くと最後方のコンテナ車に向かう。
寝台車の扉が閉まる音がしてから人影はもぞもぞと顔を出した。
「あれが例の……いやぁ恐ろしいね」
その人影は目元や口元にしわを蓄えた老人だった。
白髪だらけの髪をオールバックにして、口や顎には長年剃られていない髭がある。
老人はにんまりと笑うと箱を抱え直した。
「ま、敵でないならそれでよし」
そしてそのまま本当の眠りについた。
一方その頃、スーはコンテナ車にたどり着いていた。
しかしいざ覗いてみれば、それはコンテナと言うよりは鉄に改造を施したキャンピングカーのようなものだった。
下から見るとわからないが、天井はくり抜かれ後方と前方に梯子が取り付けられ、連結部の先にある足場にも入り口代わりの梯子が取り付けられている。
そして内部は快適とは程遠い。
改造と言っても鉄板を中くらいの高さに二枚溶接して寝床にしているらしい。汚い布が敷いてある。
「んー誰だ。見張りの交代なんてあったか?」
スーがコンテナの淵から頭半分だけ出し中身を確認すると、暗い中身で男がスーを見た。
ぼさぼさの髪に整えられた口ひげは顎まで繋がっていて、眠そうに寄せた眉は高慢そうな印象を与える。
「おいおい学者様の中には子供がいたのか?天才少女って訳か」
男は体を起こすとスーの目から上だけをじろじろと見た。
スーは何も言わずに帰ろうとしたが「あぁおい待て待て」と男が手招きをして引き留める。
「おじさん誰?」
「おじさんじゃねえ、お兄さんだって…………こんなテンプレ的なやり取りをする日が来るとはな」
男は立ち上がりながら「そもそも子供を見るのも何年ぶりだ?」と小さく呟いている。
男は立ち上がると辺りの物をどかしてスペースを作る。
「コミスだ」
「スー」
二人は握手をした。
とは言え、コミスがなぜスーを歓迎したかはわからない。
「クッキー食べるか?」
コミスは自分が寝転んでいた鉄板の下から正方形の缶を取り出してスーへ差し出す。
よく見る一般的なメーカーのクッキーだ。
スーは鼻をわずかに動かしてから「食べる」とそれを受け取った。
それからコミスの反対側に座って缶の蓋を開けようとしてから
「……ありがとう」
と言った。
コミスは満足そうに頷いてから。
「何で列車に?」
そう聞いてきた。
スーは構わずクッキーを頬張っている。
ゆっくりと咀嚼して、嚥下した後に「ジョンの手伝い」と答えた。
「助手ってことか?」
「助手?」
「だって、おえらい教授方の誰かがお前を連れてきたんだろ」
「違うよ、ジョンの仕事はその人たちを護ること」
コミスは目を丸くした。
「おいおい子連れの傭兵がいるのか」
スーは特に気にするでもなく暗いコンテナ内を見回す。
特に目を引いたのは男の横に立てかけられたアサルトライフル。
スーにはわからなかったが、それはAKシリーズの中でも最も次世代型のAK‐12と呼ばれる物。
黒い本体にはフォアグリップとドットサイトが取り付けられている。
「気になるか?」
コミスはスーの視線にそう尋ねる。
スーはそれを否定する。
「そうか」
コミスはそれ以上何も言わなかった。
それから、しばらくの間沈黙があった。
スーは無表情を変えることはなく、コミスは気まずそうな顔をしている。
「コミスは――――」
最初に沈黙を破ったのはスーの方だった。
「コミスはどうしてここにいるの?」
海の底より深い黒の瞳がコミスの緑の瞳を見つめる。
コミスは髭のある顎を撫でて唸った。
「………………そうだな」
それから灰色の空を見上げた。
四角く切り抜かれた空は目にも留まらぬ速度で通り過ぎていく。
コミスは何も思い浮かべなかった。
過去も未来も、今の彼には本棚の肥やしになった本より希薄な存在だ。
「特に、理由はない。生きるために、生きている」
「そうなの?」
「ていうか。今の時代生きている人間なんて、みんなそうだと思うぞ」
コミスがやっとたどり着いた過去は、戦友たちの中の一人。
もっともいがみ合い、最も信頼し合った彼は確か“世界の最後を見届けるために、旅をしている”と言っていた。
「ジョンは、旅をするためって言ってた」
スーは短くそう言った。
まさか。偶然だろう。コミスの頭によぎった考えを彼自身が否定する。
しかし、その考えはすぐに立証された。
「スー?いるか?」
スーが入ってきた時と同じように、誰かが梯子を上ってきた。
平均的な英国人男性の顔立ちに青い瞳は、ぼさぼさに伸びた髪を後ろで縛っていても誰かわかった。
「ジョンって……」
「ん、おい嘘だろ?」
相手もコミスが誰かわかったようだ。
「生きているとは驚きだ、ジョン・ドゥってか?」
「そっちこそコミス」
それから二人はスーを余所に固く抱擁を交わした。
「ジョン?」
スーは珍しく困惑した表情を浮かべた。もちろんそれはジョンにしかわからなかったが。
「ああ、スー。この人はちょうど昨日話していた人だ」
「友人?同じ部隊の人?」
「そうだ」
ジョンの声は珍しく上ずっている。
それはスーがはじめて見る反応。スーは興味深そうに観察していた。
二人は楽しそうに声を上げて皮肉を言いあったりしていた。
スーは少しだけその様子を見ていたが、すぐに立ち上がり車両の後方の梯子から上がり外に設置された足場に降りた。
錆びた手すりの隙間から足を下ろすと靴底の下を猛烈な勢いで線路が後ずさっていく。
日はいつの間にか沈み辺りは真っ暗だったが、スーには今走っている場所に町の名残があることがわかった。
とは言え、それらは雪と土砂に埋もれていたり崩れていたりと様々だ。
スーは無表情だ。だがその心境は複雑だった。
もやもやするような、はかどらないような、煮え切らないような。
一番似ている感覚は、空腹だろうか。あまりにお腹が空きすぎると気持ち悪くなる。そう言う感覚に似ている。
でもスーはその感覚になんと名前を付けるのかわからない。
ジョンが初めて見せた表情は、自分ではなく古い友人に。その理由はもちろんわかっている。はずだ。
「………………」
「どうした?ぼんやりして――ってそれはいつもの事らしいな」
誰かがコンテナから出てきてスーの横に来る。
ジョンの気配ではないことから、それはすぐにコミスだとわかった。
「ジョンは?」
「自分の持ち場に戻るって。仕事熱心なのは昔から変わらないらしい」
「ジョンと仲間だったんだっけ」
「ああ、古い話――と言っても数年前の話なんだが。聞いたことないのか?」
「うん。聞かないから」
スーがそう言うとコミスは納得したように顎をしごく。
「アイツもそういうの話す奴じゃないからな」
「ジョンは――――」
スーは言葉を切った。なんと言えばいいのかわからない。
「ジョンにとって私は何なんだろう」
コミスは明らかに困惑した。飲み物を飲んでいたら噴き出すか、むせていただろう。
「それは……いや待て、ジョンはお前に何も話していないのか?」
「何もって、何を?」
スーは素のままの反応だ。
その反応を見て、コミスは何かを会得したようだった。
「まあ、それもそうか」
「どういうことなの」
食いつくスーをコミスは手で制した。
「気になることは本人から聞いた方がいい」
「でも――――」
「でも?」
スーは口籠る。
本人自身、この奇妙な違和感は初めてだった。
不思議なことに今までスーはジョンと自分との関係に関して興味を持ったことがなかった。
今の今までそれに気づかなかったのは、ある種の信用があったから。それが過信だったかもしれないのだ。
はたしてジョンは、自分をどう思っているのか。
どう思っているのが正解で、どう感じるのが正解なのか。
そんな様子のスーを見るコミスも、同じく複雑な心境にいる。
ジョンが子供を連れて世界中を旅しているということは、当たり前だが普通じゃない。
もちろん、それはこんな世界で危険が付きまとうジョンの旅路にスーが付き合っていることに対してではない。
ジョンともあろう人間が、子供が近くにいることを、生活を共にしていることそのものが狂気的だと感じたのだ。
スーの纏う異様かつ常識的ではない雰囲気と、やけに話を逸らしたがるジョンの顔色で何か想像以上の理由があるのだろうとは考えられた。
しかし、今見てみればスーは何とも人間らしい表情をしている。
つい一、二時間前に会った時には、まるで人形か何かのように感じた冷たい無表情は、熱を感じる人間らしい無表情――――考え込む顔になっているのだ。
ジョンならば何かわかるだろうか。
「正直なところ、俺にもよくわからない」
「そうなの?」
そもそもコミスにはジョンと言う人間がわからなかった。
若気の至りで軍に入隊して、ただ自分を高めることを目標にして生きてきたコミスにとって、初対面の時のジョンの印象は最悪の一言に尽きる。
今だからこそわかるが、彼は自分よりずっと年を取っていて、自分はあまりにも若すぎた。精神的にだが。
しかし最後の最後まで、彼と言う人間の本質というか、その芯にあるものはわからなかった。
コミスや隊の人間と接するときのジョンも、それもまた彼の一面なのだろう。
しかし、ふとした時に見せる彼の一面やそれこそ家族に接していた時の彼はまた別人なのだ。
「家族…………か」
ジョンとスーとの間に何かあるとしたら、間違いなくそれであろう。
「家族が、どうかしたの?」
「いや、わからない」
コミスははぐらかした。
きっとこの話は、彼自身が折り合いをつけるべきなのであって部外者が踏み込んでいい話ではない。
コミスはこれだけは確信していた。
申し訳なさ半分でスーを見ると、やはり無表情は変わらなかった。
「?」
しかしそれは先ほどまでのような人間らしさがなかった。
機械的で、美しい人形のような無表情で過ぎ去っていく線路の先の夜闇を見つめていた。
「どうした?」
コミスは今まで纏っていた雰囲気の、そのどれとも違う迫力に身構えた。
「車が――近づいてくる」
スーはそれだけ言った。
「車?何も聞こえ――――」
コミスは言葉を切った。
何も聞こえないからと言って、車に乗った野盗が闇にまぎれて襲ってこない理由はない。
それに加えて、ジョンが連れていたこの異質な少女がそう言ったのだ。理由もなくでたらめに周りを混乱させる子供には見えなかった。
「わかった。俺はここで見張ってるからジョンと他の奴に伝えて来い。」
二人は素早くコンテナに飛び込むと、スーはするりとジョンのいる寝台車に向かって動き出す。
コミスはAKを持つと、コンテナ後方の梯子に手をかけ頭をのぞかせた。
列車が走り去る線路の両脇は開けていて、錆びた鉄骨の名残や腐り落ちた樹木が土から顔を覗かせているのをかろうじて確認できた。
しかし車は確認できない。
仮に盗賊の類なら一台で来ることはないだろう。少なくとも三台はいてもおかしくはない。
コミスが仕事を受ける時に聞いた話では、首都を出た列車は過去に三回ほどその被害に遭っていて、その上乗員が生還したことはないらしい。
それなのに、懲りずに調査員を派遣しようとする国の考えはよくわからなかったが、それはともかく仕事だ。
「さぁ来い、来てみろ。キスしてやるぞ」
その瞬間、軽口を叩くコミスの額をハイビームが照らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます