1-6
「今回は助かった。だけど、もうこの町には来ないでくれ」
教会もどきの前で少年はそう言った。
視線は上を向き、首が少し辛そうだ。
「わかりました。厄介ごとは招かないようにします。」
トラックの運転席に乗ったジョンはそう答える。
一度は自分たちでパンクさせたタイヤだが、別の車両に四輪スペアがあったのが幸いした。
荷台には壊れていない武器・装備、食料や水がストールに包まれて置かれている。
この町で一番偉い人間は、今回の功績に免じて二人を食事に誘ってきたが、二人はそれを断り夜のうちに町を出ることにした。何より勇気ある戦士たちの二人は、暗にそれを望んでいるようだった。
町の偉い人と言っても、ジョンより少し年上の壮年の男性なのだが。
「それと…………戦い方を教えてくれて、あ、ありがとう」
少年は目を逸らした。
「いえ、こちらこそ。食料だけでなく、余った武器・装備までくださって」
ジョンはそう言ったが、少年は教会もどきの方を見ていたためその表情はわからない。
「必要以上あっても、使わないからな。いいから行け」
「ありがとうございました。」
そっけなくそう言う少年に微笑んだジョンはエンジンをかけ、来た道を走り始めた。
町を出ると斜度のきつい丘は避けて進む。
「結局、最初から裏切るつもりだったの?」
しばらく走っていると助手席に座るスーがそう聞いてきた。ブランケットにくるまってトレンチガンを抱えている。
「ああ」
ハンドルを握るジョンは短く答えた。
「でもどーして?」
「そうだな……最初からって言っても、町に武装した奴らがいると確認できるまでは踏み切れなかったな。それと――」
「それと?」
「そいつらの練度」
「なるほど。それで?」
スーが促すと、ジョンはゆっくりと説明を続ける。
「あの町に入る前――――盗賊の村に入った時。二人を除いて残りの奴らはチンピラ程度の実力だってのはお前もわかったよな」
「うん」
「でも二人で相手にすると時間も弾も無駄だし、何よりあまり食料が無いように見えたから諦めて引き返そうと思っていた。」
「そこに、定期的に襲っている町を奪う計画の話をされて考え始めたの?」
「ああ」
ジョンとスーは先程出立した町に入る前に、盗賊たちが住処にしている別の小さな村を訪れていた。
そこで会った隊長たちは自分たちが定期的に近くの町を襲い、なぜか無くならない物資を奪っていることと、近々町を乗っ取る計画を立てていることを知る。
だが、その町の人間が昼夜どこに潜んでいるのか。どこに物資を貯蓄しているのかは知らないらしく。それを暴く必要があると隊長は言った。
ジョンは何故知らないのかと尋ねたが、ずっと前から指定された日時・場所にモノを置き、それを回収する流れができていたらしく前のリーダーが死んでいるため理由は隊長も知らないとのことだった。
もちろん稀に反抗する人間はいたらしい。だが、彼らの武力の前にその努力は空しく散っていったそうだ。
ともかく、ジョンら二人が来客として内部に入り込むことができ、盗賊に協力して町を乗っ取ることに成功した暁には望むものを、持てる物から与えるという話を持ちかけられたのだ。
「彼らが持っている物を全部奪えて、なおかつ町からある程度の水と食料、それと信頼をもらえれば結果としては長生きできる気がした。」
スーは答えを聞くと、興味を失ったように「ふーん」と言い後ろを見た。
「で、これはどうするの?」
「いつも通り」
「売るの?」
「それが最初から目的だ」
「当てはあるの?」
「ああ」
そして二人は夜の砂漠を行く。
向かう先は北。地中海。
一日か、二日か、もしかしたらもう少し経つくらいか。満タンにしたガソリンがそろそろ尽きる頃にそれは見えてきた。
元リビア北海岸線の町スルトから東に約五キロ。昔はいくつかボートが止まり、人もまばらに見えた停泊所は寂れ、苔の生えたボートが二つ浮かんでいるだけの場所に一つの貨物船がとまっていた。
「おや――出航時間ぎりぎりだね」
甲板の上から誰かが二人を見下ろす。シルエットから女性だとわかる。
「乗せてくれ。スロベニアに向かうんだろ?」
ジョンは両腕を上げて大きな声を出す。
影になったままの女性は手すりに寄り掛かり二人を見下ろしたままだ。
「わかっているとは思うが、タダでは乗せないよ」
「ああ、知っている」
ジョンは上げた両腕を斜めにスライドさせると、スーがタイミングよくストールを引きはがして露わにした武器・装備を示す。まるで二昔以上前のショッピング番組の司会者のようだ。
「これで、いくらもらえる?」
しかし、女性は武器にではなくスーに目を向けた。
「ほう、その少女…………」
スーにはその女性が笑って見えた。
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