1-5
時間は少し戻って。
盗賊の部下たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した背中を暗視装置と狙撃用スコープで覗いていたジョンは首に装着したマイクのスイッチを押した。
「そっちに逃げ出した。数は十二。主力は大通りに。残りは三・二で別れて東の路地へ」
すると右耳に付けた受信機から声が流れる。
「りょーかい」
「任せられるか?」
「よゆーよ」
スーはそう言い切るとマイクから手を離した。
そして後ろに控えていた二人に「十二人くるって。そんじゃ、作戦通りに」と言うと窓をくぐって外に飛び出していった。
「…………ここ、二階だよね」
「そ、そんなに高い場所じゃないだろ」
残された二人――――長身細身の男と小柄な少女はターバンの下で顔をぽかんとさせていた。
三人が潜んでいたのは橋から少し離れた二階建ての家。周りに他の民家が密集している割に辺りが見渡しやすいこの場所を選んだのはスー本人。
ジョンが立案した作戦は教会の爆破と車の足止めまで。その後は臨機応変にと言いつつスーに丸投げとなっていた。
スーが二人に提示した作戦というのも、指定した場所で待ち、スーが追い立てた敵を撃つだけと言うもの。
そもそも自分たちより年下に見えるあの少女が一人で十何人も相手どれるとは到底思えなかった。
そのことについて、あの大男は「大丈夫です。任せておけば」とだけ言った。
窓から飛び出したスーは着地と共に転がると、一瞬だけ動きを止めた。
そして走り出す。七人分の足音が聞こえる方へ。
細い路地を目にも留まらぬ速さで駆けると、路地が開ける瞬間にスライディングし、碌に狙うことなく引き金を引いた。
腰で構えたトレンチガンから放たれた12ゲージバックショット弾がとらえたのは、銃口の一メートル先にいた二人の男。
大通りを走っていた七人でも特に足の速い二人はもう少し早ければスーに衝突していた。
あるいはスーがもう少し速く走っていなければ胸から右上と左上を失くすことはなかったかもしれない。
すぐ後ろに付いてきていた残りの五人は叫び声を上げるなり各々の銃を乱射し始めたが、スーは身を翻して同じ路地へと消える。
「ちくしょうっ、何なんだ一体!!」
「た、隊長の所に戻るか?!」
「たかが子供一人、それも女だぞ」
「蜂の巣にしてやる!」
それぞれが意見を言い終わる前に一人が飛び出し、それに引きずられるようにして五人は路地に入る。
しかし細い路地にそれなりに体格のある男たちが入ると、必然的に一列になり身動きが阻害される。
そして勇ましく先陣を切った男は路地に入るなり、膝下を失い身長をごっそり奪われた。
男の膝下を骨に群がる肉塊へと変えた銃声はほぼ同時にもう一度鳴り、男の頭を吹き飛ばし、後ろにいたもう一人の胸に大穴を開ける。
「このガキっ!」
三人目が銃を乱射するとスーは後ろ向きに飛び跳ね、左右の壁を蹴って曲がり角に消えた。
「こっちだよー」
スーはからかうようにまた走り出した。
「ま――――」
待て、と言うより先に残りの二人は穴だらけになる。
上空から降り注いだ7.62ミリ弾の雨が二人を穴の従者へと変えたのだ。
「ね?大丈夫だったでしょ」
細い路地を形成していた民家の屋上によじ登ったスーは、そこにいた二人にそう言った。
「ああ……」
「私たちがあいつらを――――こんな簡単に」
唖然とする二人を余所に、スーはトレンチガンへの装填をして残りの敵位置を探っていた。
二・三に分かれた足音は先程までは近くに寄っていたが、今は離れて大通りを挟んで向こう側とこちら側に分かれていた。
スーは真っ先に二人の方に向かう。
大通りからこちら側、スーたちがいた場所から少し北に走ると民家が少し減って大通りほどでないにしても道幅が広くなる。
風に乗って流れる汗の臭いと、少し疲れて引きずるような足音を辿ってスーは長い一直線の道に入った。
道の両脇にはこれから使われる予定だったのか、石の建材が立方体状に積み上げられている。
スーはそのうちの一つ。道の角にあるそれに身を隠す。
小さなスーがしゃがむと建材の影と夜の闇がすっぽりとその体を覆い、よく目を凝らしても見えなくなってしまった。
数秒経って、路地の角から二人の男が現れた。
二人は油断なく銃を構えて、一直線の道を進む。そして、スーが隠れている立方体に先頭を歩く男がさしかかった時だった。
スーは視界に入った小銃のバレルを左手で掴むと、その見た目に似合わない馬鹿力で引っ張り相手のバランスを崩す。
前のめりに倒れる男の心臓に銃剣を突き立て、力任せに逆袈裟に切り上げ体を突き飛ばして二人目に叩き付ける。
二人目の男が立ち直るより先に、先頭の死体を踏み台にして高く跳躍すると落下の勢いを乗せて頭蓋骨を串刺しにし、沈黙させた。
二人の男は一発も撃つことなく、何が起きたかを知る間もなくこの世を去った。
「えっと」
スーは大の字に倒れた死体を踏みつけて銃剣を引き抜くと、ポケットから小さなペンライトを取り出して少年少女二人がいる方向に向かって振る。
すると、それほど遠くはない暗闇に消え入りそうな光がちらついた。
さらに遠くの三人には見えないだろうが、スーにはそれが“配置完了”の合図だとわかる。
スーは三度走り出すとトレンチガンのフォアハンドを数回引いて装填してある散弾を取り出した。
ストールの下の体に密着して取り付けてあるポーチに散弾を仕舞うと、別のポーチから弾丸を引っ掴んで取り出し、それを装填し直す。
スラッグ弾と呼ばれるその弾は散弾と違い、粒上にではなく一つの弾を撃ちだすタイプの弾。
散弾よりも貫通力、破壊力があるため熊などに使用するが飛距離も安定性も大口径ライフルには劣る。スーのトレンチガンならなおさら。
スーは二人が屋上で待機する建物の前を音もなく通り過ぎると、大通りを横切って反対側の民家密集地へと入る。
二人はというと、ともかく真下の路地を凝視していた。スーにそうしていろと言われたから。
何より先程はそうしていたら敵を撃つことができたから。
「――――さっきまで十二人もいたのに」
「ああ……もう片手で数えるほどだ」
二人はじっと身を潜める。
一方スーは入り組んだ路地に入るなり派手に足音を立てて走る。
相手はすぐにスーから離れだす。
スーは方向を切り替え、路地一つを挟んで相手を追いかける。
相手が大通りから離れる方向に進もうと曲がり角を曲がる瞬間、スーは一度だけ発砲した。
撃ちだされた一粒の弾丸は五十メートルの距離を飛翔して、角から先端だけ覗かせた小銃を砕く。
同時に銃を保持していた左手も無残に爆ぜたが、三人はスーの狙い通り大通りに引き返した。
スーはさらに三人の後を追いかけ、足元に一発。わざと外して撃つ。
三人は情けない悲鳴を上げて反対側の路地へ進み、空から降りかかる銃弾であっけなく最期を遂げた。
「こっちは終わったよ」
スーはマイクのスイッチを入れるとそう連絡する。
「生きているのは?」
「多分いない」
「そうか…………死体は一ヶ所に集めて、売れる武器・装備は外しておいてくれ」
「りょーかい」
通信を切ったジョンは二人の少年と共に、血と肉片と木片をミックスしてぶちまけた教会もどきの塔の三階にいた。
広い正方形の部屋の角には二人の少年が耐えられずに戻した痕跡がある。
三人は橋に面した窓から盗賊の残党を見下ろしていた。
「どうです?」
「すごい――――よく見える。いつもより」
リーダー格の少年はジョンから借りた暗視装置と狙撃用スコープで隊長と副隊長の背中を見ている。
後ろに控える声の幼い少年は「そんなものに頼るなんて」と舌打ちをした。
「まあ、私からしたら、それなしでもこの闇を見渡せるあなた達が羨ましいですけどね」
あなた達には、もちろんスーも含まれている。
橋の上の二人は姿勢を低くしゆっくりと、しかし確実に大通りへつながる道へと進んでいた。
ジョンは少年から返してもらったスコープをFALに取り付けると、暗視装置を装備する。
「距離はわかりますか?後ろにいる男までの」
「…………八十メートル位」
「おしい。――――そっちは?」
ジョンは後ろを振り向いた。
「………………」
前後を入れ替わったもう一人の少年は肉眼でじっと橋を睨む。
「百五十」
「おしい」
少年はむっとして「じゃあ何メートルなんだ」と聞く。
ジョンは両目を開けてスコープを覗いたまま
「約百二十メートル」
と答えた。
すぐに後ろに控えた少年が聞き返す。
「当たっているのか」
「この塔から橋までは大体百メートル。橋は大体四十メートルで、後ろにいる奴はその半分位。あとはこの窓までの高さがわかれば計算できます。」
「でも、全部大体だろ」
「はい。ここに来るまで歩幅を数えましたので。一歩約七十五センチです。」
すると隣にいる少年が幼い声で尋ねる。
「それでいいのか」
「まあ、スコープに映る大きさとか他にもいろいろありますけど」
「で、どうする」
これは後ろの少年。
ジョンは少し黙った後「こうします」とスコープの狙いを少しずらした。
副隊長より先に橋を渡り、じっと辺りを警戒していた隊長の腿に穴が開いた。
ほぼ同時に破裂音のような銃声がこだまし。穴から血が噴き出す。
「――っ!」
しかし隊長は声を上げず、手で副隊長を制する。
副隊長もすぐにその意味を理解して伏せ、橋の欄干に身を寄せる。
「ど、どこから?!」
副隊長が通信機に囁くと隊長がうめき声を上げながら応える。
「わからない……しかしそう遠くはないはずだ」
隊長はべっとりと血で濡れた右腿を抑えながら何とか近くの家まで這い、その外壁に身を寄せた。
「とにかくそこを動くな……お前がまだ撃たれていないのは、見えてないってことだ」
「ええわかっています」
隊長は痛みに耐えながら、ゆっくりと穴の位置を探る。そして気づき、叫んだ。
「そこから離れろぉ!!」
副隊長の身のこなしは速かった。しかし破裂音がこだまし地面に叩き伏せられた。
通信機越しにゼロゼロとした副隊長の息遣いが聞こえ、彼がそう長くはない事を隊長は悟る。
「この、畜生!コケにしやがってッ」
目が夜に慣れ、ぼんやりと浮かび上がった塔のシルエットに銃を向けようとした瞬間。今度は銃が吹き飛んだ。
敵は最初から自分たちを見ていた。それでいて、ここに来るまで舌なめずりをしていたのだ。
頭に浮かぶのは、あの男の顔。実力を見誤っていた。あの少女にしても。
隊長は弱った体を引きづって今度は橋の欄干の先端に身を隠すと、ベルトで太腿をきつく縛り止血する。
それでも一度に多くの血が流れていたせいか、手にうまく力が入らない。
それでも一矢報わんと拳銃に手を被せると息を潜める。
あの狙撃手がここに来るのが先か、自分の意識が途切れるのが先か。
額に脂汗をうかべながら気配を探っていると、無遠慮な足音が橋を歩いてきた。
その足音は三人。一度立ち止まると、近くであの破裂するような銃声が一度鳴る。
サプレッサーによって抑えられた銃声は苦しむ副隊長の息を引き取らせたようだった。
三人はまた歩きだし、ついに隊長の前に現れる。しかし、すぐには撃たない。弱った自分でも確実に殺せる距離まで近寄るのをじっと待つ。渾身の一撃で致命傷にしなければ意味がない。
「おしかったですね。ですが、これが私の選択なので」
見知った顔の男が一歩前に出る。
この瞬間を待っていた。隊長は持てるすべての意識を右手に集中し、腰から拳銃を引き抜く。
しかし、銃口は男の心臓に向けられるより速くあらぬ方向に銃もろとも飛び、引き金に掛けていた男の指は反対側に折れ曲がった。
隊長が痛みに顔を歪めると、その視線の先には腰の前に両手で拳銃を保持している男がいた。
「そうか…………何もかも、違うのか」
隊長は絶望の淵にそう呟き意識を絶とうとする。
「おい待て勝手に死ぬな」
目を瞑った隊長は頬を打たれて意識を引き戻された。
「何だ、速く殺せ」
隊長がそう言うと、男の後ろにいたターバンで顔を隠した少年が「そうだ、速く殺せ」と同調する。
男は「まあ待ってください」と少年に言うと隊長の前にしゃがんだ。
「一つ質問があります。」
「何だ」
「あなた達の武器・装備は、誰が揃えたものですか」
「何だ、そんな事か」
隊長は静かに答え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます