1-4

 再び日が沈み、ジョンとスーの二人が町に入ってから三度目の夜となった。

 しかし月は見えず、星の強い光でも小さな町の全て照らすことはできない。

 闇に沈んだ町に二台の車が近づいてきていた。

 それは二人が町に入った時と同じ方角から、二台のヘッドライトが煌々と砂を照らしながら。

 エンジン音も遠慮が無く、二台の四輪駆動車は砂煙をあげながら町へと入って行く。

 先頭を走る一台には二人が乗り、後ろの荷台にも合計で六人は乗っている。

 それを追いかける同じ車両は、運転席・助手席に一人ずつ。荷台には四人。合計で十四人が町に入り、迷うことなく目的地へと向かう。

 十四人はそれぞれ同じ武器、装備、恰好をしていて、そのシルエットは屈強な男性のそれである。

どの男が持つ武器も共通して7.62ミリの弾丸を使用していて、マガジンも共有ができるものになっている。

先頭の車両。助手席に座る男は運転する人間に声をかけた。

「しかし……うまくいくんですかね……」

 運転する男はしばらく無言だったが、やがて口を開いた。

「さあ、な。どっちにしてもいつも通りやるだけだ。」

「確かにそうですね。どっちにしたってあいつらに反抗する意思はないですしね」

 助手席に座った男は、両手を頭の後ろに回してのけ反った。

「全部もらえるってんなら、ありがたいですけど」

「そうでなくても、安定して物が供給できるなら我々には関係ない。」

「でも、全部もらえたらここを俺らの町にできるってことですよ。」

 運転手は目だし帽に隠した口をわずかに釣り上げた。

「確かに無駄にガソリンを消費しなくていいのはありがたい。だがそれも、あの男次第だ。」

 助手席の男に落ち着きはなく、足元に立てかけていた自分の小銃を持ち上げると点検を始める。

「信用できるんですか?」

「わからん。だが、あの男は自分の力量と損得を考えられる男だ。俺にはそう見えた。」

 運転手はハンドルを切ってから「少なくとも」と続ける。

「あの男は俺と同じ種類の人間だ。」

 助手席の男はわざとらしく自分の肩を抱き。

「おお怖い。隊長と同じタイプってことは、真っ当な軍人じゃないってことじゃないですか」

 この男が隊長の下に入ったのは二年前。

それ以来数々の戦場を経験してきていたが、数ヶ月前に“自称自警団”を半壊させてそのチームの副隊長になる以前のことはあまり思い出したくない。

少なくとも運転席に座っているこの男だけは敵に回したくはない。仲間でいる以上これほどまでに心強い存在もまたいない。副隊長はそう考えていた。

「さて、到着だ」

 隊長はゆっくりとブレーキを踏んで車を止めた。

 それはジョンら二人が四人の少年たちと集合した教会のような建物の前。

 元“自称自警団”。現“盗賊”の彼らは車を縦に並べて止めると、隊長の合図で一斉に降車する。

 全員が簡易的な通信機を耳に着け、通常時のように会話が可能になっていた。

「C班とD班はいつも通り。残りは全周警戒。」

 短くそう指示すると、三人一組のチーム二組がゆっくりと建物の入り口に向かって行く。

 自警団だった頃に比べれば、彼等の動きは確実によくなってはいる。それでも隊長の満足には程遠かったが。

 六人が教会もどきに入って行く間。残りの八人は車に背中を向けて周りに目を光らせる。

 と言ってもそれが通例どおり意味のない事だとは、誰も言わない。

 わざわざチームを分けることも、町に入ってから物を受け取って出るまでにそれらしい行動をすることも、隊長が気休めに組んだ訓練に過ぎないことは誰もが知っていた。

 なぜなら誰も抵抗をしないから。

 実戦を経験したことのない部隊の実力は、どれだけ訓練の質が良くても未知数。

 実戦だけに漂う空気は、それを経験したことのない人間を蝕み狂わせる。

 それだけが、隊長の懸念であった。

 そしてそれは今日この時、現実となる。

「――隊長。何か、おかしいです。」

 通信機に飛び込んできた若い声は、明らかに困惑していた。

「どうした?正確に報告しろ。」

「物が……何もありません。食料も何も」

 一瞬、嫌な汗が背を這う感覚があった。

「A・B班散開!回収班は速くそこから出ろ!」

その通信が最後まで届くことはなかった。

周囲は爆音と共に砂塵に包まれる。

教会もどきの入り口に取り付けられていた壊れた扉は二枚とも吹き飛び、一枚は止めてある先頭の車両に激突する。

耳を劈く爆音とともに生じた衝撃は建物を揺らし、残っていた窓ガラスを残らず粉砕した。

「あ、あいつら……」

 誰かがそう呟くのがぼんやりと耳に届く頃には、教会の中は覗くまでもなく地獄と化していた。その開いたままの扉からは誰かの千切れた腕がはみ出ている。

「く、車に乗れ!撤退だ!」

 隊長が素早く指示を出すも、副隊長を除いた部下たちは突然の惨劇にパニックを起こし行動は完全にもたついている。

 後方の車両の運転手がなんとか乗り込み、エンジンをかけようとしているがなかなか掛らない。それをあざ笑うように数回の連続した銃声が響き、空気の抜ける間抜けな音と共に車体が沈む。

「――――パンクさせられた?!」

 息もつかせぬ一瞬の出来事。完全な奇襲。してやられたと脳が理解する頃には、収集などつかなくなっていた。

「に、逃げろおお!」

 と、誰かが叫び声をあげて荷台から飛び出したのを皮切りに、それに追従するように部下たちが逃げ出す。

 来た道を一目散に走っていくと、その姿はすぐに闇に消えた。

「待てっ――――クソッ」

「どうします?隊長」

 隊長も副隊長も車体を出ることはなく、その場で周囲に目を配る。

 車体前方と扉には防弾プレートが仕込まれてあり、八十メートル以遠からの7.62ミリの連射による攻撃なら扉でも耐えられる。

 それ以上接近される場合はエンジンの積んである車体正面以外は危険だが。

 もちろん荷台は外の空気に晒されているため、狙われれば一番危険である。

「ひとまず離脱だ。タイヤはパンクしたが、使えない訳じゃない。」

 隊長はエンジンをかけアクセルを踏むが、その努力も空しくタイヤは空転する。

「駄目です隊長。砂でタイヤが――――」

「クソッ!」

 隊長は珍しく悪態を吐くと、ハンドルを殴りつけた。

 そして背もたれに体を預けて溜息をつくと、もう一度辺りに広がる闇を見渡した。

「――――すまない。ひとまず、我々がすぐに死ぬことはないようだ」

 窓の外に見える民家は正面に見える教会に比べると背は低いが、それでも二階建ての物もいくつかあり、その奥にそれ以上高い建物は見当たらない。

「最初に攻撃を仕掛けてきた敵は、我々を見逃したのか……」

「どうでしょう。確かに撃ってこないのは気になりますね」

 二人は窓から撃たれないよう身を低くして話し合う。

「通信は――――駄目だ、距離が離れすぎている」

「逃げたやつらを追ったのでしょうか?」

「どうだろうな。確かにパニックになった奴は殺しやすいが、反撃がないわけじゃない。」

 副隊長は自分の小銃を抱えて少しだけ周囲を覗き始めた。頭の上半分だけ出して、度々ひっこめている。

「それに、あの男が裏切ったとしても敵戦力は二人。仮に町の動ける者を集めても最低で五人ってところだろう。そいつらに武器を渡してすぐに扱えるとは思えない。」

 隊長は冷めた頭で冷静に推測を話す。

「ですが、銃声はほぼ同時で7.62ミリの音でした。それだと、銃の扱いに慣れた人間が四人はいるってことでは?」

「やはりそうか……」

 どれだけ頭が混乱していても、銃声の聞き分けはある程度耳がやってくれる。

 二人の実戦経験はしっかりとその役目を果たしていた。

「ひとまず外に出よう。そっち側に」

 そう指示された副隊長が扉を開けた時だった。

 ズドン、とくぐもった破裂音が短くこだました。

 それから、少し遅れてけたたましい連射音が二人の腹の底に響く。

 最初の三発が単発の銃、後に続くのが7.62ミリ系の銃だと判断するより先に二人は床に伏せた。

「やっぱり追いかけたようですね」

 右頬にべったりと砂を付けた副隊長は安堵の表情を浮かべた。

「好都合だ。だが、警戒は怠るな」

 隊長は来た道にある橋まで向かう旨を伝えると、自分の小銃を抱えて中腰になる。

 そして頭を低くしたまま素早く移動を始める。後ろには副隊長が続いた。

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