1-3

 それから二人は先程渡りきることができなかった橋を渡った。

そして、元々露店が立ち並んでいたのか、通りに面して開けた家が並ぶ道を進み、一本尖った塔が見える建物へ向かう。

 その建物は、露店が並ぶ通りの先。Y字路に面して建っていた。

 他と比べてしっかりとした建物は二枚の扉が崩れて開いたままになっていて、中は砂埃だらけの長椅子がいくつも並べられている。

 しかし、一般的な教会とは違う内装をしていて祭壇のようなものもないし、ステンドグラスの類や宗教画も、それらしい建築法の痕跡もない。

ただ椅子が並べられた長方形の部屋が奥まで続いているだけ。その最奥両脇の角に、歪んだ木の扉が一つずつ取り付けられている。

 二人は右の扉から奥に向かい、遠くから見えた尖った塔の内部に入った。その先は木製の低い天井と梯子のように急な階段があり、少年が言っていた三階建ての構造となっていた。

 天井こそ低いものの、部屋の広さは縦横共に長い正方形となっていて、遠目で見るよりずっと広い。

 二人は最上階まで上ると夜が明けるまで互いに二時間ずつ仮眠を取り、外を監視した。

 もちろん外に人影はなく、人のいなくなった町をぼんやりと観察するだけとなったが。

 そしてジョンが狙撃用のスコープで何度も倍率を変えて町を眺めていた時、遠くに見える小高い砂の山から日が昇り始めた。

 ジョンは右目に固定していた暗視装置の電源を切るとバッテリーを取り出し、スコープと一緒にバックパックにしまう。

 暗視装置は右腰のポーチに。

 そして部屋の中央で寝ているスーの肩を軽く叩こうとすると

「……起きてたのか」

「うん、おはよ」

 スーは差し出した手に頭をうずめてきた。

 ジョンは砂の混じった灰色の髪を優しく撫でてから「おはよう」と言った。

 二人が日の入らない壁際で、交代で朝食代わりの携帯食料を摂り、装備を点検している合間も建物の周辺に人影はなく、ゆっくりと雲の無い空へと日が上がっていくだけだった。

 スーが再び声を出したのは地に這う影が短くなり、ジョンの頬に垂れる大粒の汗が二つ三つと増えた時。

「四人、隣の建物にいる。」

「外には見えなかったよな」

 ジョンは眉をひそめた。確かに足音が下から聞こえてくる。

「どうする?ここで待つ?」

 ジョンは少し悩んだ後、荷物をまとめてFALを手に持った。

「彼らがグレネードを持っている可能性は低いが、念のため外に出よう。」

 そして、バックパックからロープとその他垂直降下用の装備を取り出すと、手早く身に着けてロープの端を階段に固定する。

 窓から外の安全を確認すると、身を乗り出して窓の淵を蹴った。

ロープが布を擦る音を立てると同時に、一息で地上まで降下する。

 手袋をつけた手でロープを操ると、体は地上すれすれでピタリと停止した。

地に足を付け、今度は装備を付けた時とは逆の手順で取り外し、上から覗いているスーに合図を出す。

 数秒後、スーは階段に固定していたロープの端を持って

「とうっ!」

と小さく呟きながら窓から飛び出した。

 十数メートルをロープ無しで飛び降り、着地と同時にコロコロと体を転がす。

 持ってきたロープを無言で渡すと、今度は背中に背負っていたトレンチガンに銃剣を取り付け、着地点から反対側にある建物の入り口に向かった。

「じゃねっ」

 ジョンは受け取ったロープその他をバックパックにしまうと後を追いかける。

 開いたままの扉から中の様子を窺っていたスーはジョンにハンドサインで内部の様子を伝えた。

 ジョンもハンドサインで指示を返し、二枚扉の左側にスーを素早く移動させ自分は右側で待機する。

「――今、何か横切らなかったか?」

 と中から声がした。

 その声は昨日しきりに二人を敵視していた幼い少年の声である。

「さすがの警戒心だな」

 ジョンは指を三つ立てた。その指が、一つずつ減っていく。

 そして、指が示す数字がゼロとなった時、二人は扉をくぐり一気に屋内に雪崩れ込んだ。

 四人の少年は出会った時と同じ格好で、最奥両脇にある扉に二人ずつ張り付いていた。

 突入した二人が扉のある二角に対面する隅にそれぞれ位置を取って、正面見える少年たちに銃口を向けた時、相手は完全に反応が遅れていた。

「待て!撃つな!」

 自棄かを起こしてか、それでも反抗しようとした兄妹を制止したのは昨夜交渉をした少年。

 その力強い声音に、ジョンたちも銃を下げた。

「忍び寄ろうとしたことは謝罪する。だが、長はあなた達を認めた。交渉は成立したんだ。」

「それは、よかったです。」

 ジョンは四人に近づきながらFALに安全装置をかけた。スーもそれに倣ってトレンチガンのハンマーを戻す。

 とは言え、まだ四人の表情は硬く警戒心は剥き出しだった。

「で、どうしますか?」

 ジョンは平然と聞いた。

「どう、とは。手伝ってくれるのではないのか?」

 当然の疑問を突き付けられたジョンは「ああ、そうか」と手を打ち(実際は両手で銃を持っているから打ってはいない)。

「作戦を立てましょう。そのためには情報が必要です。」

 と、四人を長椅子へと促した。

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