第2話 夏休みとダイエット

 『太っている人は嫌いなの』


 そう言いながら、かおりがまっすぐ歩いてくる。


 『太っている人は嫌いなの』

 「わかったよ! わかったから!」

 『じゃあ、別れて』

 「ッ……!」

 『別れよう』


 かおりの顔がどんどん、どんどん大きくなっていく。みるみるうちに僕に覆いかぶさるように広がる。


 「わかった! わかった!」

 『別れよう……』


 迫ってくる大きな顔。その歯の一本一本がくっきりと見えた。


 「う、うわあああああああ!」


 そこで、目が覚めた。


 ***


 寝ぼけまなこをこすりながら一階に下りて、洗面所へ向かう。

 そこに母さんがいて、なんだか安心した。


 「はぁ……」

 「どうしたの? 元気ないじゃない。今日から夏休みだっていうのに」


 メイクをしながら母さんが言った。

 そういえば、今日から夏休みだった。

 昨日終業式で、その後に……。


 「そうか、そういえば今日から休みだったな」


 かおりの顔を思い浮かべないようにしようと、そんなことを適当に言った。


 「はぁ? どうした? なんか嫌なことでもあった?」


 相変わらず鋭い。


 と思ったけど、確かに学生にとって夏休みは一大イベントだ。それを覚えていないなんて怪しまれても仕方がないか。


 「実はさ、ダイエットしようと思ってて」

 「ほー。確かに太ったもんねぇ」


 そう言う母さんは体が細い。写真を見なくても、昔はきれいだったことがすぐにわかる。


 父さんが一目ぼれしたのも本当のことらしいし。


 「でも、ダイエットもそうだけど――」

 「うん?」


 母さんは僕の顔をじっと見た。


 「やっぱり、不健康な食生活だったから、肌が汚くなってるね。スキンケアもしたほうがいいよ」

 「え、そう?」

 「うん」


 鏡に映った自分の顔を見ると、確かに肌が荒れている。それに、にきびもところどころできていて赤い。


 「おすすめは、これとこれ」


 押し付けられたのは、白と青のボトル。


 「なにこれ。どうやって使うの?」

 「青は洗顔クリームで、白は保湿の化粧水。まず、朝起きた時とお風呂で、青いほうを泡立たせて顔を洗う。そのあと、白いやつを顔につける」

 「へえ」

 「じゃあ、会社行くから」


 そう言って洗面所から出て行った母さんを見送る。

 靴を履きながら母さんが言う。


 「そうだ、顔はこすらずに押すように拭いてね」

 「わかった」

 「じゃあいってきます」

 「行ってらっしゃい」


 ドアが閉まると、すぐに洗面所へ戻って髪を濡らした。


 それから青い洗顔クリームを絞って顔に塗りたくり、水で流した。


 「なんだかぴりぴりするな……。肌にあってないのか?」


 でも、母さんが勧めたものだから、間違いはないと考えてもいいだろう。

 あの人は美容と健康に人一倍気を使っているし。


 顔を押すように拭いた後、白い保湿クリームを顔全体に塗った。

 またぴりぴりする。慣れていないからだろうか。


 冷房に当たって顔を乾かすと、思いっきり伸びをした。外を見ると、さんさんと照る太陽が地面を焼いている。


 「よし。じゃあ朝飯を……」


 手を伸ばした先には、甘いシリアルとバナナ。


 どちらにしようか。

 お腹は減っている。

 たかが一日の朝ごはんで何か変わると思えない。


 『太っている人は嫌いなの』


 その声が聞こえた瞬間、素早くバナナをもいだ。


 バナナを口を放り込んで咀嚼する。それを牛乳で流し込む。


 「よし、ダイエットするか」

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イケメン、ダイエットをする ―太ったっていう理由で振られたけど、夏休みに全力で脂肪を減らしたら、夏休み明けに手のひらを返された件― @kazunoob

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