イケメン、ダイエットをする ―太ったっていう理由で振られたけど、夏休みに全力で脂肪を減らしたら、夏休み明けに手のひらを返された件―
@kazunoob
第1話 離縁
「別れよう」
「えっ……」
昼下がりの放課後。汗ばむシャツは、じっとりとして気持ち悪い。
「だから、別れようって言ったの」
青い空には、白い入道雲。じりじりと鳴く蝉の声が、夏が迫っていることを知らせている。
そんな夏休み前のわくわく感が感じられる、とある学校の校舎裏。
いままさに、一組のカップルの炎が消えようとしていた。
***
正直、意味が分からない。
付き合って二年になる彼女に突然呼び出された挙句、離縁を持ちかけられるとは。
しかも、この付き合いは向こうが望んだことだった。
「……理由、聞いてもいい?」
「は?」
驚いたように僕の彼女――いや、元彼女というべきか――が目を見開く。
腰まで届くかというほど長い、つやのある黒髪。長い脚に、僕と同じくらいの身長。肌は雪のように白く、くちびるはリンゴのように赤い。
宇田かおり。この学校の高三生きっての美少女だ。
彼女と僕が歩いているとお似合いのカップルだと言われたし、仲の良い友人にも、「宇田がとられたかー。でもお前なら許せる」と言われた。
何が言いたいのかというと、僕は、自分で言うのも嫌だけど顔立ちは整っているほうだと思う。
運動もできるし、勉強もできる。二か月前には宇田と、同じ大学に行こうと約束したばかりだ。
性格だって悪くないと思うし、コミュニケーション能力も高いほうだ。
そんな僕が、なぜ振られるのか。
僕はその理由を知りたかった。
そんな僕に対して呆れたように首をふりながら、かおりは口を開いた。
「だって、健太、太ったじゃん」
「は?」
僕が驚く番だった。
……いや、認めよう。確かに太った。身長に対して体重がかなり重くなった。
ここ二か月ほどだろうか、受験生となった僕はストレスを食欲に変換してなんとか精神を保っていた。
その分、勉強に集中できていたと言える。
でも、まさか太ったくらいで。
そのくらいで別れよう、と言われるなんて。
「え、気づいていなかったの?」
「え、いや、ちょっと待ってよ。かおりはさ、僕のどこが好きだったの?」
「全部好きだった」
「ほう」
ほう。
「だけど、どんどん太っていく健太を見ていたら、なんだか比例して嫌いになっていったの」
え、やっぱりそこか。全部好きだったら、普通太っても好きになるんじゃないのか?
「つまり、顔目当てだったってこと?」
「い、いや、違う! でも、私、太っている人は嫌いなの」
『太っている人は嫌い』
『太っている人は嫌い』
『太っている人は嫌い』
投下された無慈悲なフレーズが、頭の中でがんがん反響し始めた。
なんだか、めまいがする。
そうか。僕は勘違いしていた。かおりは、僕の性格が好きなんだと思っていた。
だけど、違った。結局顔がすべてだった。その証拠に、太っただけで、離縁。
思わず肩を落とした。
「……わかった。別れよう」
「……わかってくれてありがとう。さようなら、健太」
そう言って、満身創痍の僕を置いて去ろうとしたかおりは、僕にさらに追い打ちをかける。
「あ、そうだ。同じ大学に行こうっていう話、無しで」
僕は完全にノックアウトされた。
***
帰り道をとぼとぼ歩く。
今から考えてみると、ここ二か月、通りすがりの女の子にデートに誘われることもなくなっていた。
クラスの女子だって、僕と話すときは目を合わせないようにしていた気もする。
男子からも、憐みの視線を向けられていたような……。いや、ひょっとして先生も……?
「……そんなに太っていたら嫌なのか」
何度も、何度もおんなじことを考える。
かおりの言った言葉がまだ耳に残っている。
思っていたより、僕はかおりの事が好きだったようだ。
それもそうか。二年間一緒だったんだから。
「はぁー」
僕はため息をつきながら家に入った。
「ただいまー」
「おかえり」
なんだかやる気が出なくて、自分の部屋には行かずにリビングのソファに、制服のまま座った。
深く、沈む。
それを見ていたら、なんだか悲しくなった。
「……明日から、ダイエットするか」
僕はそっと決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます