うるさい夢

KEN

うるさい夢

 私、伊川ミナミは、高校二年にもなっておかしな夢を見るようになった。

 真っ暗闇の冷たい空間にいて、怖がっている夢。ざっくり言ってしまえば、そんな感じの。

 夢の中の私は、何をするでもなく宙に浮いている。その体勢がまた妙で、へっぴり腰の状態で目の前にあるだろう壁に手をついているのだ。どうせ浮いてるなら宇宙遊泳ごっことかすればいいのに、私の頭にはそういうユーモアがないらしい。

 辺りに何があるのか見えないから、どこにいるのかもわからない。ただ、いつも聞こえる音がある。水を一杯に張ったドラム缶を叩いているみたいな、ずしりと腹にくる重厚な音。それが自分の近くで、ぐわあんぐわあんと唸りを上げる。


 最初は除夜の鐘の音かと思った。それなら夢の中の私は、大晦日の真夜中に寺の近くにいるって事になる。けれどそれはおかしいんだ。

 だって、鐘を鳴らすほど大きな寺が、現代日本の大晦日に真っ暗である筈がない。除夜の鐘と参拝の為に人が集まるのだから、明かりの一つもなければ変だ。だから多分、これは違う。

 じゃあ、大きな打楽器の音、というセンはどうだろう。そうなると、楽器をしまってある倉庫か、あるいは夜の演奏会にでも来ているのだろうか。アプローチとしては悪くない気がする。けれど決め手がない。何より、夢だとしても状況が意味不明だ。


 ここ数日くり返し見ているせいか、夢の内容は嫌でも頭にこびりついている。夢の中の音に、私は色々と妄想を膨らませてみる。大砲の音、金だらいの落ちる音、紙を張ったティンパニに頭から突っ込んだ音、エトセトラエトセトラ。


 妄想は泉のごとく湧いて出るのに、そのどれもしっくりこない。何故かは分かっている。暗闇だ。

 何故いつも真っ暗なんだろう。夢だから? いや、夢ならもっと頓珍漢な光景が出てきて然るべきだ。暗闇なんてシンプルすぎるのは夢らしくない。だから夢の想像をしてもしっくりこない。まるで実際に起こったみたいな、妙なリアル感と恐怖。


 ……などと考えてみたが、たかが高校生の私がリアル暗闇体験をしている訳もなく、せいぜい夏合宿の肝試し程度が関の山。それだって懐中電灯片手に作り物のお化けをしげしげ眺めて楽しむ、ごん太精神の私である。

 そんな私が、真っ暗闇の夢を見るのは何故なんだろう? 考えても答えは出ない。


   ◇


 日曜の夜、私はまたあの夢を見た。いつもと違うのは、自分が夢の中にいると認識できている事。これはラッキーだ。いい機会だからとばかりに、私は周囲に目を凝らす。だがやはり、暗すぎて何も見えなかった。


 せめて壁の感触だけは知っておこうと手を伸ばす。身体にまとわりつく空気が重たいのか、動きづらい。

 壁は本当に目の前にあった。少し触れただけ、金属の冷たさが指の腹を刺す。壁に手がくっついてしまうんじゃないかと不安になったが、そんな事はなかった。ぺたぺたと壁に手をついていた私は、ふと掌で叩いてみたくなった。


 ぺちぃん。


 夢の音より軽い。これではなかったのかとがっかりしたが、今度は拳を握りしめて殴ってみた。


 くわぁん。


 少し近くなった気がする。けれどまだ何かが足りない。今度は借金の取り立てが如く、激しく連続で叩いてみた。


 ぐわあんぐわあん。


 この音だ。やっと理由がわかった。夢の中で聞こえていたのは、私が壁を叩く音だったんだ。でも何故叩くんだ? 壁の外にいる助けを呼んでいるという説明が一番しっくりしそうだが、肝心の場所は結局わからない。

 そう考えていると、徐々に意識が薄れていった。


   ◇


 月曜の朝だ。

 夢の中の記憶はばっちり残っている。ちょっと嬉しくなったので、今日の日記のページにメモ書きした。大した内容ではないけれど、繰り返し見る夢なのだから無駄ではあるまい。パズルのピースを一つ一つ置いていけば、いつか夢の全貌がわかるかもしれないのだ。私はうきうきしながら制服に着替え、部屋を出た。


 おはようと言いながらダイニングに入ると、母は洗い物をしながらおはようと返してくれた。父は早くも出勤したらしい。私はいつも通り、テーブルについて朝ごはんに手を伸ばし、朝のニュース番組に目を向けた。


 取り上げられていたのは、日本海の沖合いで沈没した潜水艦だった。沈没してから一週間が経過し、潜水艦の内壁を叩いている音はまだ聞こえるのだが、外国の船なので日本側から救助をしようにもすぐにはできない。そうニュースキャスターは言っていた。


 ジャムを塗ったパンを齧り、私は冷めた目でそのニュースを見つめた。

 救助は絶望的に違いない。なぜって、日本は今真冬で、海の水はかなり冷たい筈だ。体温を奪われ、感覚が麻痺してしまうくらいに。そんな海で潜水艦が沈没し、浸水しているとすれば致命的だろう。

 そして進まない救助の手続き。潜水艦の人間も気づいているだろう。自分はもう陸を見る事は出来ないのだと。


 生きて助かる事はないと気づいていながら、壁を叩くのはどんな気持ちなんだろう。きっと言いようもなく恐ろしいに違いない。絶望の海に投げ捨てられ、希望の藁はあまりに頼りない。絶望しきってしまえばまだ楽かもしれない。それでも、壁を叩いて生存を知らせる。それは何故だろう。

 思うに、それは遺書めいた信号なのではないだろうか。モールス信号とかそんな高尚なものじゃない。自分は確かにここで生きていたんだという証。自分が自分であると証明する音。それをリアルタイムで伝えたかったのではないだろうか。

 だから彼女は寒さに震え、死の恐怖に怯え、それでも壁を叩くのをやめられなかったのでは。私はそう思った。


 ……彼女?


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うるさい夢 KEN @KEN_pooh

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